第6話 動機
「田中が被害者女性と面識があったことは分かりました。田中はそれが理由で国選弁護士となった被疑者の小林を憎み、適当な対応で禄な弁護もせずに公判を進めたんでしょうか?」
「まあ、それも考えられますが、それだけではあの『ツキメ商事株式会社』からの援助を受けられるとは思えません。援助を受けるには田中なりになんらかの情報を掴んでツキメに脅迫めいたことをしていたと考える方が素直です」
「山本さんは何か核心めいたことがあるんですか?」
「そうですね、妄想に近い推論ですが、私なりに腑に落ちる内容だと思えますよ」
「話してもらえませんか?」
田中がツキメ商事株式会社から援助されるには、それなりの理由が必要だが坂本が考えている内容では不十分だとなり、山本がそれなりの推論があると言ったことで、坂本が興味を示す。
「まあ、構いませんが聞いたからと言って、それに沿って捜査するのは危険ですよ」
「それくらい分かります。ですから、聞かせてもらえますか」
ハンドルを握ったままの状態で、山本が苦笑し「ここだけの話ですよ」と断ってから話し出す。そして、その話を聞いた坂本は「なるほど。確かに山本さんの言う通りですね。どこにも無理がない」
「ありがとうございます。ですが、まだ田中、宮下が殺された理由、それと藤森と真犯人との関係が見えません。それと、先程のお店のママは本当に事故死なんでしょうかね」
「え? そこまで疑いますか?」
「でも疑えば疑えますよね」
「……」
坂本が山本の答えに窮する。やはり、坂本もどこか感じていたのではと山本はその様子を見てそう思う。
結局、捜査本部に着くまで坂本は一言も話すことはなかった。
捜査本部の会議室に入り窓際のテーブルへと座ると、坂本が話し出す。
「これって、私達は相当危険な立場ですよね」
「ええ。そうですね、棺桶に片足どころか下半身ずっぽり入っていると思いますよ」
ふふふと笑いながら山本が言う。
「笑い事ですか!」
坂本が急に大声を出すものだから、会議室にいた連中の注目を集める。
「なんでも無いですよ~気にしないでくださいね~」
山本がへらへらしながら、周囲にそう言って、その場を納める。
「もう、ここまで来ると笑うしかないでしょ。今、捜査を止めても現時点で持っている情報だけでもかなりヤバい状態ですよ。なら、相手が手出し出来なくなるくらいの確実な証拠を持つしかないと思いますが、坂本警部はどうします?」
「……よ」
「え?」
「やりますよ! 私だって、無駄死にはしたくありませんから!」
「いいですね。では、始めますか。二人だけの捜査会議を」
「ええ、始めましょう!」
テーブルの上に集めた情報を広げて始めようと思ったが、ここじゃマズいとなり慌てて片付けてから捜査本部から出る。
「さて捜査会議の場所ですが私の部屋で構いませんか?」
「え? 山本さんの部屋ですか? そりゃ、迷惑じゃなければ……」
「では、行きましょう。っと、その前にメシ買ってからにしましょうか」
「そうですね」
コンビニに寄り、三食分くらいの食料と飲み物を購入するとタクシーに乗り込み山本の部屋へと向かう。
「散らかってますが、どうぞ」
「お邪魔します。へぇ意外と綺麗に片付けているんですね」
「まあ、気を抜くと悲惨なんで。さ、座ってください。メシにしましょう」
「はい」
テーブルに座り食事を済ませ、落ち着いたところでテーブルの上を片付けてから今まで集めた情報を広げる。
「まず、被疑者の小林は外しておきましょう。この人物についてはなんの関連も見いだせません。そして、田中、宮下、藤森、被害者、そして真犯人と思われる学生、それを保護する誰かとツキメ商事株式会社。これが事件の関係者と思われます」
「ツキメは田中、宮下、被害者と繋がっていますよね」
坂本が三つの名前が書かれた場所へ、ツキメ商事株式会社から線を引き、それぞれの関係性を書いていく。
「田中がマンションと車の援助、被害者女性もマンション。宮下との関係は公安預かりで調査中と」
「そして、被害者と学生についてはおそらく恋仲なのでしょう。そこに田中が割り込もうとしていた……」
「ですが田中が援助を受けていた理由が分からないんですよね」
「ええ、今の所は不明です。殺された理由もですが……」
すると、坂本が田中から学生へと線を引くと、そこに『目撃』『脅迫』と書き込む。
「『目撃』に『脅迫』ですか?」
「ええ、ツキメの役割が見えなかったんですが、この学生の親がツキメと関連するとなればですよ。田中が学生を脅して、その親……つまりツキメから援助を受ける。女性も学生の持ち物としてのマンションの一室を与えられて住んでいたとしたら、どうですか?」
坂本が確信を持って山本に確認する。
「なるほど。。田中とツキメの関係が不明瞭でしたが、単なる財布として考えれば辻褄も合いますね。恐らく宮下も同じ様にツキメからなんらかの援助を受けてあそこまで事務所を大きくしたのでしょうね」
