EX.あたしの彼氏と恋する少年3

「はぁ……」


 丹羽君の言葉に、ユートは困惑したような顔で息を吐いた。


 ユートの困惑はなんとなくわかる。わかるけど……そっかそっかぁ。丹羽君は里香ちゃんと恋人になりたいのかぁ。

 好きな人とは恋人になりたいよね! イチャイチャしたいよね! わかるわかる!


 あたしもユートとイチャイチャしたいもん!


「何か勘違してるようだけど、僕は別になにか恋愛のテクニックみたいなものを使って美咲と仲良くなったわけじゃないよ。僕はただ美咲の話を聞いただけで、あとは美咲が僕の方に寄ってきてくれたんだ」

「話を聞く……」


 丹羽君はユートの話に真剣に頷いている。


 そうなんだよね。ユートってばホントにあたしの話をよく聞いてくれるの。高校の時からずっとそう。それで、何を話しても受け入れてくれて、優しくしてくれて……だから、あたしはついついユートに甘えてしまうのだ。

 ユートの生活のお世話は今あたしがしてるかもしれないけど、心のお世話はユートにお世話になりっぱなしだ。


 男の人に触れないの然り、あたしが弱かったせいで「他の男とセックスしてきた」なんてしょうもない嘘ついた時だって、ユートは怒らずに話を聞いてくれた。

 ……あ、でもセックスしてきたって報告したときはその後激しかったから、ちょっとは怒ってたのかも。


 強引なユートも男らしくて超カッコイイんだけどね!


「沢渡さんって結構おしゃべりが好きでしょ? 塾でも勉強そっちのけで喋ろうとするときあるし。だから、丹羽君は沢渡さんの話をじっくり聞いてあげたらいいんじゃない? 話、聞いてあげてる?」

「あー……思い返したらあんまり、聞いてあげられてなかった、かも……。里香の前だと何とかして楽しんでもらいたくて、いっつも何か必死になって喋っちゃってたというか……。里香より俺の方が喋ってたかも」

「丹羽君と沢渡さんの普段の関係がどんなのかは僕は知らないけど、一回沢渡さんの話をじっくり聞いてあげる時間を作ってみるのもいいかもね」


 なんだかんだアドバイスをするユートに、それを真剣に受け止める丹羽君。

 年下の男の子に穏やかな口調で話しかけるユートを見ていると、ユートが将来先生になったときはこんな感じなのかなーというのを想像させた。


 スーツを着て、眼鏡をして、チョークを持って、教卓に教科書と授業計画を書いたノートを広げて。

 穏やかな口調で授業をして、生徒からの質問に丁寧に答える。ちょっと冷たく見える風貌とは逆に、穏やかな受け答えをする若い男の教師。


 あーダメダメ! そんなの人気になるに決まってる! ユートに恋する女子生徒が誕生しちゃう! だってあたしだったら教師姿のユートなんて見たら抑えられないもん!


「――美咲? どうしたの?」

「へ?」


 教師姿のユートを思い浮かべていたあたしの目の前に、いつの間にかユートの顔があった。妄想の中のユートは見たこともない女子生徒に穏やかに微笑みかけていたけど、今目の前にいるユートの顔は不思議そうにあたしを覗き込んでいた。


「何か考え事?」

「いや、全然! 何でもないの! うん、ホントになんでもない! そ、それで何かな!?」


 怪訝そうな表情で首を傾けるユート。あたしが誤魔化したのが不思議なんだろう。あの日以来あたしは何でもユートに話すし、ユートもあたしに話してきた。

 ごめんユート! でも流石にユートの教師姿妄想して、存在しない女子生徒に嫉妬してたなんて流石のあたしでも言えない!


「うーん……まあ深刻なことじゃなさそうだしいいか。美咲、僕と丹羽君の話聞いてた?」

「里香ちゃんの話いっぱい聞いてあげるって話だよね!?」

「そうそう、それ。美咲はどう思う? ってことが聞きたかったんだけど……」

「佐藤さん、何かアドバイスがあるなら教えてください!」


 ほっ……なんとか話題が逸れた。

 それにしても、話を聞いてあげるってことについてかぁ。


 まあ確かに里香ちゃんはお喋り好きだし、話を聞いてあげるっていうのはいいかもしれない。丹羽君は幼馴染って言ってたけど、里香ちゃんからは丹羽君のこと友達としか聞いてなかったし、この二人の心の距離感がちょっと離れてる気もするしねー。


「んー……お話を聞いてあげるってことには賛成かなー。ユートも言ってたけど里香ちゃんお喋りだし。まあでも大事なのはさ」


 あたしはそこで一旦言葉を区切る。


「やっぱり、素直な気持ちを伝えることじゃないかな? お話を聞いてあげることも大事だけど、好きって気持ちは言葉にしないと伝わんないし、ね?」


 高校時代、あたしの勝手な思いでユートへの気持ちに蓋をしようとした。大学生になって、ユートと付き合うようになっても、それでもあたしはあたしの勝手な思いでユートに迷惑をかけた。

 ユートがあたしのことを受け入れてくれたから何とかなったけど、あたしのしてたことは別れを告げられたって文句は言えなかったと思う。「他の男とセックスしてきた」とか言われて心穏やかにいられる人なんていないだろうし。


 だから、やっぱり素直な気持ちを伝えるっていうのはとっても大事なことなんだと思う。あたしもユートもお互いに思っていたことを伝えあったからこそ今があるわけだし。


「そ、そうですね……やっぱり、そうですよね。遠回りにやったって、自分の心へのダメージは少ないかもしれないけど、それで自分の望むようにはならないですよね……」

「そこまでは言わないけど。……まあでも、今すぐは無理でも自分の気持ちは素直に伝えた方がいいと思うよ。あたしが言えるのはそれだけ」


 丹羽君にそう伝えて、「ね? ユート」とユートに微笑みかける。ユートはあたしの目を見て微笑み返してくれた。


「わかりました。頑張ってみます!」


 丹羽君はあたしとユートの話に納得したのか、どこか決意した顔つきになって「ありがとうございました!」と部屋を後にした。


「丹羽君、上手くいくといいね」


 あたしはユートに後ろから抱き着きつく。流石に丹羽君がいるときはユートとくっつくのを自重したけど、いなくなったのならもう遠慮する必要ないし。


「そうだね」

「んー……でも、高校生って初々しいね」

「僕と美咲はあんな時期なかったし、余計にそう見えるね」

「ユートは出会った時から枯れたおじいちゃんみたいだったからなぁ……」


 あたしがそんなことを言うと、ユートがあたしの腕の中でくるっと身を回転させて、あたしと向き合う形になる。そしてそのままベッドに押し倒された。


「枯れたおじいちゃんかどうか、試してみる?」

「ちょっと、ユート……それはずるいよぉ♡」






 それから数日。

 里香ちゃんと丹羽君がどうなったのか。


『恭介とツーショ!』


 里香ちゃんから送られてきたメッセージで、その顛末を悟ったのだった。

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