EX.藤梓は見せつけられた

「ここがあんたと鈴木の愛の巣ね」


 とある休日の午後。

 私は美咲に呼ばれて美咲の家に来ていた。

 いや、正確に言うと鈴木の家なんだけど、美咲も一緒に住んでいるから美咲の家と表現しただけで。


「愛の巣って、言い方おかしくない?」


 私の横で美咲がそんな声を上げているけど、私はそれを無視した。

 健全な大学生の男女二人が一緒に住んでいる場所なんて愛の巣で十分だ。


 私がこの家に来た理由に深い意味なんてない。

 ただ美咲が私を呼んだから来ただけだ。

 まぁ友達の家に行くのに理由なんて別にいらないでしょ。


 私も高校を卒業して美咲たちと同じ町に移り住んでいた。流石に美咲みたいに鈴木の家の近所に狙って家を借りるみたいなことはしてないし、そもそも同じ学校でもないから家はそれなりに離れてはいるけど、それでも電車で一駅くらいだから結構気軽にこれる距離だ。


「今日鈴木は? あんたが一緒にいないなんて珍しいじゃん」


 高校の時みたいに毎日美咲と一緒にいるわけじゃないから、美咲が普段の日常でどんな過ごし方をしてるかなんていうのは昔ほど詳しくはないけど、それでも美咲が鈴木とずっと一緒にいるというのはメッセージとか電話とかで聞いているから知っている。

 その美咲が家に私を呼んだのに、鈴木がいないなんて聞いてない。


「ちょっと用事があるって言ってお昼食べた後出かけちゃった」

「着いて行かなくてよかったわけ?」

「ユートだってたまには一人になりたいかもしれないじゃん?」

「――あんたホントに美咲?」

「あたし以外の何に見えるっていうのよ!?」


 なんて軽口を叩きながら玄関から上がって、小さなキッチンを通り過ぎて部屋に入る。

 大学生の二人暮らしなんて爛れて乱れまくってるから部屋なんて汚部屋になってるもんだと思ってたけど、全然そんなことはなかった。


「部屋意外と片付いてるのね」

「意外って何? あたしがちゃんと掃除してますから」


 大きな窓に、シングルサイズのベッド。部屋の中央にはローテーブルが置いてあって、隅っこに小さな化粧台が置かれていた。ベッドの反対側には結構な場所を占拠している本棚があって、その中は九割がた本で埋まっていた。

 それからパソコンラックにノートパソコンが置いてあって、小さなテレビも置いてある。ベッドの頭と壁の間にちょっとした隙間があって、そこにはボストンバッグのようなものがドコドコと積まれていた。


「……なんか鈴木の部屋に無理やりあんたの私物ねじ込んだって感じね」

「実際そうだし。お風呂とか洗面所とかそんな感じ。完全にあたしのスペースになってるのってキッチンくらいかな」


 美咲がベッドに座りながらそんなことを言っている。

 あたしは適当にテーブルの近くに座って姿勢を崩した。


「そういや美咲って料理してるんだったわね。毎日してんの? ってか掃除もしてるって、もしかして洗濯とかの家事全般美咲がやってたりすんの?」


 あたしの問いに美咲がベッドにごろんと転がりながら答える。


「そーだよー? 料理、洗濯、掃除、ぜーんぶあたしがやってます!」

「えぇ……鈴木ってそういうのやってくれないの?」


 鈴木はむしろ自分のことは自分でやってるってイメージだったけど。全部美咲にやってもらってるっていうのはなんか想像できない。

 そんな私の疑問に答えるように美咲は言葉を続けた。


「ユートはめっちゃやってくれようとしたよ? でもあたしが家に転がり込んだのにやってもらうなんて意味わかんないじゃん? だからユートは何もやんなくてもいいよって言ってあたしがやってんの」

「意味わかんなくはないと思うけど」

「それに、あたしがユートのお世話したいし。ユートのお世話すんのめっちゃ楽しいからさ」

「そっちが本音か!」


 「えー? そんなことないしー」なんて言いながら笑っている美咲。


「でもユートって何もしなくてもいいよって言ってるのに掃除手伝ってくれたり、買い物してきてくれたり、いろいろ手伝ってくれるんだよね」

「あー、うん。そっちの方が鈴木ってイメージに合ってるわ」


 美咲に全部家事をやってもらって、ベッドでふんぞり返っているような鈴木? 全く想像できないけど、あの涼しげな顔で買い物袋ぶら下げて家に帰ってくる鈴木は想像できたわ。


「ユートって優しいよねぇ」


 私と美咲はそんな風に二人でのんびりと過ごしていった。






 二人してネイルを弄ったり、美咲と鈴木の話を美咲から聞いたり、私の学校での話をしたり。途中美咲が作ったホットケーキを二人で食べたりしていると、時刻は夕方になっていた。

 そろそろ晩御飯をどうしようかな? なんてことを考える時間になって、玄関がガチャリと開く音がした。


「ただいまー」

「あ、ユートだ。おかえりー♡」


 突然の甘ったるい猫なで声。

 語尾にハートマークでも付いてそうな甘い声を出して、ベッドに寝転がっていた美咲が立ち上がって玄関に向かって行った。


 ――なにあの声!?


 え、なに? 美咲から出たの? 私と喋ってるときと全然違くない? もはや別人レベルじゃない? こわいこわい!


「ただいま美咲。――と、藤さん? 久しぶり」

「久しぶりね、鈴木」


 玄関から上がってきた鈴木と挨拶をする。

 私は鈴木の連絡先を知らないから、こうやって会うのは久しぶりだった。

 久しぶりに見た鈴木は、以前に会話したときと特に変わりなく、穏やかな雰囲気で美咲と接していた。


 その美咲は、部屋に入ってきた鈴木から荷物を受け取るとさっと片付ける。それから冷蔵庫からお茶を取り出して鈴木に手渡していた。その一連の動作に全く淀みがない。

 鈴木は鈴木でそれを当たり前のように受け入れて「ありがとう美咲」なんて言って微笑んでいた。それを見た美咲は顔を赤くして「どういたしまして」なんて言っている。


 君たち何? 新婚夫婦か何か?


「ユート疲れたでしょ? 晩御飯どうする? 梓もいるし、どっか食べに行く?」


 部屋に上がってきた鈴木はベッドを背もたれにして座ると、美咲から受け取ったお茶を飲んでいた。そんな鈴木の股の間に美咲が座ると、鈴木に背を預けるように上体を後ろに逸らして、晩御飯のことについて鈴木に尋ねていた。


 鈴木は鈴木で、そんな美咲のお腹に片腕を回すと軽く抱きしめるように力を入れて「うーん、どうしようか。藤さんはなにか希望ある?」なんて聞いてきた。


 え、君らその恰好のまま話進めるの? 美咲? 鈴木の腕抱きしめてるけど、私がいること忘れてない?

 なんなの? 君たちその距離感がスタンダードなの? いっつもそうなの? 私に見せつけてるとかじゃなくて?


「ねぇユート。あたしがご飯作ってもいいよ♡ ユートが昨日買ってきてくれた食材もあるし? ユートも疲れただろうしもう一回出かけるっていうのも嫌じゃない?」


 「梓は? どうする?」なんて聞いてくるけど、この数分の間に見せつけられた出来事でお腹いっぱいになった私は「もう君らの好きにして……」と力ない返事をしたのだった。






 その後美咲が作ったご飯を食べたんだけど。

 悔しいけど美味しくて、私はやけ食いみたいにいっぱい食べさせてもらった。

 そんな私を尻目に二人は甘々な雰囲気で晩御飯を楽しんでいた。


 はよ結婚しろ!

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