第3話 確保
藤森が証拠品を持ち、小部屋に入るのを確認した後に坂本が山本に話しかける。
「山本さん、よかったんですか? あそこまで話しても」
「坂本警部、藤森は全部知ってましたよ。その証拠に坂本警部が調査して分かった、あのママのことも話したときにはなんの感情の変化も見せませんでしたからね。おそらく彼なりに想定していたのでしょうね。始末された……と」
山本の回答に満足した坂本は納得するが、これからのことを考え不安になる。動機と、その動機を決定づける証拠が今、手に入ろうとしている。
だが、田中と宮下については「だろう」と推論ばかりで確実な動機と証拠がない。
本当にこれでいいのかと坂本は焦る。
「遅いですね」
「え?」
山本が呟いたことで坂本も藤森が戻ってこないことに気付く。
「確かに遅いですね」
藤森が入っていった小部屋の扉に注目するが、藤森が出てくる様子はない。
「ちょっと見てきます」
そう言って坂本が様子を見に行こうとすると、小部屋の扉が開き藤森が出てくる。
「お待たせしました。こちらが証拠品になります。お持ち下さい」
藤森が発泡スチロール製の冷凍保存バッグを差し出す。
「失礼ですが、中を確認させてもらっても?」
「ええ、どうぞ」
「失礼します」と山本が礼を述べてから冷凍保存バッグの中身を確認する。
冷凍保存バッグの中にはプラスチック製の容器に保存された精液サンプルでラベルには事件当日の日付が書かれているが名前は書かれていない。そして、少し大きめの個体がポリ袋に入れられている。これが胎児なのかと思うが、ここで確認するのは躊躇われる。
「確かに。ありがとうございました。ところで、随分と時間が掛かったようですが、誰かに電話したりしましたか?」
「いいえ。確かに時間は掛かりましたが、それはここから持ち出すための書類の準備に手間取っていただけです。そんな言い掛かりは止めて下さい」
「そうですか。ですが、お忘れのようなので老婆心ながら一つだけ」
「なんでしょう?」
「あなたは相手が警察内部の上の方にいることをお忘れのようですね。あなたが携帯を使ったとして、直ぐに基地局を調べ、どこにいるのか所在を確認するくらい訳がないということを」
「え?」
「ですから、折角秘密にしていたこの場所で携帯を使うことで相手にこの場所が分かってしまうということは想像出来ませんでしたか?」
「な、なんで……」
「あ、これはもう手遅れみたいですね」
「そうですね。もう既に相手には連絡済みですか。もしかして、これもラベルを貼り替えただけの物とか?」
「ま、まさか。なぜ私がそんな真似を」
「この証拠を元に相手が捕まれば、あなたも甘い汁を吸えなくなりますからね」
「山本さん。無理です。もうこの人は救えませんよ」
「そうみたいですね。今度会うのは死体安置所でしょうか。では、一応この証拠品らしき物はお預かり致します。あ、気が変わって交換したいのなら、いつでも受け付けますよ。では」
「では」
山本達は揃って椅子から立ち上がると、証拠品らしい物が入れられた冷凍保存バッグを手に持ち設備室から出る。
藤森が呆然とこちらを見ているのに気が付いてはいるが、ああもあからさまな行動をされれば面白くない。いくら刑事とて人間だ。証拠は惜しいが他の手段をどうにかするしかないかと山本は考える。
それにこの藤森は真犯人に加担した犯罪者でもある。例え罪を認めたとしても、懲役刑になることは考えられない。ならば、いっそのこと相手に始末してもらって、その罪の証拠を持って……とか考えていると坂本から呼び止められる。
「山本さん、どうしました? 今、すっごく悪い顔してましたよ」
「え? そんな顔してました?」
「ええ。ここ数日の中ではダントツですね」
「それはすみません。とりあえず車に戻りましょう」
山本は頭の中で今後のことを整理しながら駐車場へと戻り車に乗ると冷凍保存バッグを開けると胸ポケットから一本のプラスチック製の容器を取り出し、冷凍保存バッグの中に入れて蓋をする。
「山本さん、それは?」
「ナイショですよ」
そう言って山本は口に人差し指を当てると坂本に笑って見せる。
山本達が出て行って、一人残された部屋の中で藤森は頭を抱える。
「なぜだ。ここまでうまくやって来たんだ。なんでこんなことになったんだ」
藤森は山本を上手く出し抜いたと思っていたが、強請っていた相手も今まで通りにおいしい思いをさせてもらえるハズだった。
そんな藤森のスマホが着信を知らせる。
スマホに表示された名前を見て、一瞬驚くが一旦、深く深呼吸をしてからスマホを持ち、通話状態にする。
『おや、やっと出てくれましたか。いえねさっきの電話だけでは内容が不十分だったので、こうして、こちらから掛け直させてもらいました。もう、講義はお済みですよね』
「な、なんのことでしょう。私は今から回診があるので手短にお願いしたいのですが」
『下手なお芝居はしない方がいいですよ。もう、そこがあなたの母校であることは分かっていますから。私が探している物もそこにあるんでしょう。ああ、返事はいいです。ちゃんとした手続きを踏んでから、そちらに伺いますので。ですから、それまではくれぐれも変な気は起こさないようにお願いしますね。では失礼します』
「終わった……」
藤森は通話を終えたスマホを放り投げ、放心状態になる。
「やっと相手のことが理解出来たようですね?」
「え? なんで」
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