EX.あたしの彼氏は文学青年
EX.あたしの彼氏は文学青年1
EXから一話分の文字数を少なくします。
あたしがユートと初めて会話をしたのは、大多数の人が寝苦しく感じるような熱帯夜の日だった。
その日、あたしはそれまで付き合っていた彼氏に振られて、ママと喧嘩して転がり込んでいた友達の家からも「そろそろ限界」と追い出され、どうしようもなくなって実家の近所のコンビニで項垂れていた。
あたしは、ユートと出会うまでは空っぽの人間だった。
小さい頃からパパとママの仲が悪かった。パパとママは学生の頃にあたしを作ってしまって、パパは責任を取る形でママと結婚したけど、若くて遊び盛りだった時間を仕事に捧げなければいけなくなったことがとても不満だった。
ママはそんなパパのことが好きじゃなくて、ことあるごとに喧嘩をしていた。
二人の喧嘩はたいていあたしに関わることで、ママはあたしの味方になってくれることが多かったけど、パパはいつもあたしのことを疎ましそうに見ていたのを覚えている。「お前ができなければ――」なんて口に出されたこともあるけど、それを聞いたママがめちゃくちゃ怒ってそれでまた二人で喧嘩したりもして。
そんな二人を見て育ったあたしは、とにかく早く大人になって家を出たいと思っていた。
あたしが家からいなくなれば、二人は仲良くなれるかもしれない。
あたしが家からいなくなれば、家族として振舞えるかもしれない。
そんなことを思いながら、同時にあたしはあたし自身が二人が喧嘩している場面を見たくなくて、とにかく早く大人になって家を出たいとばっかり思っていた。
それでも、子供だったあたしはどうやったら早く大人になれるかなんて全くわからなくて、それで、周りの子がやっていないことをすれば大人になれると思って、その時周りの子がほとんど経験がなかったセックスをするようになった。
中高生がセックスの経験がないなんて今考えれば割と当然のことで、そんなことをしたところで大人になんてなれるわけないなんて言うのは今ならわかるけど、その当時のあたしはセックスをすることが大人に近づくことなんだなと感じてしまっていて。
だから、男子からの告白は基本断ることなく付き合って、セックスをした。町で声をかけられればノコノコ着いて行って。ナンパされるなんて大人に近づいたのかな? なんてバカなことまで考えて。
セックスは好きじゃなかったけど、好きじゃないことを我慢してやるのも大人に近づくための手段だって思ってた。
見た目も派手になっていって、いわゆるギャルみたいな恰好をして、夜遅くまで遊び歩くことも増えて。
そんな生活をしていれば、ママに怒られるなんて当たり前のことだった。
バカなあたしは「ママとパパのために早く大人になりたくてやってるのに何で怒られなきゃいけないの!」なんて思いで反発して、そんなあたしの態度で「お前の育て方が悪かったから!」「子育てなんかしなかったくせに!」って二人の喧嘩が加速していって。
高校二年生の時、とうとう二人は離婚してしまった。
二人が離婚したとき、あたしは自分が思ってたよりもめちゃくちゃショックを受けていた。
いっつも喧嘩してたから離婚するかもしれないってことは頭ではわかっていたけど、でもこれまでなんだかんだ一緒にいたんだから別れるわけないなんて根拠もなく思ってて。
それで、あたしが大人になって家出ていったらまた二人仲良くなれるんじゃないかって。
でも、実際はそんなことなくて、二人はあっさり離婚してしまって、パパは家を出て行ってあたしとママだけが残ったんだ。
あたしは二人が離婚したショックを誤魔化すように、それまで以上に遊び歩いた。半ば「セックスの相手」くらいにしか思っていなかった彼氏のことをちゃんと好きになろうと努力した。努力をしている間はつらいことを忘れられると思った。
それまでもママからは怒られていたのに、それ以上に遊び歩いてたら当然ママからはもっと怒られるようになった。なんだかんだと働いてお金を家に入れてくれていたパパもいなくなって、ママもこれからのことについて不安に思ってた部分もあって。
それで、ママの怒り方もどんどんヒートアップしていって、あたしが家に帰ってる日は毎晩のように言い合いをしていた。
あたしはバカだから、ホントはママがあたしのために怒ってくれてるってわかってたんだけど、それでも毎晩のように言い争うことに耐えられなくなって、自分の着替えとか学校の持ち物とかをバッグに詰め込んで家を飛び出した。
泣いて友達の家に転がり込んで泊めてもらって、ママからの連絡を全部無視して。しばらくしたらママからの連絡がなくなって、ホッとしたのと同時に見捨てられた! だなんて自分勝手に思ったりもした。後から知ったんだけど、友達のお母さんがあたしのことママに連絡してくれてたみたいで、それでママはあたしがどこにいてどんなことしてるか知ってたらしいんだけど、当時のあたしはそんなこと知らなかったから「ママもあたしがいなくなってせいせいしたんだ」と思って泣いたりもした。
そうこうしてたら、好きになろうと努力してた彼氏に「ほかに彼女ができた」ってあっさり別れを告げられてしまった。
それまでの彼氏と別れるときは、そもそも相手のことに対して興味がなくて好きでも嫌いでもなかったから何とも思わなかったんだけど、その時の彼氏のことはさっきも言った通り好きになろうとしてる最中だったし、ママの件もあってめちゃくちゃショックだった。
もう一週間くらい転がり込んでた友達の家も、流石に「一度家に帰った方がいい」って言われて追い出されてしまって、でもそんなこと言われたからって素直に家に帰る気にもならなくて、彼氏にも振られてショックで、ふらふらと歩いてたどり着いた近所のコンビニの前で座り込んでしまったのだ。
ママとも上手くいかなくて、彼氏にもあっさり振られて、友達の家も追い出されて、その時のあたしにはなんにもなかった。実際にはそんなことないんだけど、自分にとってつらい出来事が重なって、誰も彼もがあたしのこといらないって言ってるみたいに感じて、この世のどこにも自分の居場所なんてないんだって思い込んで。
にっちもさっちもいかなくなって、本当にもう何も考えたくなくなって項垂れていた時に、あたしは出会ったんだ。
「こんばんは。こんな時間にこんなところでどうしたの?」
それまでのあたしの人生で一度も聞いたことがないような声音だった。
人をダメにするクッションみたいに優しく包み込んでくれるような声で、あたしの心をドロドロに溶かしてしまうような温かさだった。
顔を上げて声のした方に顔を向けると、ビニール袋を手に提げて、少し困ったような、でもふわりと優しさが溶け出しているような微かな微笑みをした、あたしと同い年くらいの男の子が立っていた。
それが、あたしが鈴木悠斗――ユートに初めて声をかけられた瞬間だった。
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