第6話:君の名は
「おはようございます」
そこにはベッドに横たわって、上半身だけ起こした状態でシオリがいた。
シオリは、いつもでは想像もつかないようなニコニコ笑顔で俺に挨拶をした。
「おはよう……ございます?」
俺の口から出たのは、挨拶の疑問形という過去に類を見ないものだった。
「私の部屋に入ってくるということは、あなたは私の親しい方ですね?」
「え? あ、まあ……」
どうしたことだ。普段のシオリとまるで別人だ。
俺の中の警報が最大限に鳴っている。
「でも、ドアをノックされたことから残念ながら私の彼氏さんではないようですね」
「ん? あぁ……」
こいつは何を言っているんだ!?
俺のことを揶揄っているのか。何かの遊びなのか。
俺は現状を全く理解できないでいた。
「失礼しました。私、どうやら記憶が無いみたいで、どなたのことも思い出せないのです」
「はあ!?」
シオリが俺のことを揶揄っているかどうかは、彼女の表情を見ればすぐに分かる。
少しスッキリしている様に見えるが、嘘をついている様には見えない。
しかし、俺の日常で記憶喪失の人なんていない。
テレビやドラマなどでも事故などをきっかけに記憶が無くなる話は見たことがある。
でも、寝て起きて、いきなり記憶が無いとか全く理に適っていない。
ここで俺はシオリのもう一つの異変に気が付いた。
彼女が持っていなかったのだ。
例のあの本を。
彼女がいつも四六時中抱きかかえるようにして持っていた本。
「シオリ、本は? あの本。いつも抱きかかえていたやつ」
「本?」
そう言って彼女は周囲を見渡した。しかし、それは見当たらないようだ。俺の記憶では、シオリはいつも本を持っていた。食事の時だって膝の上に置いて食べているほどだった。
俺の中では、スヌーピーのライナスがブランケットを手放せないのと同様にシオリはあの本が手放せないのだと思っていたのだ。
そして、もう一つ異変に気付いてしまった。
彼女の手首にブレスレットが付けられていたのだ。
「シオリ、それは?」
俺は手首のブレスレットを指さした。
「これ?」
コクリと俺は頷いた。
「さぁ、目が覚めたら手首に付いていたし。寝ている間もつけているなんて、私にとって大事なものみたいね」
「そ、そうか」
あれは昨日俺が誕生日のプレゼントとして渡したもの。ピンク色の小箱の中身だ。
つまり、あの後シオリは部屋であの小箱を開けて、俺からのプレゼントであるブレスレットを嵌めたということか。
嬉しい気持ちもあるけれど、シオリは記憶がないという。真偽の程が確認できない。しかも、シオリの異常も心配だ。とても複雑な気分だった。
「ところで、お名前教えてくださる?」
ニコリとしてシオリが訊いた。そうか、記憶がないという彼女の主張が本当ならば俺は名前も知らないやつってことか。
「カケル。本野カケルだ」
「カケルくん……」
その表情から記憶にない、と言わんばかりだ。どうせ俺とはその程度の存在さ。
「私の名前は?」
自分の名前も分からないらしい。
「シオリ。本野シオリだ」
「シオリ……苗字が同じなのは、私達は夫婦ってこと? 随分若くない? カケルくんいくつ? 私は?」
なぜ先に夫婦って思った。普通、苗字が同じだったら兄妹の方が先に出るのではないだろうか。
「俺たちは兄妹。どちらも昨日18歳になったばかりの兄妹だ」
「え? 双子? 双子なの!? 私達」
驚きと共に瞳を輝かせるシオリ。
「まあな。義理だけど」
「え!? 義理なの!? 義理の兄妹で誕生日が同じってどんなレアケースなの!」
そう、俺たちは本当に義理の兄妹であり、たまたま誕生日が同じ日なのだ。年齢が近い義理の兄妹なんて学校では揶揄われる対象になりかねないのでほとんど言ってない。
親しい友人に聞かれたら答える程度で、俺たちから積極的に言うことはなかった。
そんな事はどうでもいいのだけれど、問題は別にあった。
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