えくすとらすてーじ.二人の日常

EX.僕の彼女と初めての喧嘩

「ユートのバカ! おたんこなす!」


 そんな可愛らしい罵声を浴びせて、美咲はシャーとカーテンを閉めて奥に引っ込んでいった。

 美咲が僕に怒ったのは僕たちが出会ってから初めてで、逆に言うと僕が美咲を怒らせたのも初めてだった。

 でもこれは僕にとっても譲れないことだったから仕方ない。


「はぁ……」


 思わずため息をついてしまったけれども、これについて、僕は折れようとは思わなかった。いや、大学一年のあの日、美咲と改めて想いを伝えあったあの日以前なら或いは何も言わなかったのかもしれないけれど。

 僕の独占欲を伝えたあの日から、僕は僕のそういった気持ちを美咲に伝えることに躊躇がなかった。だから、この結果は必然だったのだ。


 僕たちは今、夏の水着を買いに来ていた。






 大学二年生になった今年、美咲は去年行けなかった海に行きたいと言い出した。

 美咲の「男に触れない」という問題はあれど、あれからカウンセリングに通っていたこともあり、ほんの少しづつだけれども改善の兆しを見せていた。

 去年は美咲が僕にそのことを伝えていなかったこともあって海に行きたいとは言えなかったらしく、僕も自分自身は海にさほど興味がないから行きたいなんて言わず、結局海が見えるカフェで過ごしたのが夏の海の思い出だったのだけれども、美咲が少しづつ良くなってきているのもあって、今年は海で思い出が作りたいと美咲が僕に伝えてきた。


 僕としては美咲のことが少し心配な気持ちはあれど、美咲が前向きに人がたくさんいるところに出かけたいというならば否やという気持ちはなく、それならばと本格的な夏が来る前に二人で水着を買いに出かけた。


「海楽しみだね♡」


 なんて可愛らしく、いつも通り腕を組んでくる美咲と連れたって大学近くのデパートに入って、特設された水着売り場に歩いて行く。


「水着と日焼け止めと、場所取りのシートとかも買わないとね。パラソルとかもあった方がいいかな?」

「あたしたち電車でしか移動できないし、パラソルは流石に邪魔じゃない?」

「それもそっか」


 なんて言いながらたどり着いた水着売り場は、まだ夏本番が少し遠いせいか人はまばらで、男の人の姿も見えなかったから美咲が安心して水着が選べそうだった。


「それじゃあたしは自分の水着選んでくるから。ユートはここで待ってて」

「一緒に選んだりしなくていいの?」


 僕を入り口付近で待たせようとする美咲に思わず尋ねた。こういう水着とかは美咲なら僕と一緒に選びそうだなと思ったりしたけれども、どうやら自分一人で選びたいらしい。


「ユートのは一緒に買いたいけど、あたしのはだーめ♡ でも買う前に試着して見せてあげるから楽しみにしてて!」


 どうやらそういうことらしい。

 僕にそんなことを告げた美咲は、さっそく女性ものの水着のコーナーまで一人で行ってしまった。

 僕の水着は一緒に買いたいということは、この時間僕が一人で水着を選ぶのはダメなんだろうな……。


 手持無沙汰になってしまった僕は、入り口から少し離れたところにあるベンチに座って、スマホでネット小説を読み始めた。さすがにこんな日に文庫本なんて持ち歩いてない。






 ある程度の時間がたって、僕がネット小説の一つを読み終わろうとしていたころ、美咲が入り口に戻ってきた。僕を見つけるとぱぁっと笑顔になるのが可愛い。


「ユート! 一緒に水着選びに行こう!」


 立ち上がった僕の腕を絡めとるように自分の胸に抱きながら、美咲が上機嫌に水着売り場に僕を連れて行った。


 男性用の水着なんていつの時代もそんなに変わり映えのしないもので、種類もそんなに置いていない。

 学校用の水着とか、いわゆるブーメランパンツとかも置いてあるけど、僕と美咲は無難に短パンタイプの藍色の落ち着いた水着を選んだ。こんなものは試着するまでもないので、買い物かごに放り込んで終わりだ。


 それから、美咲が選んだ水着を試着するということで、試着室に入っていった。

 僕と合流したときには既に選んだ水着を持っていたはずだけれど、頑なに僕に見せようとはしてくれなかったので、実際に着た姿だけ見せたいのだろう。


 美咲が試着室に入って少しした後、中から「ユート、カーテン開けて見ていいよ♡」なんて声が聞こえてきた。

 僕はなんだかんだ言って美咲の水着姿は結構楽しみにしていたので、若干ドキドキしながら試着室のカーテンに手をかけた。


 でも僕は忘れていたのだ。美咲は今でこそビッチギャルではなくなっているが、ビッチじゃないだけでそもそもがギャルで、ギャルというものはそれなりに肌を露出したがる生き物であると。

 美咲の普段の服装もそれなりに肌面積の多めの服装が多くて、それが美咲に似合っていてより一層元々の美咲の可愛さを引き立てていたから何も思っていなかったけれども、今選んでいるのは水着で。


 カーテンを開けた先にいた美咲は、大胆に肌を露出したいわゆるビキニタイプの水着を着ていた。


 シンプルな白色で、胸元にリボンがあしらってあって、腰はひもで縛って留めているようなタイプのもので。

 元々肌の白い美咲にとても映えていて、スタイルのいい美咲の体を周囲にこれでもかと見せつけるかのような水着に、思わず僕は言葉を失ってしまった。


「どうどう? めっちゃ似合ってるでしょ?」


 美咲は無邪気に僕に尋ねてくるけれども、僕はそれに答えることができなかった。


 もちろん水着はとても美咲に似合っている。美咲は自分の見た目のことを理解していて、そのことをしっかり頭にいれながら自分に似合う水着を選んだのだろう。だから、美咲が水着に負けることなんてないし、水着が美咲を殺してしまうこともない。

 正直に言ってめちゃくちゃ可愛かった。こんな可愛い子と海に行けるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろうな、なんて思ったりもした。


「似合ってるよ。似合ってるけど……」


 でも、そこで僕の中のとある気持ちが首をもたげた。むくむくと起き上がってきた。

 それはあの日美咲に告げたあの気持ちで。


「その水着は、やめてほしいかな」


 だから、僕は僕の「独占欲」に従って、美咲にそう告げていた。

 美咲の可愛さを見慣れている僕がこれだけ可愛いと思ってしまう今の美咲の姿を、海で他の男が見たらどう思うだろうか? 美咲に彼氏がいると知っても美咲に声をかけようとする奴がいたっておかしくない。


 これは僕が美咲のことが好きすぎてそう思ってしまうバカップルだとか、そういう話ではないのだ。実際客観的に見て美咲は十分可愛いし、高校の時は学年でも指折りの美少女だったのが、今では学内でも噂に上がる美女に成長している。

 その美咲が、自分の魅力を十分に引き立てつつ大胆に肌を露出しているのだ。


 美咲のことを何も知らない男がちょっかいをかけないなんて考えづらいし、そもそも姿

 いや、まぁ、結局本当の理由はそこなのだ。


 僕は美咲の奇麗な肌を他人に見せたくないだけなのだ。

 普段の服装もそれなりに肌を見せるような服装だけれども、それでも所詮は服だから、露出だってそこまで気にするほどではない。

 けれども、この水着はダメだ。大事なところ以外すべて見えてしまっている。ビキニなんだから当たり前なのだけれども。


「えー! なんで!? めっちゃ可愛いじゃん! 何が不満なの!?」


 当然そんな僕の想いなんて知らない美咲は、せっかく選んだ水着を否定されてご立腹だ。


「不満なんてない。すごい似合ってるよ。似合いすぎてる。だからダメ」

「何それ。意味わかんないんですけど!」


 僕の言葉に美咲は不満たらたらで、僕を半目になって睨みつけている。怒っているぞアピールみたいで可愛いけれど、僕はこれに関して折れるつもりはなかった。


「ユートに見てもらいたいなーって思って頑張って選んだんだよ? なんでダメなの?」

「今の美咲を他の男に見せたくないから」

「……え?」


 僕が告げた言葉に、美咲が一瞬フリーズする。

 僕としてはこんな気持ちを美咲に告げるのはあまり気持ちのいいものではないけれど、だからと言って理由も告げずに否定だけするのはもっといただけないのはわかるので、この独占欲を告げるのに躊躇はなかった。


「すごい似合ってるよ。今の美咲はとても可愛い……うん。だから、僕以外の男に美咲を見てほしくない。だからダメ」


 僕がそう言うと、美咲は顔を真っ赤にして叫んだ。


「ユートのバカ! おたんこなす!」


 そんな可愛らしい罵声を浴びせて、美咲はシャーとカーテンを閉めて奥に引っ込んだ。


「はぁ……」


 美咲を怒らせてしまったけれど、これに関して僕は折れるつもりはなかった。






 それから美咲は「ユートはどっか行ってて!」と試着室の中から告げてきたので、おとなしくそれに従ってまた入り口のベンチに戻った。

 しばらくネット小説を読んでいると、美咲が袋を手に戻ってきたので、水着を買ってきたのだろう。


「ん!」


 美咲はその場で袋から買ったであろう水着を取り出して僕に見せてくる。それは黒のワンピースタイプで、片方の肩が露出して、逆の肩から胸のところにフリルがあしらってあるセクシーさと可愛らしさを合わせたような水着だった。

 来ているところを見てはいないけれど、それでも美咲に似合うだろうことは容易に想像できて、肌の露出面積もだいぶ減って、僕は特に言うことはなかった。


「可愛い水着だね」


 だから思ったことをそのまま伝えて、僕たちはそのまま家に帰った。

 水着を買ってきた美咲はその時点ですでに怒ってはいなかったけれど、僕は帰りの道中「ごめんね、僕のわがままだった」と謝罪をした。

 折れるつもりがなかったとはいえ、美咲を怒らせたのは事実だったから。


 けれども、美咲は「別にいいよ。ちょっと嬉しかったし」なんて言って笑っていた。

 ちなみに美咲は怒ってても拗ねてても、僕の腕は離さないらしいというのをこの日初めて知った。






「ねぇユート……水着似合ってるって言ってくれたよね……♡」


 その日の夜。

 お風呂上りに僕がダメって言った水着を着た美咲が、僕に迫ってきた。

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