第9話:登校

 世の中にはあり得ないことがある。


 大谷翔平がホームランを打てないとか。

 江頭2:50がおとなしく座っているとか。

 シュレディンガーの猫の実験で箱の中の猫がニャーニャー鳴き続けていて、その生存をアピールしているとか。


 俺の中ではそれと同じくらい……いや、それ以上にあり得ない事象。


 義妹のシオリが俺と一緒に学校に向かっているのだ。


 それだけじゃない。ニコニコ笑顔で俺の腕に自分の腕を絡めて腕を組んでいるのだ。


 当然、悪目立ちしている。学校のマドンナであるシオリが無名の俺と腕を組んで登校しているのだから。


 遅刻しそうなこともあって俺としては気がきではない。


「シオリちゃん、今日はゆっくりだね」

「あ、おはようございます。今朝はこの人と一緒に登校したかったから」


 近所のおっちゃんに話しかけられた。どうやらシオリは学校のマドンナではなく、町内のマドンナだったようだ。


「なあ、勘弁してくれ。記憶が戻ったら俺がシオリに殺される」

「ふふふ。そんなにシオリさんっていつもツンツンしてたの?」


 シオリが楽しそうに答えた。


「ああ。そうだな」

「ふーん、シオリちゃんよっぽど……なんだね」


 よっぽど気難しいヤツとか、俺のことが嫌いとか、そんな感じだろう。

 シオリが下唇に人差し指を当てて空を見ながら言った。


「それで?」

「どれで?」

「うん、お兄ちゃんはどうなの?」


 シオリが腕を組んだまま俺を覗き込んで訊いた。


「俺は……仲良くしたいと思ってるよ?」

「好き?」

「そりゃあ……」

「それはどういう『好き』」


 シオリの目が輝いている。なんだこの居心地の悪さは。本人を目の前に好きかどうか聞かれているってのはどうにも調子が狂う。


「家族として……もあるけど、妹っていうより一緒に育った幼馴染って印象も強くて……」

「そうなんだー!」


 そのキラキラやめれ。


「告白は?告白しなかったの?」

「……したけど」

「したの!?」


 シオリは自分の顔の前で手を合わせて「いただきます」のポーズで目を輝かせている。いや、俺が告白したのってお前だからな。


「で?結果は!?」


 こいつは本格的に興味本位100%で聞いている。つまり、これは演技なんかじゃなく、本当に記憶がないんだろう。いつも本を持っていたシオリが本来のシオリだとしたら、こいつは本なしのシオリだ。


「はーーーーー。告白したけどさ、翌朝になったら全記憶を失ってたよ」

「なにそれダメじゃん!」


 元凶が言ったよ。


「え!?もしかして、それって私!?」

「最初からお前の話しかしとらんが……」

「えーーー、私ってめちゃくちゃ邪魔者!?記憶が戻った方が良いよね!?はい!」


 そう言うと、シオリは俺に頭を向けた。


「……どうしろと?」

「殴っていいよ!ショックで記憶が戻るかも!」


 殴りやすいようにシオリは頭を突き出すだけじゃなくて、殴りやすい角度を模索するように色々な角度で頭を出した。


「登校途中に美少女の頭を殴ってたら俺が社会的に抹殺されるわ!」

「あー、私かわいいもんねー」

「自分で言うな!」

「いや~、鏡見てびっくりした~」


 他人事みたいに頭をかくシオリ。


「自分がびっくりするほどの美少女ってなんだよ」

「ねー」


 俺たちはあほな会話をしながら学校に向かった。

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