EX.藤梓は見た
あれは高校二年生の時の寒い冬の日だったと思う。
私はたまたま一人で出かける用事があって街を出歩いていた。
そこで、たまたま見かけたのだ。
私の友達の佐藤美咲と、その美咲の好きな人の鈴木悠斗が一緒に出歩いているところを。
「え、なにあいつらデート?」
思わずつぶやいてしまったのはそれだけ衝撃的だったからだ。
美咲はどっからどう見ても鈴木悠斗のことが好きなのに、意固地になって好きじゃないとか言ってしまう可愛い女の子だ。めんどくさい女の子とも言う。
前に話を聞いた時は、家に行ったりはするけど出かけたりはしないって言ってたのに、今街中の二人は私服で二人っきりで出歩いている。
美咲はもこもこの可愛らしいマフラーを巻いていて、首元はあったかそうにしてるけど、足はこの寒い中露出するような格好をしていて、ギャルっぽさが出ている。
鈴木はモノトーンのシンプルな上下の服で、すっきりとした印象の青年に見えた。切長の瞳と相まって、ぱっと見冷たい印象に見えるかもしれない。
美咲と鈴木が二人で出かけている。
私の用事は終わったところだったし、なんかすげー気になるし。
面白そうだし、二人の後をちょっとつけていってみるか、なんて思いながら、私は二人を見失わない程度に離れたところから着いていくことにした。
二人はどうやら駅の方に向かって歩いているらしい。目的地は知らないけど、歩いている方向的にそんな感じだ。
この辺りは駅に通じる道ということもあって、車通りが多い。歩道もちゃんと整備されてはいるけど、ちょっと危ないな、と思う瞬間もあったりするくらいだ。
そんな中、二人が角を曲がって行ってしまう。それを見失わないように追いかける。
角を曲がった時に、さっきまで車道側を歩いていた鈴木が今度は逆の立ち位置になってしまっていた。
すると鈴木はすっと美咲の後ろに回り込む。
美咲が振り返ろうとすると、美咲のマフラーを弄ってズレを直すそぶりを見せる。
美咲は突然首元のマフラーを触られていやんいやんと嫌そうに体を捻るが、私から見れば全く嫌そうに見えない。というか嬉しくて悶えているようにしか見えない。
少しの間鈴木は美咲のマフラーをいじっていたけど、そのうち満足したのか、そのまま車道側に立ち位置を変えて歩いていった。
……え、なに? 道端でなにイチャついてんの? ていうか鈴木はなんなの? イチャつきながら立ち位置車道側に変えたってこと? なんなの?
なんて思いながらついて歩いていると、今度は美咲が寒そうに両手に息を吹きかけていた。たぶん「寒いねぇー」なんて言ってる。そう口が動いてる。私は今読唇術が使える! たぶん。美咲限定で。
そんな寒そうな様子に、鈴木はポケットから何かを取り出した。
灰色で、薄っぺらくて、四角くて……カイロだなあれは。
カイロを手に持って、美咲に何事か話しかけている。おそらく「カイロ使う?」みたいなことだと思う。あー! 二人の話が聞こえるくらいまで近づきたい!
美咲は差し出されたカイロをまじまじと見ると、その上から自分の手を重ねた。ゆっくり指を折り曲げていって、鈴木の指と絡ませていく。いわゆる恋人繋ぎみたいな感じだ。
「こうすれば二人ともあったかいじゃん。ね?」
絶対そう言ってる! 間違いなくそう言ってる! 口そうやって動いてたもん!
しかも自分でそう言って顔真っ赤にしてやがる! 恥ずかしいならすんなよ! なに自分から鈴木に全力で堕ちにいってんだよ!
