第6話 盗撮
山本は玄関を閉じようとする力が弱まったのを確認すると、その身を玄関の内側へと滑らせる。
「じゃあ、上がらせてもらいますよ」
「……」
部屋の住人は三十代後半と思われる少し肥満気味の男性で、背は山本より頭一つ分低かった。
山本は当たりを付けていたベランダの方にある部屋へと向かう。その後ろで住人の男が何度か山本を止めようと手を伸ばしては引っ込めるということを繰り返していた。
「ここか……」
目的の部屋に入ると山本の予想通りに望遠鏡が窓際に備え付けてあり、その角度はどう見ても夜空ではなく、向かいのマンションの屋上よりも低い位置を見る角度だった。
「ねえ、君はいつもここから向かいを覗いているんだよね?」
「……」
「答えないのかな? 答えないのなら、
「……いつもじゃない」
山本の脅迫とも取れる物言いに部屋の住人は静かに口を開く。
「申し訳ないが、名前を教えてもらえないだろうか。いつまでも名無しのままじゃ話しづらいんでね」
「……岸です」
「そう、岸さんね。私は山本と言います。で、いつもじゃないということだけどさ。なら、少し前に向かいのマンションで飛び降り自殺があったんだけど、それは覚えているかな」
「……はい」
「なら、その時は見ていたの?」
「……」
岸は無言だが、どうも体が震えているようにも見える。山本はその様子から確信する。そして、静かに岸に対し確認する。
「見たんだね?」
「……」
岸は山本の問いに対し、無言で静かに頷く。そして、ツケの引き出しから一枚のメモリーカードを取り出すと山本に差し出す。
「これ……これに映っているハズです」
「そう。他には?」
「え?」
「だから、他にもあるんだろ。言っとくけど、これは犯罪だからな。このカード以外にもあるんなら、預けてもらうよ」
「そんな……話が違う!」
「あのね、今回の捜査協力で今までのことには目を瞑るけど、データがあるんなら没収するに決まっているだろ。いいから、出す!」
「チッ……これだから、警察ってやつは……」
「何? 苦情なら受け付けるよ。但し、その時には事細かに微細に渡って説明してもらうことになるけど、それでもいいのならな」
「くそっ分かったよ! ほら、これで全部だよ」
岸はそう言うと机から引き出しを抜いて、山本の前に出す。
「最初っから素直にそうすればいいのに。でも、本当にこれで全部なんだろうな。もし、どこかに流出でもしたら俺も責任を取らされるからさ。それに君の場合は身の危険もあるからな」
「ちょ、ちょっと待てよ。それはどういうことだよ!」
「分かっているんだろ? 分かっているから、君はこのカードの中身を公表することはしなかったんだろ。なら、そのまま墓場まで持って行くしかないってこと。いいかい? もし、君がここで一部始終を見ていたと知ったら、冗談ではなく危険だからな。分かったな」
「あ、ああ。分かった……」
山本は岸に口外しないことを言い含めると引き出しの中のメモリーカードを集めるとポケットの中へしまい込む。
「じゃあ、これで失礼するが、二度目はないからな」
「あ、ああ。分かったよ」
山本は岸の部屋を後にすると、坂本に連絡し車の前で落ち合う。
「それで収穫はありましたか?」
「ええ。多分、飛びっ切りのがね」
山本は車に乗り込むと岸の部屋で見たことを聞いたことを坂本に話す。
「そうですか。なら、そのメモリーカードの中身を早く確認したいですね」
「私もです」
山本はそれだけ言うと、車のエンジンを掛け駐車場から車を出す。
しばらく無言で走っていると坂本がスマホの画面を確認し、神妙な顔付きになる。
それを横目で確認した山本は気になり、坂本に確認する。
「坂本警部。何かありましたか?」
「あ……それがですね。捜査一課主任から連絡がありまして……って、運転中でしたね。じゃあ、とりあえず内容だけ伝えますね」
坂本から伝えられたのは、あの男が山本達の動きを気にしているということだった。
「ふむ、意外と早かったというべきなんでしょうかね」
山本はハンドルを握ったまま、正面を見据えた状態で坂本に話しかける。
「坂本さん、スマホの電源を切って下さい。多分、GPSで追跡されます。私のもお願いします」
山本はハンドルを片手で握ったままで、上着の内ポケットからスマホを取り出すと坂本に預ける。
「電源は切りましたけど、この車も追跡されますよね」
「そうですね。では、少し寄り道しましょう」
山本は近場の公園の側に車を停めるとダッシュボードからガラケーを二つ取り出し、坂本に一つを渡す。そして、もう片方は自分の上着の内ポケットにしまう。
「じゃあ、車はここに無断駐車していきます。後は電車……じゃすぐに追いつかれますね。まあ、それほど遠くもないから歩きで行きましょう」
「行くのはいいんですが、どこに行くつもりなんですか?」
「まあ、心配しないで下さい。単なる知り合いのところですから」
「また、知り合いですか……」
「そう、知り合いです」
坂本は不承不承ながらも山本の後を着いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます