EX.あたしの彼氏は文学青年3

「美咲、あんた鈴木悠斗と何かあった?」


 放課後、その日はユートの家に行くつもりで友達と早々に別れ、一人帰り道を歩いている時だったと思う。

 あたしは、クラスの友達の藤梓に声をかけられていた。

 あたしと似たような派手な色に染めた髪に、赤いネイル。着崩した制服はいかにもギャルって感じで、その時のあたしたちは姉妹かって感じの見た目に思えるくらい似通った格好をしていた。


「なに梓、なんで着いてきてんの?」


 梓とは仲のいい友達で、親のこととか彼氏のこととか割となんでも話していた子だった。なにくれとアドバイスもくれたりしていて、気の置けない中だったと思うけど、その時はユートの家に行くことで頭の中がいっぱいで、突き放すような声が出てしまった。

 そんなあたしの様子を気にする風もなく、梓は続けた。


「最近明らかになんかうちらに隠してることあるし、曜日バラバラだけど週に一回は絶対黙ってどっか行くし。なんかいきなり不機嫌になったりするしさ。気にならない方が無理ってもんじゃない?」


 なんて言いながら、梓はあたしの肩を組むように身を寄せてきた。


「あたしにだってそういう時くらいあるよ」

「不機嫌になる時、いっつも鈴木悠斗が女子と話してる」


 梓の言葉に、体がビクッと震えた。

 思わず梓の顔を伺うように覗き込んだのを覚えている。


「美咲は隠してるつもりかもしれないけど、仲良い子には全く隠せてないよ?」


 なんて言う梓の様子に、あたしはこれは逃げられないなと悟ってユートに「ごめん、今日行けなくなったから明日また行く」とだけメッセージを送った。






 あたしはあたしの部屋で梓に何があったのかを話して聞かせた。

 彼氏とか、家出とか、親の離婚とか、その話をユートが黙って受け入れてくれて、その後もあたしのことを受け入れてくれてるとか。

 あたしは普段から口の動きは滑らかな方だったけど、ユートの話はいつにも増してペラペラ口が動いてたと思う。


 そんなあたしの様子を見ていた梓は、呆れたように「美咲って鈴木のこと好きなのね」なんて言ってきた。


「鈴木のことは好きじゃないよ」


 梓の言葉に、あたしはそう返した。

 冷静に返せてたと思う。いつもと変わらない声音だったと思う。声も震えてなかったし、表情もおかしくなかったはずだ。


 あたしはいたっていつも通りに振る舞ったつもりだったけど、梓には全くもって通じていなかったらしい。


「あんだけ鈴木のこと語っておいて、鈴木が女子と話してるだけで不機嫌になるくせに好きじゃない、はないわー」


 「しかも週一で通ってる上にメッセージとか電話までしてるんでしょ? 完全に恋する乙女じゃん」なんて付け足してきて。

 それから何か思い出したように「あれ?」と口にした。


「でも美咲って彼氏いたよね? なんかこのあいだ告られて付き合い始めたって」

「そうだよ? だから鈴木のことなんて好きじゃないって言ったじゃん」


 あたしは梓の声に乗っかるようにもう一度好きじゃないって繰り返した。


 ――嘘に決まってる。本心ではあたしはとっくにユートのことが好きなのはわかってた。好きでもなんでもない男の部屋に週一で通ったりしないし、こまめにメッセージとか電話とかしたりしないし、あたし以外の女子と話してて嫉妬なんてしない。


 でもその自分の気持ちを認めてしまうと、綺麗な綺麗なユートが汚いあたしで汚れてしまう気がして、そんなことあたしの中で認められなくて、だからあたしはあたしの気持ちを認めることができなくて、好きじゃないなんて嘘を吐いていた。


 あたしはあたしが自分で言った「鈴木のことなんて好きじゃない」って言葉に、自分自身がひどく傷ついて、自分のベッドの上で膝を抱えて俯いた。


「なんかしょーもないこと考えてんじゃないの?」

「そんなことない」


 あたしの様子に梓がそう言ってきたけど、あたしにとっては全然しょうもないことじゃない。あたしの人生で初めての出来事で、どうしたらいいかわからないからこうなってるんだ。


「あんた絶対鈴木悠斗のこと好きじゃん。じゃないと自分で好きじゃないとか言って自分で凹んでないでしょ。なんで素直に認めないわけ? なんで彼氏なんか作ってるわけ?」

「……梓にはわかんないよ」

「そりゃまぁ、喋ってくれないことはわかんないわな」


 梓は綺麗だ。見た目はあたしと同じ派手な見た目のギャルだけど、あたしと違って彼氏が頻繁に変わったり、セフレがいたりなんてことはなかった。男女の付き合い的な意味で見れば、いたって健全なお付き合いをしていた。彼氏と付き合ってる時は彼氏一筋だし、告られたからって誰とでも付き合うわけじゃないし。

