第2話 不審
弁護士の自殺を独自に捜査していた山本の下に部下と呼んでいいのか新人が配属される。
「係長、これは?」
「ああ、お前と組んでくれる新人さんだ。キャリアだから階級は『警部』だ。お前も今度受かれば『警部』だな」
係長が隣の新人と呼ばれた若い男に挨拶させる。
「さ、
「山本です。よろしくおねがいします」
「け、敬語なんてやめて下さい。私の方が年下なんですから!」
「それは出来ません。階級は私が下なのですから」
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
坂本が嘆息しあきらめたように山本を見る。
『年下の上司か……まあ、正確には上司ではないけど……いつかはこういう日が来るとは思っていたけど、結構来るな』
物思いにふけっていた山本に坂本が話しかける。
「……さん、山本さん!」
「あ、ああ。坂本警部。何か?」
「あの私は何をすればいいんですか?」
「あ、坂本警部。私には敬語は不要ですので」
「すみません。やはり階級が上とは言っても年上の方には……」
「そうですか。まあ、おいおいでいいんで」
「分かりました。それで何を?」
山本が読んでいた資料を坂本に渡す。
「これは?」
「今は帳場が立ってなく暇なので、私は気になった事件を資料室から取り出し調べています。で、今調べているのがこれです」
「そうなんですね。で、この資料は確か弁護士の田中の投身自殺ってことで片付いた事件ですよね」
「ええ。そうです」
渡した資料に坂本が目を通す。
「それで、これの何が気に掛かっているんですか?」
坂本の質問に山本が答える。
「いえ。何がっていうか。強いて言うなら雰囲気でしょうか」
「雰囲気?」
「ええ、そうです」
坂本が資料を手に山本に問い掛ける。
「雰囲気が気になったんですか?」
「ええ。通報から数時間で自殺と判断されたのが気になるんです。早過ぎると思いませんか?」
「そんなもんじゃないんですか?」
「いえ、通常なら害者の身上調査くらいはするので二、三日は要するでしょう」
坂本が納得したように頷くと、資料を手に取り「何から始めますか」と聞いてくる。
「私をおかしいと思わないんですか?」
「どうしてです? おかしいのを捜査するのは当然でしょ」
山本は不意におかしくなり「ふっ」と笑い出す。
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです。でも、いいんですか? こんな私に付き合っても」
「だって、相棒なんでしょ?」
そう言って坂本は山本に笑いかける。
「じゃ、何から始めましょうか。捜査のイロハってのを教えてもらえますか、山本先輩!」
山本は苦笑し坂本に告げる。
「分かりました。では、行きましょうか」
「行くって?」
「現場でもある田中の自宅です」
~都内某所~
「ここですか。2日前とは思えないくらいに綺麗に片付けられてますね」
「そうですね。正直ここで飛び降りがあったとは思えないくらいです」
「あ、管理人がいますね」
坂本がマンションの管理人らしき男に声を掛ける。
「なんですか? あなた方は」
坂本が手帳を見せると「まだ何かあるんですか」と管理人が二人を訝しげに見る。
「田中さんの部屋ならもうありませんよ」
「「ない?」」
「ええ、昨日でしたか。大きなトラックを横付けしてね。青い作業着を着た数人の男性でキレイに片付けていきましたよ」
「その作業着やトラックには何か会社名とか、書かれていませんでしたか?」
山本が管理人に聞いて返ってきたのは「分からない」だった。
「ロゴとかそういうのは作業着にもトラックにもなかったからね」
「そうですか。では、せめて部屋の中だけでも見せてもらうことは出来ませんか」
「すみませんが、令状か何かお持ちですか?」
「いえ、持ってはいませんが……」
「でしたら、お断りさせていただきます」
「え? でも、誰も住んでいないんですよね?」
「ええ、まだ入居されている方はいませんが、所有者の方から誰も入れるなと固く申しつけられておりまして。すみません」
管理人にそう言われ、丁寧に断られる。
「失礼ですが、こちらのマンションは全て分譲ですよね。であれば、持ち主である田中さんが亡くなった後の、所有者は親族の方でしょうか?」
「いいえ。あそこは田中さんが住み始める前から企業が所有しています」
「え? 田中さんじゃなく企業所有ですか。では、その企業名を教えていただくことは可能でしょうか」
「すみません。何せ所有者の方から情報の流出は極力控える様にと言われているので……これ以上はお察しください」
これ以上のことを話したと分かれば、なんらかの処罰が下るのであろうと山本は考える。そして、これ以上のことは管理人から聞くのは難しいだろうと。
「では、監視カメラの映像を見せていただくことは出来ますか」
「えっと、それは全部警察の方に提出済みですよ」
「提出済みですか」
「はい。前日と当日分だけですが、持って行かれましたよ」
山本は不思議に思う。坂本の資料を読んだが、その中には『監視カメラの映像データ』らしき物を押収したとは書かれていなかったことを思い出す。
「どうしました?」
「あ、後でお話します。ここではちょっと……」
「分かりました」
山本は一瞬考えた後で管理人に質問する。
「田中さんは車は?」
「ええ、乗ってましたよ。一年もしない内に次から次へと乗り換えてましてね。羨ましいと思ってたので、よく覚えていますよ」
「では、その車はここに?」
「いえ。それも青い作業着の男達が持って行きましたよ」
