第4話 質問

「やはり、車の所有者も同じでしたね」

 マンション駐車場の監視カメラから田中が乗っていた車のナンバーから陸運局で所有者を調べてみると、想像通り『ツキメ商事株式会社』となっていた。

「おかしいですね」

「どうしました?」


 坂本が疑問に思い、口に出たのを山本の耳が拾う。

「いえ、私この前、車を買ったんですよ」

「ほう、いいいですね」

「駐車場探しが大変でですね。って、それはいいんですよ。それで、何が言いたいかっって言うとですよ、車を購入するのには印鑑証明が必要ですよね。なら、その印鑑証明の登録には虚偽の届出は許されない。ってことはですよ……」

「坂本警部。個人の場合はそうですが、社用車の場合には印鑑証明は不要なんです」

「え? そうなんですか」

「はい」

「あ~ダメか。いい案だと思ったのになぁ」

「まあ、そう腐らずに、もう一つの方に向かいましょうか」

「もう一つ? ああ、ヤメ検ですね」

「ええ、そうです」

「分かりました!」


 千代田区某所のビルを見上げる。

「ここですね。五階と六階が事務所になっています」

「分かりました。えっと、受付は五階みたいですね」

 エレベーターに乗り込み五階で下りると、正面に受付カウンターがあり、女性が二人座っていた。

「すみません。私、警視庁の山本と言います。宮下様に会いたいのですが、ご在席でしょうか?」

「所長の宮下のことでしょうか?」

「ええ、宮下輝彦さんです」

「少々、お待ち下さい」

 受付の女性が受話器を取り、どこかへ連絡すると二言、三言交わし、山本に面会者リストへの記入を求める。

「宮下がお会いになるとのことなので、記入をお願いします。お連れの方もお願いします」

「分かりました」

 先に山本が記入するとボールペンを坂本に渡す。受付嬢から『Visitor』と書かれた首から提げるタイプのプレートを渡されたので首から掛ける。

「では、ご案内しますので、こちらへ」

 受付嬢に案内され、事務所の中へと入る。

 応接室に会議室と並ぶ廊下を抜け、『所長室』と書かれた部屋の扉を受付嬢が『コンコンコン』とノックすると『入りなさい』と部屋の中から声が返される。

 受付嬢が『失礼します』と言いながら部屋のドアを開ける。

 所長室に山本、坂本の二人が通されると奥の机に座っていた細身でキレイに七三に分けた頭髪の中年男性が立ち上がり、山本達にソファに座るように勧める。

「ご苦労様。あ、後こちらの方にコーヒーをお願いします。私の分は不要です」

「分かりました。失礼します」

 受付嬢が部屋から出るのを確かめると宮下が話し出す。

「私がここの所長の宮下です」

 そう言って、宮下が二人の前に名刺を差し出す。

「それで警視庁の刑事さんが私に聞きたいことが、あるとお聞きしましたが?」

「あ! これは失礼しました」

 山本が名刺入れから名刺を一枚抜き取り、宮下に渡すと坂本もそれを見て慌てて名刺を取り出すと同じ様に宮下に渡す。

 宮下が二人の名刺を確認するとソファの背もたれに体を預ける。

「それで、ご用件は?」

「あ、はい。数日前に投身自殺した弁護士の田中五郎さんをご存じですか?」

「田中……ですか」

「ええ、田中五郎です」

「ちょっと、待って下さいね。今、思い出しますので……」


『コンコンコン』と部屋の扉がノックされ宮下が返答するとコーヒーを持った女性が入って来て、山本達の前にコーヒーを置いて退室する。


 山本が置かれたコーヒーに手を伸ばし一口啜ると『さすがに知らないとは言わないか』と呟く。

 腕を組み必死に思い出そうとしている宮下を見ながら山本が小声でそう呟くと、宮下が顔を上げ、思い出したと話し出す。

「思い出しました。田中君なら、何度か会ったことはありますね。確か、最後に会ったのは何年前だったかな。すみませんが、そこまでは思い出せませんね」

「そうですか。失礼ですが、こちらの事務所はずっと、この場所ですか」

「いえ、半年ほど前に移転してこちらに構えましたが。それが何か?」

 山本が坂本にスマホで写した宮下の名刺を出すようにお願いし、それを宮下に確認させる。

「見て下さい。これが田中弁護士が持っていた、宮下さんの名刺です。ここに住所が書かれてますよね」

「ええ、間違いなく。それが?」

「よく見て下さい。ほら、住所。ここの住所ですよね」

「……」

「数年会っていない田中さんが半年前にここに移転したという、ここの住所の名刺を持っているのはどうしてでしょうか」

「ああ、なるほど」

 山本が宮下を責めているのを横で見ていた坂本が感心する。

「……」

「どうしました? もしかして、記憶違いとかされていませんか?」

「あ! そうでした。移転した際にいろんな人に挨拶に回っていたりしていたんで、その時に渡したんでしょう。いやぁ、歳を取ると忘れやすくなるもんですね。ははは」

「そうですか。では、面識はあったということなんですね」

「面識と言っても年に一回会うかどうかですよ」

「その割には思い出すまで時間が掛かっていたようですし、数年会ってないとも言ってましたよね。そもそもお知り合いになった切っ掛けとか教えてもらえないでしょうかね」

「な、なんでそんなことまで?」

「いえね、あんな小さい事務所の弁護士が、これほど大きい事務所の所長さんと、どうやってお知り合いになったのか気になりましてね。しかも移転の挨拶に出向くほどなんて。どうしてでしょうね」

「ぐっ……」

 山本の疑問に対し宮下は腕を組んだまま、ソファの上でふんぞり返る。

『これ以上は今日は無理そうだな』

『ええ、何も話さないでしょうね』

 山本がソファから立ち上がり、宮下に言う。

「では、今日はこの辺で失礼します。あと、お忘れのようなので私からヒントです」

「な、なんですか!」

「あなたと田中さんは十年前の事件の公判で会っているんですよ。思い出しましたか? では何か思い出しましたら、この名刺の番号までご連絡をお願いします。では、失礼します」

 坂本を促し、所長室から出る。すると、扉を閉めたタイミングで部屋の中から、『ダン!』と激しくテーブルを打ち付けたような音がした。

「やっぱり、何か隠してますね」

「ええ、警部もそう思いますか」

「あれだけ分かり易ければ、捜査する方も楽なんですけどね」

「ははは。そうですね。それにあれだけ分かり易いなら、何か動きがありそうですね」

「動きですか……」

「そうです。例えば『ツキメ商事』に連絡を取ったりとか……辺りでしょうか」

「なるほど!」

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