EX.あたしの彼氏と恋する少年2

「ああああ! すいません! 見捨てないでぇ!」


 ドアの外から聞こえるそんな悲痛な叫びに、ユートはとりあえずドアを開けた。

 ドアの外には若干涙目になりながら手を合わせてこちらを拝んでいるような恰好をした男の子が立っていた。


 ワックスでちょっとツンツンにした黒い髪の毛に、白いシャツと黒っぽいデニムのシンプルな服装。両耳にリングのピアスが付けられていて、拝んでいる右手にはシルバーのリングがはめられていた。


 見た目だけなら女の子にモテそうで遊んでそうな子だな、というのがあたしの第一印象だった。ユートとは全然違うイメージの男の子。


「……とりあえず入りなよ。外で大きな声出してたら近所迷惑だし」

「はい! ありがとうございます!」


 丹羽君がいそいそと玄関に入ってくる。元々一人暮らし用の部屋で玄関は狭いから、三人も入っていたらぎゅうぎゅうだ。


 ユートはあたしが丹羽君に触れることが無いように丹羽君とあたしの間に立ってくれていた。


「お茶用意しとくね」

「ありがとう、美咲」


 あたしはユートに告げると、二人から離れて冷蔵庫に向かう。冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して、お盆にコップと一緒に乗せて部屋のテーブルまで運んだ。


「今日はお時間いただいてありがとうございます!」

「まあ暇だったからね。でもいきなり意味わかんないこと大きな声で言うのはやめて欲しいかな」

「すんません! 以後気を付けます!」


 あたしがお茶をコップに注ぎ終わる頃に二人が部屋に入ってきた。

 あたしは二人の邪魔にならないように自分のコップだけを持ってベッドの上に移動する。


 普段はユートの膝の間に挟まってるあたしだけど、流石に来客中は自重する。梓? 梓は客じゃないから。


「ほら、そこ座りなよ。美咲がお茶入れてくれてるから。ここに来るまで暑かったでしょ?」

「あ、すいません。ありがたくいただきます!」

「どうぞー」


 さて。里香ちゃんからの頼みでここに呼んだ丹羽君だけど、ユートにどんな風に尋ねるのやら。というかあたしとユートのことなんて聞いてどうするつもりなんだろ? ただの興味ってわけでもないだろうに。それだけだったら里香ちゃんから話を聞いて終わりだろうし。


 ユートと丹羽君はお茶を手に取り口に運ぶ。ユートは一口だけ飲んで、丹羽君は一気に全部飲み干した。


 外暑いしめちゃくちゃ喉乾いてたんだろうなぁ。


「もう一杯いる?」


 あたしが尋ねると「いいんですか? お願いします!」と元気よく返事が返ってきた。とはいってもさっきユートに大きな声のことを言われたからか、声量は控えめだ。


「はーい。ちょっと待っててね」


 あたしはユートから丹羽君が使ったコップを受け取るともう一度冷蔵庫のところに歩いて行く。お茶を注いで、部屋に戻ってユートに渡す。


 お茶をユートに渡したあたしはもう一度さっきのベッドに戻った。


 ユートから受け取ったお茶を丹羽君は半分くらいまで一気に飲んだ。今度は流石に一気に全部ってわけじゃなかったけど、それでも半分減ったことに外の暑さが感じられた。


「ありがとうございます。外めちゃくちゃ暑くて……溶けるかと思いました」

「そんな暑いのによくうちまで来たね」

「俺がお願いしてる立場なんで呼ばれたところに行くのは当たり前じゃないですか」


 まぁそれはそうかも。あたしもユートに呼ばれたら暑かろうと寒かろうと向かっちゃうし。……いや、これはまた違う話か。


「ふぅん……それで丹羽君? でいいの? 僕に聞きたいことがあるって聞いたんだけど、どんな話が聞きたいのかな?」


 ユートのそんな質問に、丹羽君はハッとなると慌てて姿勢を正した。


「あ、自己紹介もせずにすみません! 俺は丹羽恭介って言います。この間十八歳になりました! 里香……沢渡里香と同じ学校に通ってる高三で、里香とは幼馴染です! 好きなものはラーメンとゲーム。よろしくお願いします!」

「あ、うん。よろしく。僕は鈴木悠斗。大学二年生で、沢渡さんの通ってる塾でアルバイトをしてるよ」

「あたしは佐藤美咲。ユートの彼女で、里香ちゃんとは友達やってます! よろしくね?」


 今更ながらお互いに自己紹介。女の子同士なら握手の一つでもしてたところだけど、丹羽君は男の子だからこのベッドの上からの距離感でちょうどいい感じ。あたし的にはだけど。


 ていうか丹羽君って里香ちゃんの幼馴染なんだ。里香ちゃんは友達としか言ってなかったから全然頭になかったなぁそんなの。


 いいなぁ幼馴染。あたしもユートと幼馴染だったらよかったなぁ。

 小さい頃からずっと一緒にユートといられるとか最高じゃん。幼稚園、小学校、中学校ってユートと過ごせてたらどれだけ思い出が溜まってたことか。


 前にユートの実家の部屋で見たアルバムの、小さい頃のユートがあたしに笑いかける。手を引っ張って遠足や運動会なんかを一緒に過ごす。

 内緒で秘密基地とか作ったり、下校途中でこっそり駄菓子屋によってお菓子を買ったり。

 小さいユートはそれはもう可愛くて天使みたいに微笑むんだ。


 中学生くらいの初々しいユートもいいなぁ……。一緒に初めて制服を着たりなんかして、お互い幼馴染の距離感で照れ合ったり、逆に悪態をつき合ったりとか。

 ……いいなぁ、幼馴染ユート概念。実家結構近かったからもしかしたらワンチャンあったかもしれないって思うと悔しいなぁ……!


「それで、鈴木さんに聞きたい事なんですけど」


 なんてあたしが存在しないユートとの幼馴染ライフに思いを馳せていると、丹羽君が話を進めていた。


「うん。何かな?」


 ユートが聞く体制を整える。こうやって自分の話を穏やかに受け止めてくれるって確信を持たせてくれるユートの姿勢があたしは好きだ。なんでも話したくなってしまう。


 そんなユートに、丹羽君は意を決したように話し始めた。


「さっき俺と里香が幼馴染だって言ったんですけど……俺は里香と幼馴染じゃなくて、恋人になりたいんです! だから、って言ったらあれですけど、全然タイプが違うのにお付き合いしてるお二人――特に同じ男の鈴木さんから話を聞いてみたいなって思いまして。恋愛の秘訣とか、ギャルと付き合えるようになるコツとか! よろしくお願いします!」

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