第5話 因縁

 草薙の家を出て路駐してある車に二人が乗り込む。

 山本が車のエンジンを掛けると坂本が不満そうに話し出す。

「山本さん、なんで止めたんですか。似顔絵なら、それほど時間は掛からないでしょうに」

「坂本警部、お忘れですか。警察上層部が手を回しているかもしれないということを。それなのにとして、あの青年を署に連れて行くということがどんなに危険なことか分かりませんか」

「あ……」

「分かって頂けた様ですね」

「すみません。なら、似顔絵はどうなるんですか?」

「私の伝手で用意しますから、心配しないで下さい」

 山本の答えに納得したのか、坂本は前の方をただジッと見ている。

 そんな坂本に苦笑し、山本は車を出して坂本に言う。

「坂本警部、ナビをお願いしますね」

「ナビ? もう、本部に帰るんじゃないんですか?」

「夜の店は今から開店準備ですよ。さっきの名刺のお店、気になりませんか?」

「さっきの……ああ、そうですね。行きましょう!」

「お願いしますね」

 坂本が機嫌を取り直し、スマホの写真を見ながらナビを始めたが「ん?」と何かに気付いたようだ。

「どうしました?」

「この名刺、田中の机の中に何枚もありました! そうですよ。ああ、もうなんで今頃気付くかな」

 坂本がスマホを操作し、「あった! これです!」と山本に見せようとするが、山本は運転中なので断ると坂本も自分が興奮していたことに気付き恥ずかしそうに俯く。


「どこかコインパーキングが空いてればいいんですけどね、坂本警部も探して下さいよ」

「はい。お任せを」

 歌舞伎町をグルグルと回り、やっと空いていたコインパーキングを見付けると、その空いている場所へと車を止めてから降りる。


「まだありますかね」

「まあ、ビルはそうなくなったりしないでしょうから、何も聞けないってことはないでしょ」


 名刺の住所を頼りに歩くと目的のビルはすぐに見付かるが、目的としていた店の名前はなかった。

「ありませんね」

「単に名前を変えただけかもしれませんよ。さ、行きましょう」

 店の名前は『ジュリア』ではないが、当時は『ジュリア』だった店『ジャスミン』の扉を開く。

「ごめんね。まだ準備中なの」

「いえ、話を聞きたいだけなんですが……すみませんが、どちらに?」

「話?」

 入ってすぐに女性の声がしたが、その姿が見えなかったので、話だけでもと声を掛けるとカウンターの中でしゃがんでいたと思われる女性が、ひょこっと顔を出す。

「お客さんじゃないの?」

「すみません。こういう者です」

 山本達が女性が見えるように警察手帳を広げてみせる。

「あら、警察の方なの。それで、聞きたい話ってのは?」

 山本が坂本に目配せするとスマホで『うらら』の名刺を表示させると、女性に見てもらう。

「あら、懐かしい。うららちゃんの名刺ね」

「ご存知なんですか?」

 女性が懐かしそうにいったことに山本が食いつくように尋ねる。

「ご存知も何も私も一緒に働いていたもの。当然でしょ」

「では、その時の源氏名は?」

「え~言うの。もう、恥ずかしいんだけど……『ミルク』よ」

「あります」

 女性が教えてくれた名前でスマホに納めた名刺画像を検索していた坂本が山本に画像を見せる。

「では、田中さんという弁護士の方もご存知ですか?」

「田中……あ~『たーさん』ね。もちろん知っているわよ。また随分懐かしい人達のことを聞いてくるのね」

「ご存知なんですね。では、田中さんとうららさんのご関係は?」

「うららちゃんとたーさんの関係? そんなの只の客とホステスでしょ。まあ、たーさんはご執心だったみたいだけどね。うららちゃん、綺麗で若かったからライバルも多かったんだよね」

 女性からの話で、ここで田中と被害女性が繋がる。だが、肝心の犯人が見えてこない。

「でも、うららちゃんはその中でも学生さんと結構、いい仲になっていたと思うわよ。やっぱり、歳が近い方がいいのかもね」

「学生ですか。失礼ですが、学生の身分では仲良くなれるほど頻繁に通えるとは思えないんですが」

 山本ですら、こういう店は月に一回あるかないかだ。とても学生が常連になれるほど通えるとも思えない。

「普通はそうよね。だから私も気になったことがあってママに聞いてみたの。ママとも知り合いだったみたいだしね。そしたらね、ママが言うのよ。『あんたが気にしなくても大丈夫だから』って。よほど、親が金持ちだったんじゃないの」

「そうですか。では、その彼の名前とか素性はご存知でしょうか?」

「知らないわ。私は席に着くこともなかったし、うららちゃんもその辺は言ってくれなかったしね」

「では、顔はどうですか?」

「顔ね~どうかな~見れば思い出すかもしれないけど、十年も前だし、遠くから見ただけだしね」

「その辺のことは警察にお話になられたんですか?」

「警察? いいえ。何も聞かれてないし、言ってないわ」

「「え?」」

 山本達は自分の耳を疑うしかなかった。いくら、情報を改竄している気配があったとしても、情報としては聞き取りを済ませているものだと思っていたからだ。

「だって、確かあの日はお店が終わると同時にママがパスポートと一週間分の着替えを持って、成田に集合っていきなり言うのよ。信じられる? で、理由を聞いたら、お店を改装するから一週間お休みにするんだって」

「それは、お店の人全員ですか?」

「全員じゃなかったわ。パスポートを持ってない人には、沖縄で七泊八日の一週間よ。今考えたら、豪勢よね。でね、戻って来たらお店の名前が『ジュリア』から『ジャスミン』に変わっていたのよ。でも、内装はどこを改装したのか間違い探しみたいな感じだったわ」

「「……」」

 山本が『そこまでするか』と感心してしまうが、裏を返せば『聞く必要がなかった』とも取れる。多分、そういうことなのだろう。

「では、そのうららさんが十七歳だったことはご存知ですか?」

「あ~やっぱりね。化粧でケバい感じは出していたけど、どことなく幼かったもんね」

「分かっていたけど、黙認していたんですか?」

「黙認って、ただ確かめなかっただけでしょ。そういうことは私に言わないで、雇ったママに言ってよ」

「それもそうですね。では、そのママさんの名前と住所を教えていただけますか?」

「いいけど、もう会えないわよ」

 女性がママの住所と名前が書かれている書類を山本に渡すと同時にそう言われ、山本は不思議に思うが、渡された書類を見て納得した。

「どうしました? なんで、会えないって言われて納得してるんですか」

 坂本がそう言うので、山本が渡された書類を坂本へ渡す。

「これ……『死亡届』じゃないですか!」

 坂本が渡された紙には『死亡届』と書かれていた。そして、その死因には『交通事故死』と書かれていた。

「ね、会えないでしょ」

「はい。どうしようもないですね。これ、コピーを頂いてもいいですか?」

「持って行っていいわよ。それ、コピーだから。まだ、手続きを色々しなきゃいけないから、コピーしたのを何枚か置いているのよ」

 山本が女性に礼を言って、死亡届を折り胸元へしまう。

 最後にもう一度、女性に礼を言うと今度遊びに来ますねと社交辞令を言ってから店を出る。


「やっと、繋がったと思ったら、また分からなくなりましたね」

「そうでもないですよ」

 ぼやく坂本に山本が慰めとも言えない言葉を掛ける。

「どういうことです?」

「まあ、その辺は車に乗ってからにしましょう」

「はい」


 コインパーキングに戻ると、清算を済ませてから車に乗り込む。

 山本がシートベルトを締め、坂本がシートベルトを締めるのを確認してから、車を出す。

 歌舞伎町を抜け、通りに出てから坂本が話してもらえるんですよねと聞いてくる。

「さっき、警察が聞きに来ることはなかったと言いましたよね」

「ええ、言ってましたね。一週間ほど旅行に行っていたとも。それが?」

「不思議に思いませんでした?」

「思いましたよ。もう、もったいぶらずに教えてくださいよ」

「ふふふ、降参ですか。いいですか、警察は聞けなかったんじゃなくんです。でも、お店をそのままにしておけば、うららさん目当ての客があれやこれやといろんなことを詮索するでしょうね。そして、その中にはご執心だった田中や話に出ていた学生も興味の対象となるでしょう」

「だから、店自体を休みにして、ホステスや店員も接触されないように旅行へ行かせた……と、そういう訳ですか」

「ええ、そう考えるのが妥当でしょうね」

「じゃあ、聞かなかったってことはですよ……」

「そう、そこなんですよ。わざわざ他の人に聞かなくてもいいほどに当事者が側にいたんでしょうね」

「待ってください! じゃあ、それって上層部の身内ってことじゃ……」

「やっぱり、どう考えてもそこに行き着きますよね」

 山本は被害者の女性、田中弁護士、ヤメ検の宮下弁護士、監察医の藤森、そしておそらく実行犯と考えられる学生と因縁とも言える関係性は分かってきたが、被疑者とされた小林との関係性だけが見えてこないことに苛立ちを覚える。


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