第8話:モーニングコーヒー
俺のコーヒーにはこだわりがある。インスタントも悪くないけど、それは忙しい時だけ。
朝はドリップコーヒーを飲みたい。そして、ドリップコーヒーにはミルクは不要。コーヒーのあの香りを楽しみたいのだ。
一応コーヒーマシンは使うけれど、引き立ての豆を使ったドリップコーヒーを飲むのだ。
……それなのに。どうしてこうなった。
「あ、お兄ちゃん、ミルク入れてね、ミルク。コーヒーミルクじゃなくて牛乳ね。コーヒーミルクって着色した油でしょ? 私は牛乳が飲みたいの」
「……」
リビングのテーブルに来たシオリは、いつものシオリとは明らかに別人だった。
明るい口調で、俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。俺の知っているシオリとは全くの別人だ。
普段のヤツなら「こっち見ないでください。汚される気がします」くらいは言いそうだ。いや、実際に言われたことがある。
しかも、その時は俺を見下げるような、そして冷たい視線が向けられていた。
「あ、ありがと」
「いや……」
俺がコーヒーカップをテーブルの上、シオリの前にすっと出すと、彼女はキョトンとして礼を言った。
朝のリビング。テーブルには俺とシオリだけ。
モーニングコーヒーとスナックサンド。ちなみに、今日は完熟トマト&とろ〜りチーズ味。朝から2枚は重いので、一人一枚。
テレビは朝の情報を元気に伝えている。
そんな中、俺は違和感に包まれていた。
違和感全開なのだ。どんな違和感かと言えば、目の前の……。
「あ!コーヒー美味しい♪」
あのシオリが笑顔でコーヒーを飲んでいるのだ。他でもない、俺が淹れたコーヒーをだ!
「あ、スナックサンドも美味しいね。温めるんだ。へー」
ニコニコ笑顔だ。俺にとっては違和感マックスなんだけど……。
記憶喪失だって言ってるのにスナックサンドを知ってることじゃない。
いつものシオリなら、冷たい表情どころか先にご飯を済ませて、ひとり学校に出てしまっている。
残されたスナックサンドを俺がひとりで食べてから学校に行くのが常なのだ。
たまに俺が早く起きてこようもんなら、バタバタと用意して出てしまっていた。だから、俺は気を使って朝はゆっくり起きていたほどだ。
「スナックサンドはいつもの一人一枚?」
「ああ、毎日1袋買ってきて1枚だけ残ってる。いつもはシオリが先に学校に出るんだ」
俺は静かに答えた。
「へー、ほー、ふーん。仲良しなんだね。2つのサンドを毎日分け合って食べてるなんて」
「……いや、残り物の処理係り位にしか思ってないだろ」
そうなのだ。毎朝開封済みのスナックサンドがテーブルの上に置かれていた。
「そんなことないと思うけどな」
俺はそれとコーヒーで朝食を済ます。俺とシオリの数少ないつながりのひとつ。
この程度でも「つながり」と言わないと、他に接点がほとんどないような状態、それが今……ではなく、少し前までの状態だった。
「なに? なにか顔についてる?」
ぼんやりそんなことを考えていたら話しかけられた。
「お前、シオリであってシオリではないってことか……」
「そうだね。私はシオリかもしれないけど、お兄ちゃんが知ってるシオリさんじゃないみたいね」
彼女が言ったそんな何気ない一言をこれから実感することになる。
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