 だから、好きな人ができたときにありのままの自分で好きな人にぶつかっていけるのだ。ぶつかっていけると思っているのだ。


 梓からしたらそんなことは考えていないのかもしれないけど、少なくともこの時のあたしからしたら梓というのはそういう存在に見えた。


 それに比べて、あたしはなんだ? 早く大人になりたいからって好きでもない男と付き合って、セフレを作って、夜遊び歩いて。

 何人もの男に抱かれて、一度だってまともに付き合ったこともない。

 好きでもないやつと好きでもないことをして、体だけ汚していって。


 そんな汚い女が、あの綺麗に光り輝くようなユートのことを好きになっていいはずがない。好きになってしまったらユートまで汚れてしまう。あたしが汚してしまう。


 そんなこと、あたしは嫌だ。そんなことになったらあたしは耐えられない。


「……あたしみたいな汚いやつが鈴木のこと好きになったら、鈴木が汚れちゃうじゃん」


 小さく震える声で、あたしは梓にポツリとこぼした。

 別に梓に伝えるつもりなんてなかったんだけど、半ば無意識につぶやいていた。


「……はぁ。そっかぁ……」


 あたしの呟きに、梓はそれだけ返して、その後黙り込んでしまった。

 あたしもこれ以上何か言う気にならなくて、あたしの部屋で二人、無言でただ時間だけが過ぎていった。


 あたしはただ膝を抱えて俯いていて、梓の方を見ていなかったから、その間梓がなにをしてたかなんてことはわからない。

 でも、だいぶ時間が経って、陽が傾いて部屋の中に西陽が差し込み始めた頃に、それまで黙っていた梓が口を開いた。


「美咲の言ってることとやってることってさ、側から見たら完全におかしいってわかってる? 鈴木のこと好きじゃないとか、好きにならないようにとか言ってるのに、週一で、今日だって家に行こうとしてて、メッセージとか電話とかだってしてるんでしょ? 元々好きな相手にそんなことしといて好きにならないとか無理じゃん。鈴木が美咲のこと全く顧みないようなドクズならまだしも、美咲の話を聞く限りは美咲にめちゃくちゃ優しいんでしょ?」

「……好きじゃないもん」

「もん、とか小学生かよぉ……じゃなくてさ、まぁ美咲自身のことだから私も口うるさくは言わないけど、そんなことして自分の心だましたっていいことないよ? どうせ彼氏作ったのだって鈴木のことこれ以上好きにならないようにするためとかそんな理由でしょ?」

「……わかってるなら言わないでよ」

「美咲が男子のこと好きになるなんて初めて見たし、それが今まで周りにいたのと全然違うタイプの人間だったからね。美咲の友達としては言いたくなるでしょ」


 そう言うと、梓は俯いているあたしの隣に座り直した。


「まぁ、私は美咲のいう鈴木が本当なら、全然大丈夫だと思うけどね。美咲が今までどんなことしてきたからって、気にするような人じゃないんでしょ?」

「……それはそうだけど。気にするのは鈴木の方じゃなくてあたしで」

「でも鈴木のそばから離れたくないんでしょ?」


 梓にそう言われて、あたしはおずおずと頷いた。

 ユートのそばから離れたくない。あの安心できる空間から自ら離れるなんてできっこない。

 あたしが寄りかかっても揺らがない大木がある。その大木の足元には底なし沼があって、あたしはもうどっぷり浸かってしまっている。

 今更、あたしにはどうにもできなかった。


「……んー……はぁ……」


 あたしの頷きに、梓は何か若干考え込んだようだったけど、すぐに口を開いた。


「まぁ、いっか。今こんなこと言ってるけど、どうせそのうち我慢できなくなるだけだし。自分の気持ちがコントロールできる間にどうにかしとくんだったって後悔しても知らないからね?」


 梓の言葉に「なにそれ。言ってること意味わかんないし。そんなことなるわけないじゃん」なんて返したけど、その声が自分で思ったよりも弱々しい声で。

 あたしのどうしようもない部分を見透かされたような気がして、あたしはどうしようもない気分になって、話題を変えるように声を上げた。


「ねぇ梓、あたしにセフレがいるってことにしてくれない? 鈴木と一緒にいる時だけさ」

「いきなり言ってること意味わかんなさすぎてウケる」

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