第2話 証拠

 目的の大学に着くと車を来客用の駐車場へ車を停める。そして車から降りた二人は事務室へと向かう。

「それにしてもよくここへ来てることが分かりましたね」

「あ~それはですね。先日、お伺いした時に藤森の机の上の卓上カレンダーにある曜日に丸が書かれていたのを見付けてですね。後で、受付の人に院長の予定を確認したいとお願いして、聞き出しました。曰く彼は決まって水曜日に母校であるこの大学へ講義をしに来ると言ってたので、今日来てみました」

「へぇ~なんか意外ですね。山本さんが若い女性と話をするなんて」

「失礼ですね。ですが、今日来ているのかどうかをまずは確認しましょうか」

「はい、そうですね」

 受付の窓口で藤森が予定通り来ているかを確認すると、今は講義をしている時間だと言われたので、教室の場所を聞いてから、その場所へと移動する。


「わざわざ、ここまで来たのに単なる講義の為だとしてですよ。私達がここまで来た意味ってあるんでしょうか」

「坂本警部、まだ答えを出すには早くないですか?」

「ですが、他にここに来る理由ってあるんですか?」

「坂本警部、ここは大学です」

「ええ、それは分かっています」

「なので、研究施設も充実しています」

「確かにそうですね」

「その中には冷凍保存が可能な施設もあると思いませんか」

「まあ、あるでしょうね」

「まだ、ピンと来ないみたいですね」

「分かりません。どういうことですか?」

「それはですね……あ、講義が終わったようですよ」

 講義室の扉が開かれ、長かった授業から解放された学生達が廊下に溢れる。

 そして、その中に藤森を見付け、こちらに来るのを待っていたが、山本達とは逆の方向へと歩いて行く。

「どうやら、ここに来た本当の目的地へ行くようです。さあ、私達も行きましょう」

「本当の目的地ってなんですか?」

「まあ、着いていけば分かりますから」


 山本達二人は、前を歩く藤森の後を着いていくと、やがてある施設の前で藤森が足を止め、扉を開けると中に入っていく。

「山本さん、入りましたよ」

「坂本警部、ビンゴですよ」

「だから、さっきから何を言ってるんですか?」

 山本がまだ分からない坂本に対しハァ~とため息を吐くと、扉に書かれている施設の名前を坂本にも分かる様に「これです」と指を差す。

「これですか? え~と『冷凍実験室』に『冷凍設備室』ですか……あっ!」

「そうです。思い出しましたか」

 坂本は施設の名前から藤森が何をしに来たのか気付いたようだ。

「ああ、そういうことですか。やっと分かりましたよ。でも、なんで大学なんでしょうね」

「多分ですが、冷凍って凍らすときに細胞を壊すって言うのを聞いたことがあります。いわゆる『ドリップ』ですね。そういうのを嫌って、大学の施設に間借りしているんじゃないでしょうか」

