第5話 原点

「さて、坂本さん。どうしましょうか」

「どうしましょうかとは?」

 山本は車を走らせながら、そんなことを坂本に言うが、坂本自身は何を言っているのかと不思議な気持ちになりながらも山本に聞き返す。

「いえね、どうも藤森さんはある人に対し、最後に搾り取ろうとして仕掛けたようにも思えます。あの怯え方から見ると彼も僅かながら後悔している様に思えました。それに藤森さんを始末したいのは、あの人物よりも、その上の人物なのでしょうね」

「上ですか。と、なると、あの父親ってことになりますよね」

「そうです。まだ、父親の影響力は残っていますからね。そこが厄介です」

「でも、なんで息子ではなく父親の方が厄介なんですか?」

「考えて下さい。人は皆、自分が可愛いものです。息子は可愛くないかと言われれば可愛いと言うのが常人だと思いますが、中には息子はまた作ればいいという人もいますからね」

「また、作ればいい……ですか」

「ええ。なので、どうせならと息子自体を切ってしまうのが一番、手っ取り早いですよね」

「ああ、確かに……」

 山本は坂本に話しながら、自分の考えを纏める。被疑者としての動機は掴んだ。その証拠も証人も確保出来た。だけど、そんなのは知らない身に覚えはないと言われてしまえば、それで終わってしまう細い糸だ。

「もう少し肉付けが必要ですね」

「確かに……」

 山本は坂本に話しながら、「困ったら原点に戻れ」かと呟く。すると坂本がそれを拾い急に大声を出す。

「山本さん、それですよ、ソレ!」

「それ?」

「だから、原点とも言えるのは十年前の事件ですよね。でも、それは無理。だけど、田中の事件ならまだ調査可能です。そして、私達で原点とも言えば……」

「法務局……」

「そうです。そこから、色んなことが芋づる式に判明しました」

「でも、今更行ったって」

「山本さん。私思ったんです。田中は本当にあの部屋から飛んだのだろうかと」

「それはどういう意味ですか?」

 山本の問いに対し、坂本は少し得意気に答える。

「まず、監視カメラ等に不審な人物は写っておらず、また住人以外の行き来もない。ここまでは分かっていると思います」

「確かに」

「だから、そこが盲点なんですよ。なぜ、住人をリストから除外したのか。こういう時は例外なく対象とするものでしょ」

「すみません。坂本警部は何を仰りたいんでしょうか?」

「あ~だからですね。十年前の現場となったマンションはツキメ商事が複数の部屋を所有していました。ならば、田中のマンションも複数所有していてもおかしくはないですよね。それが田中の上の階でも」

「あ!」

 山本は坂本が言いたいことをなんとなく理解して、車の行き先を法務局へと向きを変える。


「言われてみれば確かにですが、本当に田中の部屋の二つ上を所有してましたね」

 山本は法務局で受け取った田中の部屋の上階の所有者を確認すると坂本に対し感心したような顔をする。

「止めて下さい。たまたまですから」

「いや、それでも大したもんですよ。では、次に私からの提案を聞いてもらえますか」

 法務局を出た後に車まで向かう途中で、山本から坂本に提案する。

「その提案っていうのは?」

「実はですね……」

 車に乗り込みながら山本が坂本に説明したのは、荒唐無稽とも言われるものだが、話を聞くと納得出来る部分もあり、坂本なりに有り得る話だと納得してしまう。


 田中がかつて住んでいたマンションに着くと、田中のいた部屋ではなく『ツキメ商事株式会社』所有となっていた田中の上の階の部屋ではなく、その隣の部屋の住人に理由を説明してベランダへと出る。

「あ~これなら確実に死ねますね」

「ですね。で、向かいにはおあつらえ向きにこちらに窓が面している。なら、これは期待出来そうですね」

 坂本の言葉に山本が肯定し、その対面のマンションを注視すると何かが光ったように見えた。

「坂本警部、気付きました?」

「ええ。光りましたね」

「ええ、光りました」

「では、私は向こうに行って来ますので、坂本警部は事件当日のことを出来るだけ聴き取りをお願いします」

「分かりました。では、何かありましたら連絡して下さいね」

「ええ、分かりました」

 山本は部屋を出ると、向かいのマンションの部屋へと急ぐ。


「確かこの辺りのはず……」

 山本は玄関ドアの部屋番号を確認すると、呼び鈴を鳴らす。

 何度か鳴らした後に面倒臭そうに無精髭の男が玄関を少しだけ開けると山本と応対する。

「なんのご用ですか?」

「警察です」

 山本が警察手帳を見せると、玄関の向こうの男は焦って玄関を閉じようとする。

 しかし、いくら思いっ切り玄関扉を引っ張るが閉め切ることが出来ない。おかしいと思い扉の下を見ると山本の靴先が挟まっていたのが見えた。

「少し、お話を聞かせて頂いてもいいですか?」

「帰れ! 帰って下さい!」

「いいんですか? 今、ここで帰ってもいいんですけど、こんどは家宅捜索令状を持って来ますよ。本当にいいんですか? 今なら、少し話を聞くだけで終わらせますけど?」

 山本の少し脅しともとれる発言に男の玄関扉を引っ張る力が弱まった隙に山本が体を玄関内に滑り込ませる。

「あ~やっと入れた。じゃあ、話を聞かせてもらおうか」

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