第2話 挨拶
捜査一課主任に『違う視点』での捜査をしていいと言われたことで、俄然やる気を出した坂本をなんとか抑えて帰宅した。そして、翌朝の捜査会議が始まる前に坂本と何から手をつけるべきか相談している。
しばらくして、会議室がざわつきホワイトボードの前に幹部が並ぶと、皆が起立して挨拶をして着席する。そして、早速とばかりに管理官が今まで判明したことを確認していき、管理官が総評する。
「つまりはまだ何も分かっていない。そういうことですね」
そう言うと、場の空気が重くなる。一人二人くらいは目撃者が出るかと思っていたが、いまのところはゼロ。それに凶器らしき物もないとなれば捜査も進めようがないというものだ。
それなのに面白くなさそうに話す管理官に捜査員の面々も正直面白くはないだろう。
そこへ一人の事務員がコピーして来ましたと、何やら書かれた紙束をテーブルに置くと一礼して会議室から出て行く。
「皆に配って」
管理官がそう言って一番前にいた捜査員に頼む。
山本と坂本も紙を受け取り目を通す。
「宮下の通話記録ですね」
「そうみたいですね。ん?」
「どうしました? 坂本警部」
「ここ! これ、絶対これですよ!」
興奮した様子の坂本が通話記録の一番最後の行を指す。
「これですか?」
「山本さん、相手の名前ですよ」
「相手? あ! これって……」
「そうですよ。『ツキメ商事株式会社』って、もうズバリじゃないですか!」
確かにと山本も思ったが、まだ会議中ということもあり坂本をなんとか宥める。
そして同じ様に騒つく捜査員に管理官が話し出す。
「あ~皆、気付いていると思うが、この通話記録の一番最後の対象には障らないように」
「どうしてですか?」
一番前に座っていた捜査員が質問すると管理官が一瞥する。
「気になりますか?」
「当たり前じゃないですか! 殺される直前に話しているんですよ。それにこれだけ情報が何も得られない中で、調べないというのはあり得ないでしょう」
捜査員が苛立ったように管理官に噛みつくが、管理官は飄々とした様子で捜査員を見ると話し出す。
「本当はあまりこういった情報を晒すのはよくないんですがね……」
「何か事情があるということですか?」
「ええ、そうです。この会社については公安の調査対象になっています。こう言えば分かってもらえますか?」
「公安が……ですが、ヤメ検の弁護士が公安の対象になっている企業と懇意にしていたと言うのなら、それこそ調べる必要があると思いますが? それとも公安の方から情報を出してもらえるんでしょうか?」
「公安から得られる情報は少ないでしょうね。ですが、出来るだけ引っ張ってこられるように尽力しましょう」
「……」
「どうですか? まだ不満ですか?」
「分かりました」
「よかったです。他に何か言いたいことがある方は?」
「……」
「ないようですね。では、通話相手の捜査と、引き続き現場での目撃者、ならびに検事時代の怨恨の線もまだ捨てきれません。引き続き宜しく御願いします」
「「「はい!」」」
捜査員が返事をすると同時に席を立ち、会議室への外へと飛び出す。
その中に山本と坂本もいたが、坂本が山本を引き留めると廊下の窓際に寄る。
「どうしました?」
「これ! これですよ!」
「ツキメはダメと言われたでしょ。さすがに今は……」
「違いますよ。よく見て下さい。これですよ! これ! もう、なんで分からないんですか! よく見て下さいよ」
坂本が分かってくれない山本に苛立ちながら説明する。
「ほら、『
「監察医……え?」
「見て下さい。ほら、これ」
坂本がスマホの画面に以前、写した捜査資料を出して山本に見せると「本当ですね」と呟く。
「行ってみましょう」
「そうですね。行きましょう」
車に乗り込んだ山本が坂本に尋ねる。
「住所は分かりますか?」
「ええ、任せて下さい」
坂本のナビに従い、車を走らせること数十分。
「あ、この辺りです」
山本が車を止めると、そこには『藤森総合病院』と書かれている看板を目にする。
「看板ですか。もしかしてあれでしょうかね」
山本が看板の矢印に視線を誘導されると、その先にある白く大きな建物が目に入る。
「っぽいですね。行きましょう」
車を病院の駐車場に止めてから、山本がふぅと短く息を吐くと坂本がそれに気付き山本に尋ねる。。
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
車から降りると病院に入り、受付で警察手帳を見せると藤森智也に会いたいと話す。
「院長先生ですね。少々お待ち下さい」
受付に座っている女性が受話器を持ち上げ、どこかへ連絡している間に、もう一人の女性に気になっていたことを山本が尋ねる。
「失礼ですが、藤森智也さんはこの病院の院長をされているんですか?」
「はい。元は院長先生のお父様が、この地で開業なさったのが始まりですね。でも、ここまで大きくされたのは今の院長先生なんですよ」
そう言って、受付嬢が少しだけ誇らしげに藤森のことを話すので、もう少し聞き出してみるかと尋ねてみる。
「そうですか。それは何年くらい前ですか?」
「えっと確か八年ほど前だったと思います」
