EX.あたしの彼氏は文学青年2

 ユートは大木のような人だった。

 あたしのような人間が寄りかかっても揺らぐことない確かな部分があった。

 あたしはユートと出会ってから彼に寄りかかって、とてつもなく安心感を得たのを覚えている。


 ユートは底なし沼のような人だった。

 一度はまり込んでしまうとそのままずぶずぶと沈んで行って抜け出せなくなってしまう。

 あたしはユートと出会ってから彼の優しさに浸かって、抜け出せなくなっていた。






 ユートと出会ったあの日、あたしはユートに今までのあたしが抱えていた悩みを全て打ち明けていた。

 話すつもりなんてなかったのに、何も言わずに隣に寄り添ってくれたユートに、気づけば洗いざらい全て吐き出していた。


 あたしの悩みを黙って聞いてくれたのはユートが初めてで、弱り切っていたあたしは、あたしのことを受け入れてくれたユートの優しさにひどく安心したのを覚えている。


 ユートはあたしの話に最後まで適当な相槌を打つだけで、共感もしてくれなければ、アドバイスだって何もしてくれなかったけど、それがなんだかとても心地よかった。


 ただ黙って受け入れてくれる人がいた。

 何も言わずに受け止めてくれる人がいた。

 他の人にとっては当たり前の存在なのかもしれない。

 何も特別なことなんてないのかもしれない。


 でも、あたしにとってはたったそれだけの事で、あたしはこの世にいてもいいんだって思えて。


 ついさっきまで絶望していたのに、なんだか心がとても軽くなっていた。


 長いこと話し込んでいたからコンビニから追い出されてしまって、どこかに移動しなきゃいけなくなった時、あたしは自然と家に帰ろうかと思えるようになった。


「あたし、今日はちゃんと家に帰るわ」

「まぁ、いいんじゃない?」

「なにそれ、意味わかんなくてウケる」


 こんな別れ際なのにずっとそっけないユートに笑ってしまって。

 ここでこの人との繋がりをどうしても切りたく無くなってしまって。


 だからあたしは、ユートの連絡先を聞いた。

 今まで男の人から連絡先を渡される事はあったけど、自分から連絡先を聞くのは実は初めてのことで、内心めちゃくちゃ緊張していた。

 でもなぜだかその緊張を知られたくなくて、あたしはぶっきらぼうにユートに声をかけたんだ。


「ちょっと、連絡先教えて」

「僕の?」


 驚いたように聞き返してくるユート。

 その、まさか自分の連絡先なんて聞かれると思っていなかった態度に、あたしはもしかして教えてくれないんじゃないかと焦って、ついつっけんどんな態度をとってしまった。


「他に誰がいんのよ? これも何かの縁なんでしょ?」

「……そうだね」


 なんて言いながらユートは連絡先を交換してくれて。

 意外とお互い近所だったことがわかった実家に帰った後、寝てるママを起こさないようにこっそり自分の部屋に帰って。


 あたしは、自分でも自分のことがよくわからなくなるくらい嬉しくて、久しぶりに寝転がった自分のベッドの上で悶えていたのだ。






 次の日の朝、あたしは早い時間にそれまでのことをママに謝った。ママの言うことを聞かなかったこと。夜遅くまで遊んで心配させたこと。勝手に家を飛び出してしまったこと。

 あたしの抱えていた思いなんかもちょっとだけ話したりして、初めてママと本音で話し合った。


 ユートに話した時みたいに素直に全部はまだまだ話せなかったけど、それでもママはあたしの話をちゃんと聞いてくれた。


 それからママも「こっちも言い過ぎた」ってあたしに謝ってくれて、親子二人で休日の朝から謝り合うことになって。

 それがなんだかおかしくて、あたしとママは二人して笑ってしまった。


 あたしはママと話し合って、夜遊び歩くことをやめる約束をした。

 元々あたしなりにパパとママのことを思ってしていた行動だったから、パパとママがこんなことになってしまっても続ける意味なんてなくて、夜遊びをしないって言うのは素直に受け入れられた。


 それと、ママには何も言ってなかったけど、体の関係だけの男の人――いわゆるセフレと呼ばれる人もあたしにはいたけど、その人たちの連絡先もブロックして削除した。

 ママの預かり知らないところの話だから、ママから何か言われたわけじゃない。でも、なぜか昨日話したユートの顔が思い浮かんで、これ以上セフレと関係を続けようなんてことを微塵も思えなかったから、連絡先の削除はちっとも躊躇せずに済んだ。


 この時のあたしは気づいてなかっただけで――ううん、気づかないふりをしていただけで、とっくにユートのことが好きになってたんだと思う。






 それからのあたしは、週に一回ユートの家に通うようになった。

 その当時はユートのこと「鈴木」って名字で呼んでて、二人の間には結構な距離があった。


 あたしは結構誰のことも名字じゃなくて名前で呼んでたような人間だったから、ユートのことを鈴木って呼んでたのは逆に新鮮だった。


 ユートの家に行く曜日とかは決まってなくて、あたしがユートに会いたくなった時に連絡して行っていた。

 ユートはどんな時でもあたしを受け入れてくれて、あたしが突然くることに関しても何も言わなかった。


 側から見たらユートはあたしに全く興味がないように見えたのかもしれない。でも、一緒にいるあたしはユートがあたしのことを気にかけてくれていることをちゃんと感じ取れていた。


 ユートの部屋で一緒に過ごしている時。

 あたしとユートは会話をしている訳じゃなかった。


 あたしはネイルをいじったり、スマホをいじったりしていて、ユートは何か難しそうな本を読んでいる。

 そんな状況でも、ユートは時折あたしの方を見ては、また文庫本を読む姿勢に戻るのだ。


 ユートの視線は今まで一緒にいた男みたいな下心の感じるものじゃなくて、あたしのことを見守ってくれているような安心できる視線で、だからあたしはユートの部屋ではめちゃくちゃリラックスして過ごしていた。

 ユートと一緒にいて初めて知ったのは、あたしはあたし自身がいろんな人と一緒にいて騒ぐことが好きなタイプの人間だと思ってて、今までの人生はそうやって過ごしてきたんだけど、ユートと一緒にいる間は全く喋らなくても安心してリラックスできて、実は黙ってゆっくりのんびりすることが好きな人間だったと言うことだった。


 ユートと一緒にいると、心がじんわりあったかくなっていく。

 ユートと一緒にいると、気を張らなくてリラックスできる。


 無理に大人にならなきゃいけないなんて考えは、ユートと一緒にいると徐々に溶け出していって、いつの間にかあたしは無理に背伸びをすることをやめていた。






 学校でユートと会話することはほとんどなかった。クラスで何か用事がある時以外話すことがない。

 あたしとユートは学校では全然違う位置にいて、あたしとユートが一緒にいることはとても不自然なように見えてしまうのだ。ホントはあたしは学校でもユートと一緒にいたかったんだけど、今まで全く絡みのなかったあたしが突然ユートと過ごし始めるとユートに迷惑がかかるんじゃないかと思って、学校でも一緒に過ごしたいなんてユートに言えなかった。


 それまで興味がなくて、同じクラスにいたことすら認識してなかったけれど、改めてクラスでのユートを見ていると、ユートは結構男子女子に関わらず人気があることに気づいた。


 あたしが普段つるんでる派手な見た目の人たちとは特に会話はしないけど、例えばクラスの委員長とか、大人しい性格の図書委員の女の子とか。演劇部の男の子とか、美化委員会の女の子とか。

 あたしたちが過ごしているグループの人たちが、ともすればなんて言って時に馬鹿にしてしまうような、おとなしめの人たち。正しいことを正しいと信じて行動するような委員長みたいな人。


 そんな人たちがよくユートに話しかけていて、その周りは穏やかな時間が流れていて、誰も俯いたりせずに笑顔が溢れていた。


 それに、こう言ってはなんだけど、ユートは結構カッコいいのだ。

 教室でもよく本を読んでいて、窓際の席だから陽の光を浴びているように見えて、そう言う時のユートは線の細い見た目と、切長の瞳と相まっていかにも文学青年といった見た目で、落ち着いた雰囲気も手伝ってめちゃくちゃかっこいい。

 パッと見少し冷たい雰囲気に見えるのに、話しかけたら穏やかに微笑んで会話をしてくれるのだから、ユートに話しかける女の子たちはたまったものじゃなかったはずだ。


 あたしは、そんな資格なんてないのはわかってたけど、ユートに女子が話しかけて笑顔で会話するたびに心の中でヤキモキしていた。友達と話してる時にそんな光景が目に入った時は、あからさまに不機嫌になったこともある。


 だから、あたしとユートの間に何かあったなんてことに気づく人が出るのも当たり前の話だった。

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