第3話 疑惑

「ダメですね。正攻法じゃ、あの藤森は崩せそうにありません」

 駐車場へと向かう道すがら山本がそんなことを零す。


「なら、どうしますか? 直接聞いてもはぐらかされて終わりですよね」

「そうですね。では、根っこを掘り下げてみましょうか。そうすることで、見えなかった物も見えてくるかもしれません」

「根っこ……ですか?」

「ええ、そうです。元になった例の事件ですよ」

「ああ、十年前のアレですか」

「ええ、アレです。宮下の件も同時になんとか出来るかもしれませんし」

「そうですね。じゃあ、そうと決まれば急ぎましょう」

「ええ」


 車に乗り込み、シートベルトを装着したが山本が車を出そうとしない。

「どうしました?」

「坂本警部、捜査資料を写したのを見せてもらえますか?」

「いいですよ。はい」

 坂本にスマホを渡され、写された捜査資料を見ているが、スマホの画面が小さくて操作にまごつく。

「あ、そうだ。よかったら、こっちで見て下さい」

 坂本がそう言って、山本に渡したのはB5サイズのタブレットで、スマホの画面よりは大きいので多少は見やすいだろうと。

「これなら、ほぼ原寸だから、見やすくはなると思います」

「ありがとうございます」

 渡されたタブレットで捜査資料を確認していた山本が「やっぱり」と呟く。

「何がやっぱりなんですか?」

「ここですよ。ここ」

「ここ?」

 山本が指す箇所を坂本が確認すると、被害者の状態に『年齢一七歳、妊娠6ヶ月、情交の痕跡、胃の内容物に精液と思われる液体』と記載されていた。そして、被疑者と被害者の状態で、被疑者は発見時には下着どころかコートを着たままの状態で酩酊状態で意識はあるが、受け答えが困難な状態だったとあり、被害者の女性はベッドの上で全裸のままだったと記載されていた。

「『妊娠』まさか……」

「どうしました坂本警部」

「いえ、それでこの内容がどうしましたか?」

「被害者が全裸で情交の痕跡があるのに被疑者がコートまで着ていたのも不思議ですが、それはなんとでも誤魔化されるので、今は置いときます。問題は警察発表です。発表では、被害者の女性は『会社勤務のOLで二一歳』とありました」

「その時には気付かれなかったのですか?」

「捜査自体がすぐに終わりましたし、捜査資料を確認することも出来なかったので。それと警察発表を疑うことはなかったので」

 坂本自身も『警察発表を疑う』ことには抵抗があるので、山本を責めることは出来ない。出来ないが、山本の記憶と捜査資料の内容の差異は確認しないといけない。


「山本さん、図書館で調べましょう。図書館なら、十年前の新聞記事を検索することも出来るハズです」

「そうですね。では、行きましょう」

 山本がタブレットを坂本に返し、車を駐車場から出すと近くの図書館へと向かう。


 図書館の新聞が置かれているコーナーで十年前の新聞記事を検索すると、「これですね」と坂本が目的の新聞記事をパソコンのモニターに表示する。

「『新宿区のマンションで会社勤務の女性二一歳が刺殺体で発見され、側にいた会社員 小林俊彦 (四六歳)を逮捕』とありますね」

「やはり、発表された内容は違いますね」

「山本さん。ってことはですよ……これって……」

「ええ、そうですね。根っこは相当深いようですね」

 新聞に載せられている警察発表の内容と捜査資料に記述されている内容が異なる。このことから考えられることとして、新聞側が虚偽の内容を載せることはない。そうなると、警察が発表した内容が間違っている。若しくは異なる内容を発表した……。

