EX.あたしの彼氏は文学青年4

 高校三年生になっても、あたしは相変わらず週一でユートの家にお邪魔していた。三年生に上がってユートとクラスが別れてしまい、めちゃくちゃがっかりしたのを覚えている。クラスではユートと会話なんてほとんどしないクセに、同じ空間にはいたいだなんてなにを言ってるんだって感じだけど。


 学校でユートと一緒の空間にいる時間がほとんどなくなって、その時間分を学校外で埋めるようにあたしはユートの家への滞在時間が長くなっていた。


 その日もあたしはユートの家に行っていて、いつものように二人で静かな時間を過ごしていた。


 二年生の時はユートのお母さん――サラさん(名前で呼べって言われた)が仕事から帰ってくるかこないかくらいの夕方の時間には帰ってたんだけど、三年生になってからは夜暗くなるくらいの時間までいるのも珍しくなくなってて。

 そんなんだから、あたしがユートの家から出る時間になるとサラさんが家にいるのも当たり前みたいになってた。


 サラさんはなんだか不思議な人だった。

 なんか別にニコニコしてるとか、微笑んでくれるだとかそんなんじゃないんだけど、何故だか暖かい雰囲気が漏れ出てて、そばにいるとちょっと安心する感じがする。こう言ったらなんだけど、まさにユートのお母さんだなって思わせるものがあって、あたしはサラさんに会うのも好きだった。


 初めて会った時は「悠斗の彼女?」なんて聞かれたりもしたけど、あたしは必死になって友達だと主張したっけ。今なら……うん。胸を張って彼女ですって言えるけど、当時はユートのこと好きにならないように、友達のままでいるようにって必死だったから。


 それで、三年生になってから帰りがどんどん遅くなっていって、それまでにもサラさんには何度か夕飯に誘われてたんだけど、居座るだけ居座って何も返せてないのに夕飯までご馳走になるのは流石に気が引けて、あたしはせっかく誘ってくれたのにと心苦しく思いながら断っていた。


 でもその日は夕飯を食べて行かないかっていう誘いじゃなくて、一緒に夕飯を作ってみない? という誘いを受けたのだ。


「でもあたし、そんなにまともに料理作ったことないですし……」

「最初は誰でもそうなんだから、そんなこと気にしなくていいのよ?」


 咄嗟に出た呟き。

 いつもの夕飯のお誘いなら断ってたんだろうけど、思いがけないお誘いで思わず出た言葉だった。


「大丈夫よ。葵さんには私から伝えとくから。ね? 今日は一緒にご飯作ってみましょ?」


 葵っていうのはあたしのママの名前だ。ママに連絡を入れておくっていうのはサラさんの厚意なのはわかる。

 ていうか、サラさんとママっていつの間に連絡先交換してたの? あたしママからなにも聞いてないんだけど?


 なんてサラさんとママの繋がりに驚いている間に、あたしは台所まで連れて行かれてしまった。


「あ、あの……」

「はーい、美咲ちゃんのエプロンはこれね?」


 押しが強いな!?





 

 それからあれよあれよという間に一緒に料理を作っていった。と言っても一から作り始めたのではなく、あたしがユートと過ごしている間にある程度の下準備はしていたみたいで、あたしがしたのは最後の仕上げとか、盛り付けとか、そんな感じのことだ。


 ご飯をダイニングのテーブルに並び終えたところで、サラさんがユートを呼んだ。あたしは結局ユートの家で一緒にご飯を食べることになった。


 あたしが作った料理がテーブルに並んでいる。作ったって言ってもほとんどはサラさんが準備してたんだけど、それでもこんなまともな料理を作ったのは調理実習以来で、誰かに食べてもらうなんていうのも経験がない。

 そんなあたしの料理をユートが食べるなんて……。


 あたしはあたしが料理を作ったってことがユートに知られるのが恥ずかしくて、不味いって言われるのが怖くて、サラさんにあたしが手伝ったってことはユートに黙っててほしいって伝えた。