「十分考えられますよね。田中は店から女性の後を付ければ住んでいる部屋は確認出来たでしょうし、それにストーカーめいたことをしていたとすれば、あの晩も事件の犯人を目撃した可能性もあると思います」
「そうなると、田中はその追加報酬を要求した結果、殺されたとも考えられますね。ですが、宮下はどうなんでしょうか。それほど生活に窮しているようでもなかったですし、殺される理由が見当つきませんね」
山本の考えに坂本も同調し、しばらく考えていたが「あっ」と坂本が声を出し何かを思いついた様に話す。
「例えばですよ。私達が訪ねた後に自分も田中と同じ運命を辿らせられるのかと不安になり連絡を取ったのではないでしょうか」
「つまり、田中の死を不審に思った宮下が自分の位と身の保証を相手に迫った結果、脅迫された側……つまり真犯人からすれば、臆病風に吹かれた宮下が誰かに何かを喋り出す前にと始末した」
「それです! それなら、辻褄が合いますよ!」
自分の考えに山本が同意してくれたことで坂本は更に鼻息を荒くするが、山本は何かが腑に落ちない様子でいる。
「どうしました? 何が合点がいかないんですか?」
「いえ、宮下の心情としては、そうだと思います。ですが、真犯人が宮下を刺殺したことに合点がいかないんですよ」
「どういうことですか?」
「田中は自殺に見せかけて殺されたのだと思います。それは田中のマンションが田中の死後すぐに整理されたことなどを考えれば、間違いはないと思います」
「なら……」
「だから、宮下が刺殺なのはおかしいと思いませんか。田中の自殺を偽装して、警察上層部を動かしてまで自殺で済ませたのに」
山本の言葉に坂本も「そういわれれば」と呟いた後、腕を組み直し考え直す。
「もしかして、呼び出したのは宮下の方かもしれませんね」
「何故でしょう?」
山本が唐突にそんなことを言うので、坂本も聞き返す。
「田中に関しては、ある程度の計画を立てて実行したと思います。ただ、宮下の場合は呼び出されたこともあって、自分のペースで事を運ぶことが出来なかった。また、宮下が言ったことで真犯人を逆上させてしまったことから、咄嗟に持っていたナイフか何かで刺してしまった。そう考えれば一応の辻褄を合わせることは出来ますよね」
「確かに」
山本の説明に坂本も納得する。
「そして、次に矛先が向くのは藤森となりますよね。でも、藤森には手を出せない何かを握られているとしたらどうでしょう」
「何か決定的な証拠を掴んでいると……そういうことですか?」
「ええ。それも真犯人と被害者女性を繋ぐ何かを持っているのでしょう」
「藤森が?」
「そうです。彼は自分の立場を利用して、証拠となる物を得たのだと思います」
「自分の立場……って、監察医ですよね」
「はい。恐らく解剖した彼女の一部を。例えば、胎児。それに胃袋に残された精液」
「でも、胎児に精液って、そんな簡単に保存は出来ないでしょ」
「忘れたのですか? 彼は医者ですよ。それに精液だって、今は『精子バンク』があるくらいですから。冷凍とかいくらでも保存する方法はあるでしょう」
「そうか。でも、それこそ警察に押収されたりとかされるんじゃないんですか?」
「押収ですか。それはどんな案件で?」
「あ……」
「そうですよ。藪を突くことになるので、例え無理矢理にでもそれは出来ないでしょうね」
山本も自分で話しながら考えを整理していたが、まだ腑に落ちないことはたくさんある。
田中を殺す必要があったのだろうかと。真犯人からすれば田中は小物だろうし、田中の目撃証言があったとしても、真犯人の容疑を確定するには不十分だなと思っていた。
「そうです! 動機です!」
山本が不意に思いつき口に出す。
「動機ですか? だから宮下の殺害目的は「違います!」……え?」
「そもそも最初の女性を殺す動機ですよ」
「確かに不明ですよね。被疑者の小林も動機どころか無実を叫ぶばかりで何も言ってないようですし」
「でも、被害者女性は妊娠していた。それが真犯人には都合が悪かった」
「それって、堕胎を迫ったけど、女性に断られてカッとなってつい……ってパターンですか? それこそ、男が『勝手に産め!』って言って終わりそうですけどね」
「それが自分の立場から許されなかったとしたら?」
「ん? どういうことですか?」
山本が話したこと内容が上手く咀嚼出来ない坂本に山本が説明を始める。
「ふぅ~お忘れですか。真犯人と思われる男の親は警察を自由自在に動かせる人物だということを」
「あ! 確かにそうでした」
「もし、そんな人物の子息が未成年者を妊娠させたとしたら、スキャンダルになると思いませんか?」
「親の立場も悪くなるってことですか」
「そう考えられますよね。その親が自分の立場を守る為ならツキメに対し援助させるくらいのこともするでしょう」
「子供だけでなく親としての自分の立場を守る為に」
「はい。それなりの立場や役職にいる人間なら、必要なんでしょうね」
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