私が心の中で叫んでると、そのまま二人は歩いてその先へ行ってしまった。
一瞬見失ってしまった私がもう一度二人を見つけたのは、駅前にある本屋から二人が出てきたところだった。
美咲が本屋に用事があるなんて想像できないから、たぶん鈴木の買い物をしてたんだ。その証拠に鈴木は手にビニール袋を持っていて、中に本が入ってそうな膨らみ方をしていた。
鈴木は目的のものが買えて嬉しかったのか、顔がふにゃっと緩んでいた。鼻歌なんか歌い出しそうな感じで、鈴木のことをよく知らない人間が見ても機嫌がいいのがわかる。
鈴木は話せば全然そんなことないのがわかるんだけど、ぱっと見の見た目だけはちょっと冷たい印象を与える氷の王子様系の男子だから、あのふにゃっと緩んだ顔はギャップがあってとても可愛い。
正直に言って私も普段とのギャップにちょっとドキッとしたと認めざるを得ない。
鈴木のことをなんとも思ってない私が遠目から見てそれなのだから、その鈴木のことが好きな美咲が隣でそんな鈴木の姿を見たらどうなってしまうのか。
私は鈴木の隣にいた美咲に目を向けた。
「――っ!」
その瞬間、ちょっと笑いそうになったのは許してほしい。
美咲は顔を真っ赤にしながら体をプルプルと振るわせていた。たぶんいろんなものが美咲の中でせめぎ合ってるんだと思う。なにがそんなにせめぎ合ってるのかなんて言うのは……まぁ……うん……。
それから美咲は鈴木がビニール袋を持ってる手とは反対側の手に、さっきと同じようにカイロ越しに恋人繋ぎをしながら抱きついた。
本に嫉妬しててマジウケる。
それから二人は本屋に程近い喫茶店に入って行った。
私も遅れて入って、二人が見えるけど、二人のところからは見えづらい席に座ってカフェオレを注文した。
友達にメッセージをぽちぽちと返しつつ、二人のことを眺める。
正直言ってついて行き始めた時はちょっと後ろめたいというか、二人に黙って二人のこと覗き見てるのも悪いかなーなんて思ったりもしたけど、美咲が面白くて途中からそんな考えも無くなってしまった。
いや、なんかほんとゴメン。でも思ってたよりも美咲がアレで、見てて面白かったんだわ。
二人はそれぞれコーヒーとケーキを注文すると、鈴木はさっき買った本を読み始め、美咲はスマホをいじり始めた。
……訂正。美咲はスマホをいじってるふりをしてるだけで、チラチラ鈴木のこと見てるだけだわアレは。
ていうか鈴木は美咲と一緒にいるのになんで本なんて読んでんの? 美咲って友達の私が言うのもなんだけど、学年でも指折りの美少女だよ? じゃなきゃ彼氏と別れるたびに今かいまかと次の男子が手ぐすね引いて告白してきたりしないって。
なんて思ったけど、そういえばと美咲の話を思い出す。鈴木の部屋で美咲と一緒にいる時もずっと本読んでたり宿題してたりするんだっけ。ということはあれが鈴木の通常運転というわけか。
真剣な眼差しで本を読む鈴木を、美咲は完全に恋する乙女な視線で見つめている。ていうかもうスマホ見るふりすらしてないじゃん。もうちょっと頑張って取り繕おうよ。
「ねえ鈴木。あたしのケーキとあんたのケーキ一口交換しない?」
美咲の口の動きと微かに聞こえた声から、たぶんそんな感じのことを言った美咲は、ケーキを一口大に切り分けてフォークに突き刺した。
鈴木は美咲の声に本から視線を外して美咲の方に顔を向けた。
そんな鈴木の目の前に、美咲はフォークに刺した自分のケーキを突き出した。
「はい、あたしのあげる」
いや、それ俗に言う「あーん」じゃん。自分の食べかけのケーキ「あーん」であげるとかもうほぼマーキングみたいなもんじゃん。周りに見せつけてるじゃん。
いやでも鈴木も流石にそれは恥ずかしがって食べないだろうとか思ってすみませんでした平然と食べましたね鈴木くんは!
全然美咲のこと何とも思ってないでしょ鈴木は! 恥ずかしいとか嬉しいとかそういう感情ないわけ!? そりゃあ美咲も「セフレがいるってことにして気が引きたい」なんて頓珍漢なこと言うわ!
というか、え、なに? なんなの? なんであれで付き合ってないの? よくそんなんで「鈴木のこと好きじゃない」とか言えたな美咲ぃ! なにも抑えられてないよ! ダダ漏れじゃん! 好きの気持ち増えてるじゃん! 自分から増やしに行ってるじゃん!
…………うん、帰ろう。
今日のことで美咲のことからかってやろうかななんて思ったりもしたけど、やめとこ。重症だわあれは。もう手遅れだわ。
今日のことは、なにも見なかったことにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます