告発

@momo_gabu

第一章 疑問

第1話 序章

「俺は無実なんだ……」

 そう呟いた男は首に上衣で作った紐を留置所のドアノブに引っ掛けると、作った輪っかの中に首を通した後、脱力する。

「ぐっ……」

 覚悟の自殺とは言え、苦しさからか、しばらく男は腕や足をバタつかせていたが、やがてぐったりとなる。


 それから数時間後、部屋の前に看守が立ち、中の男に声を掛ける。

「五六七六番起床時間だ。五六七六番、聞こえないのか!」

 看守が異常に感じ、応援を要請する。


 留置所の独房でドア前にもたれていたために開けるのに手間取ったが、看守が数人がかりでやっとこじ開けることが出来た。


「やっと、開いたか……」

「看守長!」

「ああ、分かってる。ったくよぉ面倒起こすなよな。俺の評価がさがるじゃねえかよ」

 若い看守が自殺した男を見て呟く。

「確か、ずっと『俺は無実だ!』って、訴え続けていましたよね;」

「ああ、そうだ」


 そして、この男が獄中で自死したことは地方版の新聞の片隅にも掲載される。


 ~ある地方の家~

「自殺した……ごめんなさい」

 新聞を読んでいた女性が片隅に掲載された記事に目を通した後にそう呟き、その場で涙する。


 ~ある場所~

 同じ様に新聞記事を読んだ男が「死んだか」と、そう短く呟く。


 ~派出所~

「死んだ……」

「ん? 誰か知り合いか?」

「あ、班長。おはよございます」

「ああ、おはよう。で、難しい顔してどうした?」

「あの、この記事なんですけど……」

 そう言って、若い警察官は新聞の片隅に掲載されたある男の自殺記事を指す。

「それが、どうした。そう珍しいことでもあるまい」

「ですが、これ。俺が現着した時の被疑者だったんですよね。ですが、帳場が立つこともなく、流れ作業の様に事件が収束したんで不思議だったんですよ」

「そうか? だが確か、その事件は現場に被疑者が凶器を握ったままでいたんだろ? なら、現状証拠もバッチリだし、何も不思議じゃないだろ?」

「そうなんですが……」

「いいから、忘れろ。ほら、それよりも仕事だ、仕事!」

「はぁ」


 ~十年後~

「おはようございます」

「おはようじゃないよ、お前は。なんで電話に出ないんだ?」

「電話ですか? あ、電池切れだ……」

 若い刑事が懐中から携帯電話を取りだし液晶画面を確認すると真っ黒だった。

「で、何かあったんですか?」

「ああ、あったよ」

 挨拶の後に言われたのは、こういうことだ。


 早朝に転落死と思われる男の死体が通りかかった新聞配達のアルバイトが発見したと通報が入り、今までその現場にいたらしい。

 そして、呑気に登場したこの男、『山本真彦 やまもとまさひこ』にも呼び出しを掛けるが、電話に出ることもなく今頃になって出て来たということだ。


「え~と、それじゃ俺は何をすれば……」

「もう終わったよ。現場にも不審な点はなかったし、自殺した弁護士も借金で悩んでいたみたいだしな。酒を飲んでの突発的な飛び降りだろうってのが、上の見解だ」

「弁護士ですか……名前は?」

「もう、終わったって言ったろ」

「いいじゃないですか。せめて名前だけでもお願いしますよ」

「ふん、まあいいか。害者の名前は『田中五郎たなかごろう』だ。ほら、これでいいか?」

「田中五郎……どっかで聞いた気が……どこだったかな」

「なんだ知り合いか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが、何かこう……どこか引っかかって」

「そうか? 田中五郎なんてよくありそうな名前だけどな」

 先輩刑事にそう言われるが、山本は何故かその名前が気になっていた。


「田中……田中五郎……あ! そうだ、あの『新宿OL殺人事件』で被疑者を担当した弁護士だ!」

 山本は、自分の記憶を裏付ける為に資料室へと向かう。


「山本は来たのか!」

 係長が投身自殺の報告を終え、部屋に戻ると現場に来なかった山本を探す。

「あ、係長。山本なら、そこに……って、あれ? さっきまでいたんですけどね」

「あいつは……ふん! どうせ、また例の場所だろ。まあ、いい。来たら教えてくれ」

「はい」


 ~資料室~

「やっぱりだ! 被疑者『小林俊彦こばやしとしひこ』の国選弁護人だった田中五郎だ」

 資料を読みながら、山本は考え込む。新人の警官として派出所に勤務していた時に初めての現場と張り切って乗り込んだはいいが、既に数人の刑事と鑑識が引き上げる作業を始めていた。

「やっぱり、ドラマとは違うな」

 当時はそう思ったが、あれから三年経ち、刑事として警視庁の捜査一課に引き上げられてから何度か現場に立ち会ったが、その度にあの時の現場の様子の異様さが際立ってくる。


 山本自身も初めての被疑者ということで興味を持ち、公判も何度か見学したことがあるが、無実を懸命に訴える被疑者と違い、対照的にどこか投げやりな弁護士に山本自身も嫌気が差したのを覚えている。


「え~と、この時の田中の所属先は『坂本法律事務所』か。で、今は……は? 個人事務所だぁ」

 山本は手持ちの携帯で『田中五郎 弁護士』で検索すると『田中法律相談所』と出て来た。

「やっぱり、弁護士って儲かるのかな。で、設立は……五年前か。ちょうど、被疑者が獄中死したころだな」

「山本!」

 資料室のドアが乱暴に開かれると同時に山本の名が叫ばれる。

「係長が呼んでいるぞ!」

「は~い。素直に怒られるか……」

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