第38話、ある騎士の話②【血濡れの狂騎士】
元々目は良い方だったのかもしれない。
国との戦争の最中、前で戦う事が多かった為、二つの目が合った事でクラウスは生き残る事が出来た。
クラウスは元々魔力が多い方である。
特に、自分の『目』は若干良い方らしく、嘗て死んだ祖父はクラウスにこう言っていた。
「私の妻……お前のおばあちゃんは右目が『魔眼』の持ち主だった。昔からよく魔力を『目』で見る事が出来ていたらしい……クラウスはどうやら両目に授かってしまったらしいな。まだ『覚醒』はしておらんから、そのうちうまく扱えるようになる」
祖父はそのように言いながら、先に逝ってしまった祖母の事を言っていた。
祖母は有名な魔術師であり、剣術も扱える程、強い人物だったらしい。
そして、祖母の右目には協力な『魔眼』と言うモノがあり、その『魔眼』で人の魔力の大きさなどを見る事が出来ていたらしい。
その『魔眼』をクラウスは引き継いでしまった。
クラウスが『魔眼』だと言う事を知っているのは、家族のみ。そんなクラウスが目の前の聖女を見て、どのように感じたのであろう。
結論から言うに、目の前の聖女は、聖女と言うまがい物だった。
(なんだ、これ、は……)
クラウスはまだ『魔眼』の扱い方には慣れていない。だからこそ、遠くで拝見しただけでは力を発揮する事が出来なかった。
目の前の聖女、ミレイの魔力は清らかでもなんでもなく、まるで悪人が持つような、ドロッとした魔力だった。
その一部がミレイの両目に集まっている――気づいた時には遅かったのかもしれない。
「クラウス様、どうかしましたか?」
ミレイはそのままクラウスに近づき、彼の手を握ろうとした瞬間、触れる事が嫌だったクラウスは思わずミレイの手を振り払ってしまった。
明らかな、拒絶。
一瞬、驚いた顔を見せたミレイだったが、そのまま振り払われた手を強く握りしめながら、泣きそうな顔をして答える。
「す、すみません……私、何かしてしまったでしょうか?本当にごめんなさいクラウス様」
「……っ」
言葉を出そうとしても、言葉が出ない。
このまま、目の前の聖女を野放しにしてしまっても良いのだろうかと思ったクラウスは気づかれないように腰に手を伸ばし、剣を抜こうとしてしまった。
(……まずい、流石にそれはダメだ)
今、この場で聖女を殺してしまったら、間違いなくクラウスはこの国に居る全ての者達を敵に回す事になる。
特に、聖女に心を奪われている者たちには。
舌打ちをしながら、何とか冷静さを保とうとしたクラウスは何とか息を吸い込むようにしながら答える。
「……すみません聖女様、手を振り払ってしまいまして……ケガはしていらっしゃいませんか?」
「え、ええ、大丈夫です。私は平気ですが、クラウス様は顔色が悪そうですね。もしよろしければこの近くが私の部屋なのです!私の部屋でお休みを――」
「申し訳ございません。これから姉のクラリスと約束をしておりまして……また後日、お伺いさせていただきます」
冷静さを保ち、顔に出さないようにしながらクラウスは笑う。
その話を聞いたミレイは残念そうな顔を見せながらクラウスにお辞儀をし、背を向けて歩いていく。
ミレイの姿が消えた事、そして気配すらない事を確認した後、クラウスは深く大きく、息を吐いた後、その場に崩れ落ちるようにしながら膝をつく。
「……『魅了』を使っているのか」
思いついた魔術の一つ――『魅了』。
相手が自分を好きになる魔術だのなんだの、嘗て学校で習っていた事を思い出す。
「だが、あれは禁術だ……いや、寧ろ無意識に使っていた、としたら」
異世界から召喚されたミレイはもしかしたら『魅了』と言う魔術を使っていると思っていないのかもしれない。
無意識に、自分の好みの男たちを、そして周りを、ミレイは『魅了』している。もしかしたら、王宮の中に居る人たちまでもが既にかかっているのかもしれない。
このままではまずいと感じるが、あいにくクラウスは魔術には疎く、魔力が見えるだけの騎士だ。
舌打ちをしながらクラウスはゆっくりと立ち上がり、とにかく家に戻りたいと願っていた時だった。
「――クラウス?」
突然聞き覚えのある声が聞こえてきたので視線を向けると、そこには驚いた顔をしている姉の姿があった。
何故姉が王宮の入り口に居るのか不思議で仕方ないのだが、クラウスには都合が良い。
急いでクラリスに近づき、そのまま彼女の肩を鷲掴みした後、精一杯の引きつった笑みを見せながら、クラリスに告げる。
「きてくれてありがとう、姉さん」
「え、ちょ、なのその不細工な笑顔……ブブッ!あなたそんな顔が出来たのね!」
「笑いごとじゃないんだ。これでも必死……とりあえず、家に帰ろう」
「ま、待ちなさい。私これから用事が――」
「用事なんて、後で良い。今は最優先」
そのように言いながらクラウスはクラリスの身体を強く引き寄せながら、王宮を去るのだった。
当分、あの聖女に会いたくないと願いながら。
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