第12話:昼休みのネコ

「せんぱーーーーーいっ!」


 昼休みになるやいなや、教室に台風みたいな騒がしいやつが飛び込んできた。この声は後輩のネコだ。


「今朝はどうしたんですか?生徒会室にいなかったんですけど。他の仕事ってありましたっけ?」


 静かに席に座っているシオリの周りをネコがまとわり付いている。遊んでもらいたい犬みたいなヤツだ。


 今朝は、記憶喪失を隠したまま自分の教室に着いたシオリだったが、自分の教室も自分の席も分からない。


 俺にくっついてくるもんだから、教室内は大騒ぎだった。


「あれ?あれ?あれ?先輩と先輩ってそんなに仲良かったですっけ?」


 ネコの言う「先輩と先輩」とは、俺とシオリのことを言ってるんだろう。


 彼女が俺たちの顔を覗き込むように聞いてきた。


「ほら、私たち兄妹だし」


 シオリは今朝のヨムに言ったのと同じ説明を繰り返した。


「へー、ついに……ですか」


 こらネコ、そのニヤニヤ顔をやめれ。


「じゃあ、お弁当食べますか♪屋上行きますか?」


 ネコはカラカラと自分が持っている弁当箱の包みを振ってみせた。


 一方で、シオリは座ったまま俺の方に視線を送ってきた。「弁当はどうなっている?」ってことだろう。


「今日は弁当を作る暇がなかったんだ」


 シオリの代わりに俺がネコに答えた。そう、いつもはシオリは弁当を持ってきている。今日は思いっきり寝坊したから弁当は作れなかった。


 もっとも記憶がないみたいなので、弁当を作るという発想自体なかったと思うけど。


「じゃぁ、私のお弁当分けてあげますね。先輩」


 ネコが言ったこの場合の「先輩」はきっとシオリのことだろう。多分、もうシオリとネコの世界なので俺は全然違う方向を見て周囲の風景に溶け込んだ。


 モブ能力と言っても良いだろう。


 生き物として物理的に存在を消すことは不可能だ。しかし、精神的に存在を消すことは可能だ。周囲の人間に意識されなければいいだけなのだから。


 俺は誰とも目を合わせないことで自らの存在を消した。


「待って!」


 俺が誰にも気づかれないうちに席を離れようとしていた時にシオリに襟首を掴まれた。掴まれて制止された。


「兄さんは私とお昼を食べます」


 なぜかシオリの強い意志を感じた。


「先輩!私は!?」


 ネコの謎の対抗心も顔を出した。そのシオリは俺に視線を送った。


「ネコ」

「ネコちゃんも私とお昼を食べます」


 シオリがネコに言った。


「ネコちゃん?」


 ネコは昔からシオリに「ネコちゃん」なんて呼ばれたことはない。意味もなく変な呼ばれ方をして首をかしげていた。


「ネコ……」

「ネコも私とお昼を食べます」


 俺の助け舟で持ち直したようだ。


「はいっ!」


 ネコは謎の敬礼と共に弁当を持って屋上を目指して歩き始めた。そして、その手はシオリと手をつないでいた。


 シオリは引っ張られるような形で屋上に連れて行かれている。


 そして、俺のシャツの首元を掴んでもいる。


 結果的に、三人で屋上に向かっている……という表現で良いのか分からないが、三人で屋上に向かっている。


 俺はこれから起こることに嫌な予感しかしていない。


 ネコが屋上の鉄の扉をギイと開けた。薄暗い屋上への階段室に青空の清々しい空気が流れ込んできた。


 最高に気持ちのいい空間のはずの屋上にはあいつが鎮座して待っていた。

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