「なるほど。確かに家の冷凍庫に入れといて気持ちが良い物でもないですからね」

「ええ、その点大学の施設なら多少、変だろうと『実験のため』と言えば、免れるでしょうね」

 坂本が山本の話す内容に納得したところで、山本が施設の扉を開き、先に入った藤森の姿を探す。

「あ、いました。あそこです。行きましょう」

「はい」

 顕微鏡を覗きなにやら確認している藤森に山本が近付き声を掛ける。

「藤森さん。失礼ですが、こちらで何を確認されているのでしょうか」

「あなたは……確か、山本さんでしたね。刑事さんが県境を越えてこんな所までなんの用ですか?」

 こんな場所まで追いかけてきた山本に対し、藤森が訝しむ。

「実はですね。私はあなたが隠している物に興味があるんですよ」

「私が隠している物? 随分と失礼な物言いですね。私が何を隠していると?」

「そんなに大きな物ではないんですよ。そうですね、例えば『精液』と『胎児』ですね」

「……」

「どうしました?」

「いえ、別に……でも、どうして私がそんな物を隠していると?」

「おや、否定はしないんですね」

「まあ、否定するまでもないと思いますが、一応聞いておこうかと」

 やはり一筋縄ではいかないなと山本が思っていると、坂本が一歩前に出て話し出す。

「惚けるのは止めましょう。お互いに利益にならないですから」

「今度は若い刑事さんが相手ですか。まあ、いいでしょう。それでなんで私がそんな物を隠していると?」

 坂本が早くも藤森に圧倒され、呑み込まれそうになる。

「あくまでも惚けるんですね」

「ですから、そんな物を隠していると確信されているのでしたら、その……『令状持って来い』ってヤツですよ。よくドラマでありますよね? 今日はお持ちなんですか?」

「……持って来てないです」

「そうですか。では、続きを話して下さい。なぜ、私がそんな物を隠していると?」

「そ、それは……」

 話し出そうとした坂本を抑えて山本が代わる。

「あまり、若者をいじめないで下さい、代わりに私がお話します」

「別に私はどちらでもいいんですが……分かりました。お願いします」

「では、私なりの推論になりますが、最後までお聞き頂ければ幸いです」

「いいでしょう。お話を」

「では……話は十年前の殺人事件です」

 山本が自分の推論と断ってから、藤森に十年前の殺人事件の証拠を藤森がここの施設内に隠し持っているのではと言うことを話す。

 そして、その証拠を元に真犯人である人物を通し、親から金品を受け取っているのではということまで話した。

「ふむ、面白いですね。それで、その真犯人には目星が着いているのでしょうか?」

「それに対してはお答えすることは出来ません。ですが、あなたが持っている証拠をお貸しいただければ確証が得られると思っています」

「……」

「どうでしょうか。私なりに結構、いい感じに仕上がっていると思うんですが」

「そうですね。問題があるとすれば十年前の事件には確実な証拠がないことでしょうね。捕まった被疑者が犯人でないならば、その真犯人の証拠として有効なのは、どんな物があるんでしょうね」

「だから、藤森さん。あなたが持っている証拠品をお貸し頂きたいのです」

「でも、私にはなんのことか分かりませんね。どうぞ、お帰り下さい」

 藤森がもう聞きたいことは聞いた。もう聞くことはないと二人を施設から追い出そうとする。しかし、山本は藤森が検査していた冷凍精子を保管していた容器に書かれていた日付に気付き、その日付を口にする。すると、藤森が「たまたまですよ」と言いながら容器を冷凍施設に戻そうとするが山本がその腕を押さえる。

「藤森さん、分かっているんですか。私達が帰ってから上にこのことを報告したら、どうなると思いますか?」

「さあ、令状でも持ってきて差し押さえでしょうか」

「それもありますが、その後はどうなると思いますか? 私が思うに相手は既に十年前の被害者に被害者の勤め先のママ、弁護士の二人を手に掛けています。最後に残るのは藤森さん。あなただけですよね。私が言っていることが分かりますか?」

「だから、なんだって言うんですか! そんな脅しに私が屈するとでも?」

「藤森さん。落ち着いて聞いて下さい。別に私は脅している気はありません。ただ一般的なことを言ってるんです。私は上に報告するだけです。ソレがなんで脅しになるんですか?」

 藤森の言葉の調子が荒くなり、呼吸も早く荒くなっていることに山本達が気付く。

「分かっているんだろ! お前達は誰が真犯人なのかとっくに気付いているんだろ!」

「いいえ。私達はまだ確証を掴んでいないので、真犯人が誰なのかは不明です。ですが、上司に説明を求められれば断れないのが階級社会の悲しい性ですね」

 山本はそう言ってチラリと藤森の様子を見る。藤森から見たら、山本達が飼い主に忠実な猟犬に見えたのなら、証拠品の貸し出しはないだろう。だが、そうではなく自分の命を守ってくれると思ってくれたのなら、まだ救いはある。

「藤森さん。相手はあなたさえいなくなれば安泰だと思っているでしょう。それに別にあなただけを目標と定めなくてもいいと考えているのなら、やり方もいろいろあるでしょうね。例えば、自宅に火を放って、ご家族と一緒に一纏めに出来ますし、それが無理ならあなたが病院にいる時に……またはこうやって管轄外に出た場合にママさんと同じ様に事故に見せ掛けてとか色んなパターンが考えられますね」

「……ヤバい……ヤバいぞ。もしかして私はアイツに火を点けてしまったのだろうか?」

「ああ、もしかして脅迫ゆすったんですか? なら、それに承諾するフリして宮下みたいに……」

「止めてくれ! いや、でもアイツなら……」

 やはり藤森は相手のしてきたことを理解していると山本は感触を得ることが出来た。しかし、藤森の様子は酷くなる一方だ。そこで山本から提案してみる。

「どうでしょう。もし、証拠品を貸して頂けるのなら私達の方で藤森さんの身の安全を保証したいと思いますが?」

「無理だ……結局、私はアイツに……でも、そうだな一矢報いるのも悪くないか。分かりました。証拠品をお貸ししましょう」

「本当ですか! ありがとうございます」

「ですが、一つだけ約束してくれますか?」

「約束ですか? なんでしょうか」

「私はどうなっても構いません。ですが、家族だけはなんとか守ってもらえないでしょうか。この通りお願いします!」

 藤森が山本達二人に頭を下げる。

「分かりました。お約束します。ですが、藤森さんも決して相手と一人で会うような真似は止めて下さいね」

「はい、分かりました。では、証拠品を準備してきますので、少々お待ち下さい」

「「お願いします」」

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