第16話、そんな顔が出来るんですね、クラウス様


 ルーナに殴られた数十分後、ルフトは正気を取り戻したかのような顔をしながら、クラウスに視線を向ける。


「何か、夢から覚めた感じがするんだが……あと、顔が痛いのだが何故なんだ、クラウス?」

「忘れろ、ルフト」


 少しだけ鼻血を出しながら、それでも自分で鼻を抑えているルフトに手当てをするつもりはないルーナは、彼の背後に隠れるようにしながら視線をそらしている。

 クラウスの背後に隠れているルーナに首をかしげながら、クラウスに問いかける。


「しかし、あの森からこのような村があったなんて知らなかったな……住人は後ろに隠れているてん……いや、ルーナさんと、神父様のシリウスさん。それと老人たちが数人か?」

「ああ」

「……不思議だな」

「何がだ?」


「――今までお前の事、憎い敵だと認識していたはずなのに、今は妙にすっきりしているんだ」


 笑顔でそのように発言する男に、クラウスは何も言わなかった。

 その笑顔が気に入らないのか、クラウスは視線を逸らすようにしながら自分の所持していた長剣を見つめる。


「……俺を追ってきたのは、『聖女様』か?」

「あ……ああ。『裏切者の狂人を殺してでも良いから連れてこい』と第二王子と聖女様のご命令だ……うーん」

「なんだ?」

「……どうして俺は、お前の事を酷く憎む程、追いかけていたんだ?」

「……」


 クラウスは何も言わない。

 そして、彼は原因を知っているからだ。


 トワイライトの聖女は『魅了』を使い、国の人たちを堕落させている。


 自分の思い通りに動かしていると言う事をクラウスはルーナに教えていた。

 離れた事と、何故かルーナを見た事で意識が変わってしまったらしく、『魅了』の魔術は解けているらしい。

 因みに、ルーナの件については『魅了』ではなく、本当に思っていたことを言ったのであろう。

 『魅了』より、『本音』が勝ったと言う事だ。


「……なんか、複雑な気分だ」


 ルーナは思わずそのように呟いてしまった。

 少し複雑そうな顔をしているルーナに一度視線を向けたのだが、クラウスはルフトに再度視線を向けてみる事にする。

 彼の言う通り、ルフトの表情が以前よりもすっきりしている様子に見えるのは気のせいだろうか、と考えた。


「……ルフト、一応言っておく」

「なんだ?」

「確かにお前とは友人関係だったと思うが……お前はあの時、俺ではなく、『聖女』を選んだ。だから、既にお前とは友人関係だとは思っていない」

「あ……そ、それはだな、クラウス……俺も、どうしてあの時お前に……」

「……あの時のお前の行動が、俺は『本心』だと思った、だけさ」

「ッ……」


 睨みつけるようにしながらそのように発言するクラウスに対し、ルフトは何も言えず閉ざしたままだ。

 言い訳をしようとしているようにも見えたのだが、そんな二人の様子をルーナは黙って見つめている。

 同時に、クラウスの表情が少しだけ強張っているように見えた。


「……クラウス様」

「なんだ、ルーナ」

「……ルフト様とクラウス様、何かあったの?」

「……まぁ、そんなところだ。ルーナには全く関係のない事なんだがな」


 そのように言いながら、クラウスの大きな手がルーナの頭に置かせ、優しく撫でられる。

 子ども扱いのようにされている気がしてしまうのだが、それは黙っておこうと誓った。

 抵抗して、少しだけ傷つくクラウスの姿が見たくなかったのである。

 ルフトの方に再度目を向けると、彼もバツが悪そうな顔をして、唇を噛みしめている。


 ルフトとクラウスは、どうやら友人関係のよう、らしい。


(……けど、『聖女様』のおかげで、それが『壊れた』)


 ルーナは大体想像できた。

 つまり、『魅了』で魅入られてしまったルフトは、クラウスと関係を絶ってしまった。

 友情ではなく、『愛』を取った。

 例えクラウスと言う存在に罪がないとしても。


(クラウス様は……辛かったのかな?)


 クラウス・エーデルハット――別名、『血濡れの狂騎士』

 血に塗れた戦場の狂騎士だとしても、クラウスは普通の人間だ。

 人間関係と言うものはうまくいっていたのかもしれない。

 一瞬にして、壊れてしまったのかもしれないけど。


 クラウスがこの村から出ていかないのは、もしかしたらそれもあり、離れられないのかもしれない。


 無意識だった。

 いつの間にかルーナはクラウスの身体に寄り掛かるようにしながら、呟く。


「ルーナ?」

「……一人じゃないですよー」

「え?」


「……友達いなくなっても、ルーナはクラウス様の友達ですから」


 だから、そのような悲しそうな顔をしないでほしい。

 ルーナはそのように思いながらクラウスに発言すると、クラウスは一瞬身体が反応し、思わず体制が少しだけ崩れる。

 地面に手を置いて顔を上げると、そこには顔面真っ赤に染まったクラウスの姿が。

 まさかそのような反応をしてくるとは思っていなかったルーナは思わずその場で硬直する。


「く、クラウスさま……」

「見るな」

「え、でも、顔」

「見るな」

「ま、真っ赤になってますけ、ど……あの、なんか、すみません」

「……」


 ルーナの発言に、クラウスは顔を真っ赤にしたままそのまま動けずにいた。

 二人のそのようなやり取りを真正面から見ていたルフトは、どのように声をかければ良いのかわからないまましばらく二人のやり取りを傍観する事にするのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る