第26話、変わらぬ日常


 いつものような、日常が戻ってきた気がした。

 ルフトがこの村に来てから数日後――ルーナは変わらない生活を送っていた。

 いつものように森の中に入り、食料を調達し、いつものように家に戻れば薬草の管理などを行い、また薬草を使った薬を暇つぶしに作っていた。

 ただ、彼女の日常に違う点と言えば、二つ。


 一つ、クラウスと言う男が何故かルーナの家に入り浸り始めたという事。

 一つ、ドライアドであるサーシャが戻ってこない事。


 この村の神父、シリウスと話をした後、彼女はクラウスが合おうとしていた第一王子にコンタクトを取るために行ってしまったが、戻ってくる気配はない。

 彼女がいない数日の日常は、いつもと違うような気がしてしまったのは気のせいだと思いたい。

 早く戻ってこないだろうかと、ルーナは捕ってきた数匹の野兎の解体を始める。


「ルーナ、手伝う」

「あ、すみませんシリウス様」


 ルーナが野兎の解体を始めようとした矢先、顔を出したシリウスは彼女の手伝いをするために声をかけたので、ルーナはそれに応じる。

 野兎の解体の手際は良く、そもそもクラウスは刃物に関しては手際が良い。

 綺麗に、早く解体を始めているクラウスの姿を見ながら、ルーナも同じように解体を続ける。


「心配か?」

「え?」


 解体をしている最中に突然そのような言葉を投げかけられたので驚き、手の動きを止めてしまったが、クラウスは変わらない表情をしながら野兎の解体を続ける。


「心配と言うのは、どういう意味で……」

「サーシャと名乗っていたドライアド……まだ戻ってきていないのだろう?」

「ああ、はい……まぁ、彼女結構強いので、大丈夫だとは思うのですが……一応友人なので、心配はしております」

「……俺の用事なのに、すまないな」

「クラウス様のケガはだいぶ良くなってきていますけど、完全ではないからしょうがないです!あと二週間ほどはこの村で安静にしていてください」

「……長いな」

「長いですよ……まぁ、私に魔力があって、白魔術が扱える事が出来れば傷を癒せる事が出来たんですけどね……私は魔術師でもなければ、聖女でもありませんから」

「……」


 ルーナの言葉を聞いたクラウスの動きが突然止まる。

 そしてそのままジッとルーナに視線を向けながら、複雑そうな顔をしている様子が手に取るようにわかる。

 少しだけ嫌な予感を覚えながらも、ルーナは首をかしげるようにしながらクラウスに問いかける。


「あの、なんか私、変な事を言ったでしょうか?」

「……いや、似合わないと思ってな」

「え?」


「お前は白魔術と言うより、黒魔術の方が似合うぞ」


「……」


 キラキラと輝くような感じではなく、どす黒い何かを抱えながら攻撃魔法を繰り出しているルーナの姿をまるで想像しているかのように言ってきたクラウスの姿に、少しだけ苛立ちを覚えながらも、否定はしなかった。

 ルーナもわかっていた。

 自分の性格では絶対に、白魔術なんて言うモノは似合っていないからである。


「……あの神父に育てられたからなぁ」


 ルーナはそのように呟きながら、顔を引きつらせて笑うのだった。


 野兎の解体が終了した後、ルーナは大きな葉っぱに解体したものを一つずつ乗せ、調合しておいた薬草を軽く塗った後、そのまま野兎の解体した肉を包む。

 包んでいる様子に視線を向けながら、クラウスは問いかける。


「前々から気になっていたんだが、肉の解体が終わった後に塗っているのは、何なんだ?」

「臭みとかを取る、薬草を調合して塗りつぶしたモノを少しだけ塗っているんですよ。臭みなど取れば、美味しくお肉が食べられるでしょう?」

「そうか……解体して調理して食べられれば良かったんだが……そういうモノもあるのか……」

「まぁ、本を読んで勉強した感じですよ。今日の昼食、楽しみにしておいてくださいね。野兎のお肉を入れたスープ作りますから。パンも焼き立てですよ?」

「……」


 笑いながらそのように発言したルーナの姿を見て、クラウスは黙ったまま彼女に視線を向ける。

 何故黙っているのか理解出来なかったルーナだったが、その光景はクラウスが来てから何度も見ていたので変な事は考えていないのだろうと思いながら、ルーナは自分の家の中に入って行く。

 残されたクラウスは拳を握りしめながら、静かに呟いた。


「……いいなぁ、なんか今の、お嫁さんって言う感じだったなぁ……もう少し、あと一年、いや、二年待てば、成長するだろうか……いや、このまま既成事実を作ってしまったら……」


 そのようにブツブツと呟いていたなど、ルーナは知るよしもなかった。

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