「八年……ですか」
「はい」
「山本さん。もしかして……」
「ええ、十分に考えられますね」
坂本も山本の考えていることを汲み取り思案顔になる。
「院長先生がお会いになるそうです。案内しますのでどうぞ、こちらへ」
受話器を置いた受付嬢が山本達へ、そう告げると席を立ち奧のエレベーターへと案内する。
エレベーターに乗り込み、最上階に着くと「どうぞ」と受付嬢に廊下の奥の『院長室』と書かれたプレートが付けられた扉へと案内され、案内状がその扉を「コンコンコン」と短くノックすると「どうぞ」と中から声が返される。
「失礼します。警視庁から来られた刑事さんをお連れしました」
山本達が院長室に入ると、奧の窓際に置かれた執務机に座っていた痩身の男が椅子から立ち上がると山本達を、部屋の中央に置かれているソファへ座るように勧める。
山本達が座るのと同時に藤森も対面に座り、案内してくれた受付嬢に労いの言葉と共にコーヒーを三つ頼むと受付嬢が軽く会釈して院長室から退室する。
それを見届けた藤森がソファに身を預けると手を組み話し出す。
「私が当院の院長の藤森です。さて、何か私にお尋ねしたいことがあるとのことですが」
山本と坂本が目を合わせ、互いに頷くと山本が切り出す。
「お聞きしたいのは、先日刺殺体で発見された宮下弁護士とあなたの関係です。当日も宮下弁護士とお話してますよね?」
「宮下弁護士ですか。もちろん知ってますよ。先日もその件でお話しました。恥ずかしい話ですが私の病院でも小さなことですが、医療過誤が起きましたの。宮下弁護士とのお付き合いはその時からですかね」
「そうですか。ちなみにそれはいつ頃ですか?」
坂本から尋ねられた藤森は顎に手をやり、少し考える素振りを見せると、こう答えた。
「申し訳ありませんが、それを言ってしまうと担当した医師どころか患者さんの情報も与えてしますことになります。そうなると、個人情報保護のこともあるので、その手帳だけではお答えすることは出来かねます。申し訳ありませんね」
「そうですか。お答えしては頂けないですか」
山本がどう情報を引き出そうかと考えていると部屋の扉がノックされ、トレイにコーヒーカップを載せた秘書らしき女性が入室し、テーブルの上にコーヒーを置くと、軽く会釈してから退室する。
藤森が置かれたコーヒーに手を伸ばし、山本達にも勧める。
「それでは宮下弁護士のことは、どうやってお知りになりました? 誰かの紹介でしょうか?」
「さあ、どうだったでしょうか。申し訳ありませんが覚えてませんね」
「そうですか」
紹介者が分かれば、そこから何かを得られるかと期待していたが、どうやら無駄なようだと山本が愕然としコーヒーを口にすると、その横で坂本がコーヒーを一口啜ると、藤森に別の質問をする。
「じゃあ、田中という弁護士とは面識はありますか?」
「田中……ですか。失礼ですが、田中とだけ言われましても、よくあるお名前なので、分かりかねますが……」
「すみません。坂本警部、今は私が質問しているのですから」
山本が藤森から情報を引き出せないと判断した坂本が藤森に突っ込んだ質問をしたことで、山本が慌てて坂本を止める。まだ、その質問は早過ぎると……。そして、藤森もただ田中という弁護士を知っているかと聞かれても答えられないと返す。
「それもそうですね。では、少し前に自宅から投身自殺した『田中五郎弁護士』なら、どうでしょうか?」
坂本が止める山本を交わして、藤森に『田中五郎弁護士』を知らないかと質問するも藤森はただ一言「知りません」と返す。
「そうですか。知りませんか」
「ええ、質問は以上ですか。では、私も仕事がありますので……」
「あ、ちょっと待って下さい」
「坂本警部、今日はここまでにしておきましょう」
「でも、山本さん」
「焦る必要はありませんよ。それじゃ、藤森さん。今日はこれで失礼します。何か思い出しましたら、ご連絡頂けますか?」
山本がそう言って、名刺を取り出すと自分の携帯電話の番号を書き加えてからテーブルの上に置く。すると、それを見た坂本も慌てて自分の名刺を取りだしてテーブルの上に置く。
「分かりました。まあ、思い出すとは思えませんが」
そう言って藤森が二人の名刺を受け取り、胸ポケットへと入れる。
「お願いしますね。では、失礼します」
「失礼します」
山本達がソファから立ち上がると、藤森も立ち上がり軽く会釈する。
「何もお役に立てず申し訳ありません」
「いえ、また何度か寄らせていただくことになるかもしれません。今回はこれで失礼します」
山本がそう言って、藤森に会釈すると坂本も同じ様に会釈して院長室から出て行く。
藤森は二人が院長室から出るのを確認してから胸ポケットから二人の名刺を取り出すと、それを握りつぶしゴミ箱へと放り込む。
「まさか、田中に続いて宮下まで始末されるとはね。私の所にも近い内に来るのでしょうかね。まあ、来るのは向こうがアレを手に入れてからでしょうね。まず見つかることはないでしょうが。念には念を入れときましょうか。まったく面倒ですね」
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