 サラさんは「わかったわ」なんて言って、なにをわかったのかちょっとニヤニヤしていて不安だったけど、ユートにあたしが手伝ったことを言ったりはしなかった。


「あれ、佐藤さんまだいたんだ。母さんにでも捕まった?」


 なんてユートに言われて、あたしはとうとうあたしの作った料理の前にユートが現れた緊張で「夕飯一緒にどうかなって誘われて」って返すので精一杯だった。


 それからあたしたちは三人で食卓を囲んだ。ちなみにユートのお父さんは仕事でもっと遅く帰ってくるらしい。


 席に座って「いただきます」の挨拶をした後、ユートがあたしが作った料理を口に運ぶ。

 あたしは自分が食べるのなんてそっちのけで、料理を食べるユートの様子を伺うのでいっぱいいっぱいだった。


「今日のご飯なんか美味しいね」


 そう言ってちょっと笑ったユートを見て。

 その日、あたしは家に帰るまで自分がなにを言ったのか全く覚えてなかった。






 それからの話をすると、あたしはユートの家に行くとちょくちょくサラさんに料理を教わっていた。

 最初こそサラさんに押されて始めた料理だったけど、二回目からはあたしから積極的に習いに行ってたと思う。


 ユートのこと好きにならないようにとか言って彼氏作ってるのに、彼氏とはセックスなんてもとよりキスすらせずにちょっと手を繋ぐくらいしかしなくて、その裏でユートに甘えているあたしみたいな女には、心の底で好きになっている男の子に作ったご飯を「美味しいね」なんて言われて我慢なんてできるはずなかったのだ。


 あたしは料理を作ることにハマっていって、今ではユートに「美咲の作る料理は全部おいしいね」なんて言われるくらいの腕前になってしまった。当たり前だ。あたしの料理の味付けは全部サラさん仕込みで、それはユートが小さい頃から食べて育った味だからだ。


 ……その当時のあたしだってわかってた。告白してきて付き合ってる彼氏がいるのに、セックスとかキスとかは当然してないけど、それでも明らかに彼氏より優先してる男がいるなんて、酷いことしてるっていうのはわかってたのだ。


 肉体関係があるわけでも、隠れて付き合ってるわけでもない。彼氏がいる間は浮気相手になりたくないって言ってるユートに触れたことだってない。

 浮気をしてるわけじゃない。でもそれはあたしから見た時の話だから、彼氏側からしたらそんなの関係ない。


 だからあたしは彼氏があたしを振るときに「クソビッチ」とか「浮気女とかあり得ねー」とか、「他の男しか見てないくせになんで付き合ったの?」なんて言われて、直球で「死ね!」って言われたこともある。あたしはいろいろ罵声を浴びせられても特になにも言い返さなかった。だって側から見たら言われてることは間違ってなくて、あたしはそれに言い返す資格がないからだ。


 でも、ひどいこと言われたら傷つくのだって本当だ。あたしの心は罵声を浴びても大丈夫なほど強くない。そうやって傷ついて、またユートのところに行って、心を癒して、また彼氏を作って、傷ついて……その繰り返し。


 矛盾の塊だ。綺麗なところなんて一つもない。「鈴木のこと好きなんかじゃない」なんて言ってることも嘘ばっかりだ。

 うず高く降り積もっていくユートへの「好き」という気持ちだけが、あたしの中で唯一本物だった。


 そんなあたしのことを梓はよく見てくれてて、うるさく言わないって言ってた通りあーしろこーしろとかは言ってこなかったけど、あたしが落ち込んでる時は遊びに連れ出してくれた。


 こんなめんどくさいやつ見捨てずに付き合ってくれて、梓には感謝の気持ちでいっぱいだ。

 あたしの高校三年生は、そうやって過ぎていったのだ。


 ちなみに大学進学でユートと離れたくなかったあたしは、サラさんに料理の練習中にユートの住む予定の場所をこっそり聞いていた。ユートの志望大学は知っていたので、黙って同じところを受験して合格ももらっていた。


 ママはあたしがユートと同じところを受験して、住むところも勝手に決めてきたこととかにはなにも言うことはなかった。学費とか、一人暮らし代とか、あたしは大学入ったらめちゃくちゃバイトしてどうにかしようと思ってたんだけど、ママはパパからの養育費があるし、ママも働いてるから気にしなくていいって言ってくれた。


 後から知ったんだけど、あたしの住むところに関してはサラさんからこっそりママに連絡があって、ユートの住むところの近所だって知っててなにも言わなかったらしい。


 そういうことは知ってたんだったら言って欲しかったな!!

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