 山本がその答えに辿り着いたのとほぼ同時に坂本も同じ考察に辿り着く。

「考えたくはないですが、相当上の方からのお達しがあったのではと考えられます」

「はぁ、やっぱりそうなりますよね。一介の刑事が警察発表を変えられるとは考えにくいです。っていうか、無理です」

「ですよね。そうなると、捜査一課の課長じゃ無理ですね。少なくとも捜査一課を黙らせられる位の役職でないと」

 モニターに表示されている新聞記事を印刷しパソコンの前から離れる。


 駐車場に戻り車に乗り込んだ所で、山本が坂本に提案する。

「この場所に行ってみましょう」

「分かりました。現場百辺ってやつですね」

「まあ、そんなところですね」

 どこか楽しそうな坂本に苦笑いを返す山本が車を駐車場から出す。


 目的のマンションへと着いた二人が車を降りるとマンションを見上げる。

「このマンションは全戸分譲みたいですね」

「分譲……ですか。確か被害者の女性は一七歳でしたよね」

「あ! そうですよ。一七歳で持てる物件じゃないですよ」

「また、一つ謎が増えましたね」

 山本が意味深な言葉を呟く。そして、エレベーターに乗ると被害者女性が住んでいた階で降りると、廊下の突き当たりの角部屋の前で止まる。


「十年前から住んでいる人がいると思いますけど、事件のあった場所ですし、いますかね」

「まあ、期待しすぎると後がツライのでほどほどにしておきましょう」

「はい。じゃあ、隣から始めましょう」

 坂本が張り切って、被害者女性の隣の部屋のチャイムを鳴らすが、反応がない。

「出ませんね」

 山本がしつこいと感じるくらいに玄関チャイムを坂本が鳴らしていると、その隣の部屋の玄関が開かれると中年女性が出て来て「うるさい!」と苦情を言われる。山本が苦笑しながら警察手帳を女性に見せながら、自分達の身分を明かす。

「すみません。こういう者ですが、お隣の方は?」

「警察? なんでお隣に?」

「少し、昔の事件についてお聞きしたくてですね。それでお隣は誰か住まれているのですか」

「ああ、隣はずっと空室よ。確か、十年くらい前だったかしら。あんなことがあったし」

「では、事件後に引っ越しされたということですか」

「ええ、そうよ。なんかごねててね。それでそこの部屋と引き換えに一戸建てをもらったとか言ってたわね。もう、よほど嬉しかったのか奥さんの自慢話がうっとうしくてね。あ、そう言えば引っ越した後に葉書が来たわね」

「その葉書よろしければ、拝見できますか」

「ええ、いいわよ。ちょっと待ってて」

 女性が山本達に断り部屋の中へと入っていく。

「部屋を引き払って、一戸建てと交換って言いましたよね」

「ええ、そう言いましたね」

「誰が、その交換を請け負ったんでしょうね。ごねていた相手と言うのも気になりますが。まさか被害者家族がする訳はないでしょうし」

「確かに普通じゃ、あり得ない話ですね」

「また、法務局ですか?」

 山本が坂本に頷く。


 玄関が開かれ、女性が葉書を一枚だけ手に持って出てくる。

「あったわよ。これよ、これ。見てよ、ほら! 家の前で撮った写真付きよ。もうどこまで自慢してくるのかしら」

「お借りします」

 自慢されていたことを久しぶりに葉書を見て思い出したのか、女性が興奮した様子で山本に話しかけてきたのを山本が遮り礼を言って、葉書を受け取り確認すると女性が言うように家の前で家族三人で撮った写真付きの葉書で、引越の挨拶と家の住所が書かれてあるのを確認した後に、坂本が女性に断りを入れて、葉書の表裏をスマホで撮影してから女性にお礼を言って、葉書を返す。


「失礼ですが、十年前の事件について、何か覚えていることはありませんか?」

「ないわよ。あの時も家に来た刑事さんにそう言ったけど。夜中のことを聞かれても困るわよ」

「確かに普通は寝てますよね。でも、なぜ夜中だと?」

「知らないわよ。その時、家に来た刑事さんが夜中の三時頃にに誰か見なかったかって聞かれただけだし」

「そうですか。どうもありがとうございました」

「ありがとうございました」

「いえ、お役に立てたようで、なによりです」

 山本達が女性にお礼を言うと、女性も軽く会釈を返し、部屋の中へと入っていく。


 残されたマンションの廊下を歩きながら、坂本が呟く。

「さてと、これからまた法務局ですよね」

「……」

「どうしました?」

 坂本が話しかけても、何か思案中なのか山本からの返事がないので、もう一度問い掛けると、山本が立ち止まり振り返る。

「被疑者は被害者の部屋の中で刃物を持った状態で発見されたんですよね」

「ええ、発表ではそうなってますね。それがどうしました?」

「いえ。ならなぜ、さっきの女性は『夜中の三時に誰かを見なかったか?』と質問されたのでしょうか?」

「あ! そう言えば、そうですね」

「おかしいですよね」

「確かにおかしいですね」

 そこからは互いに無言で止めていた車に乗り込み、法務局へと向かう。


 法務局に着くと被害者女性と、その隣の部屋の所有者を調べる為に受付へと向かい事務員から二枚の紙を受け取ると所有者の名前を確認する。

「あちゃ~これまた、見事なビンゴですね」

「ええ、出来れば見たくなかったんですが、予想通りですね」

 そう山本が言うように二つの物件の所有者の欄には『ツキメ商事株式会社』の名前が記載されていた。

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