「そうですか。では、その駐車場の監視カメラの映像は残ってますか?」
山本の質問に管理人が少しだけ考え、山本に答える。
「当日分は回収されましたが、その前のなら残っている筈です」
「では、その田中さんが乗っていた車が映っている監視カメラの映像をお願いします」
「はあ、分かりました」
管理人室へと案内されると、「確かこれですよ」と事件前夜の駐車場の監視カメラの映像が入ったDVDを数枚渡される。
「あ、田中さんの駐車場は、五番です」
「ありがとうございます」
管理人に礼を言い、マンションを後にする。
田中の職場が自宅から徒歩圏内ということで、このまま田中の事務所へと向かっていると、山本が呟く。
「企業が所有するマンションに住んでいた……か」
「もしかしたら、車もその企業が所有していたってことも考えられますよね」
「そうですね。でも、単なる自殺で片付けられ、部屋も車もキレイに片付けられた。ふぅ考えれば考えるほど、調べれば調べるほど、奇妙な点が増えるばかりです。それに監視カメラの映像を押収したとは、資料のどこにも書かれていませんでした」
「ああ、それでさっき不思議そうにしていたんですね」
その言葉を最後になんとなくどちらからも話すことなく歩き、やがて田中の事務所の前に辿り着く。
「ここが田中の事務所ですね」
「誰かいるんですか?」
「事務員がまだ残務整理をしているはずです。では、行きましょうか」
雑居ビルの三階まで階段で上がると『田中法律相談所』と書かれた事務所のドアが目に入る。
「ここですね」
『コンコンコン』とドアをノックすると奧から『は~い』と返される。
事務所のドアを開け出て来たのは、くたびれた感じの中年女性だった。
「なんの用です。先生なら亡くなったので依頼は無理ですよ」
山本は胸ポケットから手帳を取り出し、中年女性の目の前で確認させる。
「警察の方ですか。先生が亡くなってから初めてですね」
「初めて?」
「ええ、ここまで来た警察の方はあなた方が初めてですよ」
山本と坂本は互いに顔を見合わせると「妙ですね」と坂本が言う。
「ええ、確かに」
その女性はこの事務所で雇われている佐藤と名乗り、二人を事務所の中へと招き入れる。
「で、なんですか? 出来れば手短にお願いしたいんですけど」
佐藤は二人を事務所の中に置かれているソファへと案内する。
「それで、早速なんですが私達がここに来たのが初めてと仰いましたよね」
「ええ、言いました。確かあの時は五時前に警察から電話があって……」
「それで色々と質問されたんですね」
「ええ、そうですよ。借金があったのかとかね」
佐藤は顎に手を当てて、その時のことを思い出しながら話す。
「先生は確かに借金はありましたよ。確かめた訳じゃありませんが、私にはそう言ってましたね。まあ、私は詳しい額は知りませんがね。それに先生は借金を気にしている様子はありませんでしたし。だから、対した額じゃなかったんじゃないですか。それにここを開設してから、ずっと派手な生活をしていたみたいですしね。ホント、その分を私の給料に充ててくれてもいいのにって思ってましたよ」
それを聞いた山本は佐藤が話している内容に対し疑問を抱く。
「えっと、ちょっと待ってください。じゃあ、借金はあったけど死ぬほど悩んでいたようには思えないんですけど?」
「私もそう思っていたのよ。だって、あの先生よ。あの先生が借金苦で悩んで自殺なんてありえないってね」
「なのに……自殺で片付けた」
「妙ですね」
「警部もそう思いますか」
佐藤は二人に構わずに話を続ける。
「先生の仕事もね、考えてみれば妙なのよ。依頼者が来ることもなく、どこかの会社の企業顧問の契約を交わしている訳でもない。なのに、どこかからか仕事を持ってきては適当に……あ、コレは私が先生を見た印象ね。私は弁護士の仕事なんて分からないし。あ、話の途中だったわね。そんな風にちょこっと仕事っぽいことをして、多少のお金を受け取っていたみたいね」
「それじゃ、あなたの仕事というのは?」
「私はここで電話番と先生へのお茶出しと簡単な掃除くらいよ。あ~あ、結構気に入っていたのにな。ココ」
山本は佐藤が話してくれた内容を手帳に書き込むと、佐藤にお願いする。
「すみません。机の中とか見させて貰ってもいいでしょうか」
「いいわよ。でも一応、守秘義務とかあるんでしょ? 私には分からないけどね」
「はい、その辺は承知しています。佐藤さんにご迷惑を掛けることはありませんから」
「それなら、いいわよ」
佐藤に了解を取り、机の中を改める。
山本はいくつかの引き出しを調べたが、資料らしい資料も見つからない。これでよく事務員の給料や事務所の家賃など捻出出来る物だと。それに借金するにしても、それを担保するものもあるようには思えない。そうなると誰が貸しているんだと、新たな疑念がわき上がる。
「いったい誰に借りているんだ? それに借金の額はどこにも記載がなかった筈だ」
「どうしました、山本さん」
「え~と、後で話します。ところで、そちらは何かありましたか?」
「そうですね。名刺がいくつかあったので、全て写真に収めました」
坂本がそう言って、山本にスマホを見せる。
「私の方は何も見付けられませんでした。逆にそれが不思議なんですがね」
「つまり、仕事の資料らしき物が何もないと言うことですか?」
「ええ、まったく」
二人は向き合ったまま、腕を組み悩むが、ここでこうしていても仕方がないと佐藤に礼を言い事務所を後にする。
「山本さん。『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます