第6話 処遇
元管理官の千原昌行が逮捕されたことが報道された。ある週刊誌では十年前の未成年の少女殺害から始まり、クラブのママをひき逃げ、田中弁護士の殺害、宮下弁護士の殺害の四件について事細かに掲載された。他の報道機関からはその雑誌記者に情報を流した警察関係者がいるのではないか、報道協定に反するのではとも言われたが、それを証明することも出来ずにいた。だが、中にはその雑誌に掲載された内容を後追いで検証記事を掲載して部数を伸ばした雑誌もあったらしい。
記事には、どうして冤罪となったのかを千原の犯行だけではなく当時の警察庁長官であった父親の存在が大きな原因だったのではと書かれていた。
そしてその父親からの指示、または忖度で事件そのものを千原昌行の犯行から、千原が用意した中年男性へと罪を被せることに成功したことで、当時の警察、検察関係者の中には、これを契機に出世した者も多数いたこともあり、警察検察ではちょっとしたスキャンダルの嵐が巻き起こっている。
その嵐には山本も例外ではいられなかった。何故かと言えば、当時は単なる派出所の警官が翌年には警視庁の捜査一課に来いと言われたのだから裏から何か手が回されたと考える方が適切だろうと誰でも考えるだろう。実際、当時の山本は『何故自分が』と考えはしたが、刑事になれる嬉しさからあまり深くは考えていなかった。だが、自分と同じ様に少しずつ目立たないように時期をずらして出世や希望の職場に異動したりと目に見える形でのご褒美を受け取った者を目にすると山本は『余計なことを考えるな』という警告とも受け取り、それを甘受することにした。
だが、どうしても拭えない不信感から時折ヒマを見ては資料室にこもり、当時の捜査資料などをどこか見落としがないかと目を通すのが日課になる。
そんなある日、田中弁護士の投身自殺の一報が知らされたのだ。『田中 五郎』と言う名前が山本の視界に飛び込んで来た時に「これで流れが変わる」と思った。人が一人死んでいるのに不謹慎な考え方だとは思ったが、実際に田中弁護士の自殺についても他殺を疑うこともなく通り一遍の捜査が行われ、昼には捜査が終わっていたのだ。
田中弁護士の投身自殺を単なる自殺案件として扱わずに自分なりに調べてみようと考えていた矢先の山本に一人の新人キャリア警部が同僚として紹介されたのが坂本警部だった。
以来、坂本も山本の考えに触発され終には千原昌行の逮捕となった。
そして、今日は山本が懸念していた自身への賞罰が下される日でもあった。
「山本さん。もしかして緊張してます?」
「まあ、そうですね。どう考えてもなんらかの罰は下されるんじゃないかと思いますよ」
「え~だって私達が十年前の冤罪を解決したんですよ。そこは褒められるところじゃないんですか?」
「坂本警部、それがダメなんでしょうね。何せ冤罪でしかも警察官僚の汚点とも言える事件ですからね。上の考えとしては『余計なことをした』でしょうね」
「それって、アレに関わって処分された人達の恨みも買ってしまった感じですか」
「十分に有り得ますね。まあ、警察も強烈な縦社会ですから上から受けた指示に逆らうのは簡単なことじゃありませんよね」
「そうですよね。今回は私達も結構な命令違反はした気がします」
「ええ。それもあるんですよ。ふぅ~」
監察官がいる部屋の前で一度、深呼吸をしてから『コンコンコン』と山本はノックをする。すぐに中から「入りなさい」と返事があり、扉を開けると奧に長机があり、その向こうに監察官と捜査一課主任が座っていた。
「山本 真彦警部補です」
「楽にして下さい」
「はい!」
山本が奧に座る監察官に自分の名前を述べると椅子に座るように言われたので、長机の前に用意された椅子へと腰を下ろす。
「今日、ここに何故呼ばれたのか分かりますか?」
「多分、この前の千原管理官の件だろうかと……」
「ええ、そうです。あなたはこの千原……元管理官からの要請を無視してコンビを組んでいた坂本警部と一緒に独自的に捜査を行っていた。これに間違いはないですか?」
「はい。報告書に書いた通りです」
「ふむ、反論はないのですね」
「はい。どの様な処分でも甘んじて受け入れるつもりです」
「そうですか。では、処分を言い渡します。山本真彦警部補、あなたを警部に昇級させます」
「はい?」
減俸なのか、減俸なら何割で何ヶ月なのか、まさか降格はないよなとかマイナスばかりを考えていた山本に対し管理官の口から告げられたのは警部への昇級だったので、山本は自分の聞き間違いだとばかり思っていた。だから、管理官に対して説明を求めることになる。
「随分と気の抜けた返事ですね。何か不服でも?」
「い、いえ。とんでもないです。ですが、どうしてかお聞きしても?」
「今回の冤罪事件の解明の立役者に対し警察としては過去の失態も含め何もしない訳にいかないと上層部の判断です。仮に命令違反で処分したことが世間にバレた場合、功労者に対し何をしているんだとお叱りを受けかねないということです」
「はぁ……」
部屋に入ってからの山本の様子に『どうせ処分されることばかりを考えていたのだろう』とずっと笑いを堪えていた捜査一課主任が揶揄うように山本を階級付けで呼ぶ。
「山本警部」
「は、はい!」
「ふふふ、これから忙しくなるから改めてよろしくな」
「はい、捜査一課主任!」
「話は以上です。それから、表にいるであろう坂本警部に中に入る様に言って下さい」
「はい。では、失礼します」
山本は管理官に敬礼すると踵を返し部屋を出る。すると山本のことを心配していた坂本が部屋の前で待っていた。
「山本さん、大丈夫ですか?」
「ええ、私に対する処分はなしです。次は坂本警部、あなたをお呼びです」
「あ、はい。分かりました。では」
坂本は山本に敬礼で返すと山本が出てきた部屋の扉をノックしてから入って行く。
監察官は坂本の姿を認めると椅子から立ち上がると坂本に対し隣にいる捜査一課主任と一緒に綺麗なお辞儀を見せる。
「あの、監察官?」
「「申し訳ありませんでした」」
「えっと、お二人とも顔を上げてください」
「いえ、私もここにいる捜査一課主任も十年前の事件に関わっていた当事者です。山本警部と同じ様に疑問は持っていましたが、上からの圧力に逆らえず今日まで過ごしてしまいました。本当に申し訳ありません」
坂本がいくら言葉を掛け、顔を上げてもらおうとしてもしばらく二人が姿勢を崩すことはなかった。
数分の時間が経ち、やっと二人が顔を上げる。
「お二人の謝罪は受け取りました。私も今は警察に身を置く一人の人間としてお二人の気持ちは理解しているつもりです。ありがとうございます」
「そうですか、そう言って頂けると我々も肩の荷が下ります。では、改めて坂本警部への処分を発表します」
「え? 処分……」
「はい。先程のは、十年前のことです。処分は今回のことについてです」
「でも、山本さんは……」
「坂本警部、監察官の前です」
「は、はい」
「では、坂本警部。あなたは山本警部と共に『特命係』に移ってもらいます」
「え~」
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