第08話、シリウスは自分の事よりも、あの狂騎士よりも、彼女の為に剣を振るう。
『珍しいわね、その長剣を持ってきたの?』
森の中を歩いている時、声をかけてきた女性の姿があった。
この森の精霊として、そして『支配者』として君臨しているドライアド、サーシャは剣を持ち、タバコを加えながら無精ひげを生やしている男、シリウスにそのように言うと、彼はニヤっと笑いながら返答する。
「ああ、相手は騎士様たちらしいからな」
『他の連中は雑魚みたいな感じだから相手にしても無駄だと思うけど……一人だけ、異質の存在が居るのは間違いないわ』
「異質、ねぇ」
『あなたも異質みたいな存在だけどね……まぁ、一番やばいのは、あなたではなく、ルーナよ』
「……」
『……もう、十年ぐらいたったわよね。重症で口から血を吐き出しながらも、必死でルーナを守りながら森の中に入ってきたあなたの姿を』
「……ああ、そんな事があったな」
この森の中にある、閉鎖的な村に入ってきて既に十年経過しているのかと感じながら、シリウスは空を見上げる。
あの時の空も、このような空だったのかもしれない。
今頃ルーナはあの狂騎士と呼ばれているクラウスを無理やり教会の中に行き、ボロボロの布団に寝かせているに違いない。
そのように考えながら、シリウスは笑う。
楽しそうに笑うシリウスの姿を、サーシャも同じように笑いながら、彼の肩に手を置いた。
『血をいっぱいながして、それでもあなたは自分よりも、彼女を優先したわね』
「……」
ドライアドのサーシャがこの森を『支配』しているのには理由がある。
森の奥には閉鎖的な村がある。
この村で暮らしている『彼ら』はこの世界にとって、ある意味捨てられた存在なのだ。
サーシャは別に彼らと交流しているわけでもなく、ただ静かにこの森を見守っている、と言って良い。
そんな森の中に、小さな女の子を抱えた傷だらけの騎士が入ってきた。
女の子の方も重症だったが、それ以上に騎士の方が酷い傷を負っている。
騎士の男は彼女を強く抱きかかえながら、目の前にいるドライアドである彼女を睨みつけた。
「……テメェは、敵か?」
『敵ではないと言いたいところだけど……あなたはこれから私の敵になるかもしれないわね。だって、無断でこの森の中に入ったのだから』
「……」
『――あなたは、誰?』
「おれ、は……」
何かを呟こうとしたのだが、それ以上に傷だらけの騎士は抱きしめている女の子を気にかけているようだった。
女の子は息を切らしながらそのまま傷だらけの騎士に静かに小さな手を伸ばして、力ない笑みを浮かべる。
その姿を見た騎士は唇を噛みしめるようにしながら、小さな手を握りしめる。
「ッ……た、頼む……」
『何を?』
「俺の、事はどうなっても構わない……お前に、い、命を渡してもいい……けど、この方だけ……いや、この子だけは助けてくれ!何が、なんでも!」
『……その子はあなたにとって大切な人なの?』
「……俺の主人だった人の、忘れ形見だからだ……俺は何が何でもこの方を、この子を守らなければ、ならないんだ……』
唇を噛みしめるように言いながら、騎士はドライアドに目を向ける。
サーシャはそんな二人の姿を見ながら、静かに笑う。
『……まぁ、仕方ないわね。私、子供は嫌いじゃないし……それに、あなたのその瞳、気に入ったわ」
「は……?」
『……この先に古びた村、集落があるわ。そこに何人か生活しているからそこに行きなさい。行ったらまず傷の手当てをしなさい。もちろん、あなたもね。傷はあなたの方が酷いわ』
「あ……」
騎士にそのように告げた瞬間、まるで糸が切れたかのように突然その場で倒れる。
サーシャは一瞬何が起きたのか理解出来なかった、倒れてしまった騎士の男を見つめながら、深くため息を吐く。
そして、その時抱きしめられていた幼い女の子がサーシャに視線を向ける。
向けられた瞳はとても大きくて、そして――。
『……何、この子』
のちに彼女は『ルーナ』と呼ばれるようになるのだが、サーシャはその時彼女に違和感を覚えた。
まるで奥底に何かがあるかのように――不思議そうな顔でサーシャは女の子を見つめる事しかできなかった。
『それからあなたは何故か神父と呼ばれるようになり……あなた、神様とか信仰する事が出来るわけ』
「神なんて信じていると思うか、俺が?」
『それ、絶対神父のセリフじゃないわ』
嫌そうな顔をしながら答えるシリウスの姿を、同じように嫌そうな顔で答えるサーシャ。
そして彼はそのままゆっくりと長剣の鞘を抜き、右手で強く握りしめるようにしながら構える。
『そろそろ出口よ。気をつけて……さっきも言ったけど――』
「ああ、気を付ける。だから大丈夫だ、サーシャ」
余裕そうな顔を見せながら、シリウスは笑う。
「約束したからな、ルーナと」
楽しそうに笑いながらそのように答えた瞬間、シリウスの足は素早く動き、森の出口に走り出していくのだった。
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