第48話、ある騎士の話⑫【血濡れの狂騎士】


 すごく、気持ち悪かった。


『クラウス様、私と結婚前提にお付き合いしてください!』


 初心そうな顔をしながら答えるあの聖女の姿を思い出すだけで吐き気がした。

 奥底に感じる『力』に怯えてしまう程、あの聖女は『聖女』ではなく、『魔女』だと認識するほど、気持ち悪さが勝った。

 だからこそ、振り払い、断った。

 断ったと同時に、自分を殺しにかかった。


 家族から離れてしまったのは、彼女のせいなのに。


『あらあら、それは初めて聞いたわ。流石、顔は良い人間はモテるわねー』

「いや、違うと思うんですけど……何ですかその発言。私、初めて聞きましたよ?」

「初めて言った」

「……ここに来た理由、聞いておけばよかったわ」


 フフっと笑いながら答える女性と、頭を抱えながらため息を吐いているルーナの姿に、クラウスは何も言えなかった。

 同時に無意識に拳を握りしめていたらしい。

 右手に力が入ってしまう程、今のクラウスの心は譲渡不安定と言って良いほど、心が落ち着かなかった。


 ドライアドの女性、サーシャはフフフっと笑いながらクラウスに声をかける。


『つまりあなたは、その聖女様?って人から求婚されたってこと?』

「はい、どうやら顔が好みだから、だそうです。おかげで取り巻きの男たちにはめちゃくちゃ睨まれました」

『で、どのように返事したの?』

「はっきり言いましたよ。『ハーレムに加わる気はない』と」

「……はっきり言うんだな、クラウス様」


 聖女はハーレムのようなモノを作っていた。そのような事は言われていないのだが、断ったと同時にそのように思っていたので発言した。

 フンっという顔をしたと同時に、クラウスはため息を吐く。


 本来ならば、断ってしまったらどうなるかわかっていたはずなのに。


「……だから、逆凛に触れたって言う感じですか?」

「ああ、そうだ」

「……トワイライトの国の権力者の人たちを敵に回して?」

「ああ……そもそも、俺はあの聖女様が気に入らなかった」

「……」


 一瞬驚いた顔をしたルーナがクラウスに視線を向ける。

 その視線は何処か攻めているように思ってしまう。

 本来ならば、このまま進んでよい道だった――はずだ。


 家族までを置いてきて、今どうなっているのかわからないのに。


「……ルーナ」

「はい、何ですか?」


「俺は、間違っていたか?」


 間違った発言を、間違った行動をしてしまっただろうかと言う気持ちが、心の奥底にあった。

 そのまま、聖女のミレイの言葉を聞いていれば、もしかしたら何かが変わっていたのかもしれない。

 仲間がいたかもしれない。

 家族の傍に居られたかもしれない。


 しかし、出来なかった。


 唇を微かに噛みしめるようにしながら、ルーナの発言を待つと、彼女はあっけらかんな言葉でクラウスに言った。


「間違ってないと思いますけど?寧ろ、クラウス様らしい発言をしたのでは?」


 良かったですね――と言う感じの言葉で彼女はそのように言ってきた。

 もしかしたらルーナも否定的な言葉で来るかもしれないと思ったのだが、彼女の言葉は否定ではなく、肯定と言って良い感じの発言だった。

 同時に、クラウスはわかってしまった。


 興味がなかったのだ。


 彼女はそのような性格なのだと改めて感じたクラウスは、次の瞬間嬉しそうに笑みを零し、それに気づいたルーナは何処か不服そうな顔をしながらクラウスを見る。


「な、なんですか?」

「いや、ルーナはルーナだなと思って」

「い、意味が分からないんですけど……」

「ああ、わからなくていい」

「??」


 ルーナはクラウスに対し、どのように返事を返したらいいのかわからず、同時に何故笑っているのか理解出来なかった様子。

 首をかしげながらクラウスに目を向けているルーナが何処か可愛らしく、クラウスは再度笑ってしまった。

 そんな二人の発言を聞きながら、奥で座っている神父、シリウスがため息を吐く。


「――トワイライトだって言うのはわかっていたんだがな。『血濡れの狂騎士』が居る場所はトワイライトの騎士だし……狂騎士と言われていたが、国には忠義を持っていたと聞いていたからどうしてこの森の中に逃げ込んだのかわからなかったが……なるほど、聖女か」

『……昔、聞いたけどシリウス。あなたの国を襲った存在も『召喚』だったわよね?』

「ああ――『勇者召喚』だ」

 

 その発言をしたシリウスの表情が一瞬にして変わる。

 まるで忌々しい、憎き相手がいるかのような表情だ。


「この国には『魔王』なんていう存在はいない筈なのにな」


 シリウスはそのように発言した後、再度息を吐く。


「狂騎士様、俺達がこの村で暮らしている間、『外』で何かあったか?」

「……『外』と言うのは、この村の『外』か?」

「ああ、俺もルーナも……この村で暮らしている数人の住人達も、『外』には全く干渉しない。だから、何か起きているのか全く分からない。数年前までは『外』の情報を集めていたんだが、めんどくさくてやめちまってな」

「……と言うか、『外』の情報を集めてくれていた人がいたんだけど、大ケガをしてしまってそれが出来なくなってしまったんです」

「そうなのか……そうだな、特に変わった事はない。ただ、俺の国のトワイライトはその聖女様のせいでだいぶ危ない状況だがな」

「……なんか、国が滅びそうな言い方ですね」

「言い方じゃない。真実だ」

「え?」


 クラウスの発言に驚いたのはルーナだ。

 何故そのような言葉を投げるのかまるで理解出来ていないかのような顔をしているルーナに、状況の『真実』を告げる。


「このままじゃ間違いなく、聖女様のせいで国が滅びるな」


 他人事のように、クラウスはそのようにルーナに言ったのだった。

 

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