第32話、闇は近くまで迫っている。
カルーナが笑いながら、単純だと言う言葉が聞こえてきたのは気のせいだと思いたいが、とりあえず、ふてくされていたクラウスの表情が落ち着いてきたのだと認識したルーナは、頭を軽く抑えながら、忘れてしまった夢の事を考える。
とても大事な事だったような気がしたのに、どうして忘れてしまったのか、わからない。
何度も、同じような夢を見ている感じがしているのだが、まるで思い出したくない事なのか、閉ざされているのだろうかと感じてしまう程。
「……」
「……ルーナ?」
クラウスがルーナに声をかけるが、ルーナは反応しない。
まっすぐ、一点を集中させながら地面を見つめているルーナに首をかしげながら、クラウスがもう一度声をかけようと手を伸ばしたその時。
後ろの方から大きな足音を立てながら入ってきた人物に、ルーナとクラウス、カリーナの三人は驚いた顔をしながら視線を向ける。
息を切らしながら、汗を流している男が、家に入ってきて呆然としながらルーナに目を向けている。
「ひめ……いや、ルーナ、倒れたって聞いたが……」
「あー……うん、大丈夫だよ神父様」
「……外傷はないのか、カルーナ?」
「ああ、軽い貧血だろうよ。相変わらず過保護だねぇ、アンタは」
「……」
めんどくそうな顔をしながらそのように答えるカルーナに対し、男――シリウスは静かに息を吐きながら、その場に崩れ落ちる。
かなり勢いよく走ってきたのか、身体の力が一気に抜けてしまったのか、その場に座り込んでしまったシリウスにルーナは手を伸ばす。
「神父様、大丈夫?」
「……肝が冷えた……頼むから、心配させないでくれ、ルーナ」
「……神父様?」
いつもと様子がおかしいシリウスに疑問を抱きながら、ルーナはとりあえずそのままシリウスの頭に手を伸ばし、優しく触れる。
触れた瞬間、シリウスの瞳が静かにルーナに向けられているのが分かる。
ジッと見つめてくるシリウスの姿に、ルーナは少し驚いた顔をしつつ、本当に自分の事を心配してきてくれたのだろうと感じながら、どのように返事を返したらいいのかわからない。
「あの、神父さ――」
「――シリウス様」
何かを言おうとしたその時、ルーナのシリウスの二人の間に入ってきたのは、先ほどまで機嫌が良かったクラウスの姿だ。
クラウスは二人の間に入った後、ルーナを少しだけシリウスに近づけさせないように一歩後ろに下がらせた後、ギロッと睨みつけるような形をとりながら、シリウスに視線を向ける。
一瞬、目の前の男は何をやっているのだろうかとルーナは驚いてしまったが、ヒヒっと笑い声がしたので思わずカルーナに目を向ける。
一方の二人はお互い目を向けながら、シリウスはめんどくさそうな顔をしながらクラウスに声をかける。
「……なんだ、クラウス殿」
「その……ルーナの事は俺が見るから、だから、その……」
「……」
「……だから、あまり近づかないでほしい」
「クラウス様?」
突然何を言い出すんだこの男は(二回目)と思いながらルーナは目を見開き、カルーナは笑い、そしてシリウスは相変わらずめんどくそうな顔をしながらクラウスに目を向けていた。
何故そのような発言をするのか、多分カルーナとシリウスはわかっているのであろう。しかし、ルーナは全くわかっておらず、首をかしげているだけ。
そんなルーナとクラウスの二人のやり取りを見て、ツボに入ったのか、カルーナは笑っている。
「笑うな、クソババア」
「ヒヒ、ハハっ……ハハハッ!いやぁ、面白いねぇ、若いっていいねぇー」
「分かって言っているのか、それともわからないで言っているのか……少なくとも、クラウスの野郎はともかく、ルーナはわかってないな」
「ヒヒヒィ……わからんじゃろうて。この村ではそんな事、誰も教えてくれんからのぉ」
「えっと……シリウス様?カルーナおばあちゃん?」
ため息を吐きながら嫌そうな顔でクラウスを見るシリウスと、楽しそうに笑い続けているカルーナの姿。意味が全く理解できないルーナは声をかけたのだが、教えてくれない。
クラウスもそんな二人を見ながら、呆然としているだけ。
一通り笑った後、カルーナは彼らの前で言った。
「まぁ、気づいたら気づいたで面白いかもしれんが……そんな事言っている場合じゃなくなっちまっておるからのォ」
「……どういう事だ、ババア?」
「ルーナにも言っておいたのじゃが……お前さんにも言っておいた方がいいじゃろう」
「は?」
不機嫌のままカルーナに当たるような感じで答えるシリウスに対し、笑っていたカルーナは真面目な顔をして、シリウスに発言する。
「――闇が、迫っておるぞ、ルーナに」
「……ッ!」
『闇』と言う発言をしたカルーナの発言に、シリウスの目が見開いたまま、動かなかった。
そしてそのまま背を向けたと同時に、シリウスは強く拳を握りしめた後、唇を噛みしめる。
「……奴が、目の前に現れるのか」
そのように呟いた姿を見たルーナは、何も言えないまま見つめる事しかできなかった。
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