第07話、ルーナにとって神父はこの世で一番強い存在なのである。


 ――多分、神父とボクの関係って、歪な関係なのかもしれないな。


 そのように呟きながら、ルーナはクラウスの身体を軽く抑え込んでいる。

 抑え込まなければ、きっと神父の後を追っているかもしれないと思ったからである。

 言う事を聞こうとしないクラウスの身体を何とか抑え込むようにしながら、ルーナは傷口が開いているかどうか確認するために、まず着ていた衣類を剥ぎ取り始める。

 突然ルーナが自分の衣類を脱がし始めたので驚いたクラウスが思わず口にした言葉。


「え、俺達まだ出会って数週間だが?」

「え、何をされると思っているんですかクラウス様。頬ちょっと赤くしないでください」


 嫌そうな顔でそのように答えるルーナに対し、ちょっとだけショックを受けるクラウスだった。


 傷口を確認すると、開いていない事に安堵し、再度衣類を着させながら居るルーナの顔が近くにあるとわかったクラウスの瞳は彼女の幼い顔を見つめている。

 視線に気づいたルーナが再度嫌そうな顔をしながらクラウスに発言する。


「発言の許可をいただけますか、クラウス様」

「了承しよう」

「気持ち悪いです。そんなにジッと見ないでください」

「……きもち、わるい」


 再度、ルーナが発言した言葉に強くショックを受けたクラウスは再度視線をそらし、別の方向に視線を向けている彼の姿を見ながら、静かに息を吐く。


「……大丈夫ですよ、クラウス様。さっきも言いましたが、神父様は強いんです。本当に」

「……その言葉の自身はどこから出てくるんだ、ルーナ?」

「まぁ、長年一緒に居ましたし……孤児だった幼い私を引き取って育ててくれたのもクソ神父……シリウス様でしたから」

「シリウス様?」

「神父様の名前です。シリウス……名前しか知りませんけど」


 涼しい顔をしながらそのように答えるルーナは遠い目をしながら、神父、シリウスが入っていった教会に視線を向ける。

 既に、教会の中には人はいない。

 教会の中に入って数十秒後、何かを持った神父、シリウスがそのまま素早い動きで森の中に入っていったのを二人で確認したからである。

 いなくなってしまったシリウスの後姿を思い出しながら、ルーナは衣類の乱れを治したのを確認した後、クラウスから離れる。


「その、追っ手?みたいなものはシリウス様に任せて大丈夫です。だから、あなたはこれから教会の中にあるボロボロの布団に入って安静にしていてください」

「いや、俺は別に――」

「傷口は開いていないですけど、ケガをした状態で外に行こうとした罰です。今日一日教会から出てはダメです。出たら罰を与えます」

「ば、罰?」

「はい、罰です」


 ルーナの言葉を聞いたクラウスは、罰と言うものは何なのかわからないが、笑いながらそのように発言している彼女の姿に少しだけ怯え、最後は諦めたように、ルーナと一緒に教会に入る。

 教会に入ると奥の倉庫の方が少しだけ荒らされているのを確認した後、ルーナが呟いた。


「……あの長剣を持って行ったんだな」

「長剣?」

「ええ……あそこにホコリ被っていた長剣……シリウス様が大切にしていたモノです」


 その長剣を持って行ったと言う事を考えると――ルーナは何も言えなかった。

 とりあえずそのままクラウスをボロボロの布団で寝かせ、ホコリを簡単に払った後、近くの古い椅子に座りながら、教会のステンドガラスに目を向ける。

 この教会はこの村に入ってきた時からある古びた教会だ。

 ルーナにとって、大切な建物の一つに過ぎない。


「……この村に来て、もう十数年になるんだなぁ……なんて、思っちゃいました」

「ルーナは、この村の出身ではないんだよな?」

「ええ、この村には私と、クラウス様以外は数人の老人たちしか居ません。そろそろお空に旅立ってしまうのではないと言うぐらいの数人の老人たちだけです……そしてこの村の周りに囲まれている森はある生物が結界を張り、閉鎖されている村……みたいなものです」

「ルーナたちはどうしてこの村に来たんだ?」

「……私は幼すぎて、記憶が曖昧なんですけど……一つだけ覚えている事はあります」

「覚えている、事?」


 下を向いたまま、ルーナは何かを言おうとしたのだが、唇を噛みしめたまま一呼吸置く。

 クラウスはそんなルーナに視線を向けながら、返答を待つ。


「……炎の中、鎧を着た騎士が、私の身体をしっかり抱きしめながら、逃げていく……騎士は、神父であるシリウス様でした」


 夢なのか、現実なのか、ルーナにはわからない。

 時々、そのような夢を見る事がある。

 騎士の姿をした、若いシリウスが、幼い自分を強く抱きしめ、守るようにしながら『何か』から逃げ回っている姿を。

 この身体を放してしまったら、自分は殺されていたのかもしれないと言う恐怖を。


『大丈夫……必ず、お守りいたします……――様ッ……』


 何が何でも、どんな事があっても、この体を放さないと、強く抱きしめながら動き回るシリウスの姿を、大きな瞳の自分自身が見つめている、と言う夢を。

 現実なのか、それとも夢なのか、過去にあったことなのか、わからない。

 いつの間にかシリウスは騎士ではなく、神父の服を着ながら、ルーナに生きるすべを教えてくれた。

 文字を独学で覚えた事で、医療系の事は少しだけ詳しくなった。

 現在この村ではルーナは医者紛いの事をしている。

 同時にシリウスはルーナに強くなるために簡単に護身術や、剣術も教えてくれた。


 シリウスと言う存在を失うつもりはないし、ルーナにとってシリウスはこの村では、この世界では一番強い存在だと認識しているのである。


 ルーナはクラウスに簡単に自分の事、シリウスの事を話した後、笑みを見せる。


「私は、シリウス様以上の強い人物は見た事ないから……そのように言ってしまうんですよ。彼の事だからすぐ帰ってくると思います……ドライアドも居るし」


 最後の一言はどうも聞き取れなかったらしく、クラウスは首をかしげる。

 そしてそのままフフっと笑いながら、再度壊れかけているステントガラスに目を向けながら、呟いた。


「早く帰って来いよークソ神父」

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