EX.あたしの彼氏と恋する少年1

「鈴木さん! いや敢えて師匠と呼ばせてください! どうかこの俺に師匠の恋愛術を伝授してください!」

「迷惑だから帰って」


 頭を下げた少年を置き去りにして、バタンと音を立てて閉じられる玄関ドア。ため息を吐くユート。笑いをこらえるあたし。


 とある夏の暑い日。真っ青に晴れ渡った空と、街中なのにどこからか聞こえてくる蝉の鳴き声。

 あたしとユートの家に、恋に悩める少年が訪ねてきていた。






 話はほんの少し時間を巻き戻る。


 あたしとユートは用事のない日は日中どこにも出かけず、部屋でくつろいで過ごす。ユートはもっぱらベッドに腰かけたり、ベッドを背もたれにしながら小説を読んで過ごして、あたしは家事をしたりユートの膝の間に収まってスマホを見たりして過ごしていた。


 部屋の中はクーラーをガンガンにきかせていてとっても涼しい。だからあたしがユートとくっついててもことさら暑いなんてことはない。遠慮なくくっつくことができるので、文明の利器には感謝しなきゃいけない。カンシャ! これは違うか……。


 なんてくだらないことを脳内で考えちゃうくらいには暇を持て余していたあたしのところに、スマホが一通のメッセージを受信した。


 スマホを確認すると、メッセージの送り主は里香ちゃん。ユートのバイト先の塾生で、最近仲良くなった高校生の女の子だ。あたしたちが通っている大学を志望しているらしく、ユートの授業を熱心に受けているらしい。


 あたしも個人的に里香ちゃんのことは気に入っていて、ちょこちょこ会っては受験のお手伝いをしてあげたりしている。


『あたしの友達が先生に会いたいって言ってるんだけど、大丈夫そうですか?』


 送られてきたメッセージはそんな内容だった。

 内容的にはあたし宛というよりはユートへ向けた内容だったんだけど、里香ちゃんはユートの連絡先を知らないからあたしに連絡してきたんだろう。


「ユート」

「なに?」


 ユートの名前を呼ぶ。小説に集中してるはずなのに間髪入れず返事が返ってきて、それが少し嬉しいと感じる。いまだにユートとのやり取りはあたしに幸せを運んできてくれる。


 でもその幸せに浸っているわけにはいかないから、あたしは里香ちゃんから送られてきたメッセージの内容を伝えた。


「それって今日の話? 今日なら暇だしいいけど、そもそも沢渡さんの友達って女の子じゃないの?」

「あ、ごめん。そこまで聞いてなかった。ちょっと里香ちゃんに聞いてみるね」


 ユートに聞かれたことをそのまま里香ちゃんに送信する。


 ちゃんと確認してからユートに言えばよかったなと思っていると、返信はすぐに帰ってきた。


『今日でもいつでも、先生の都合がいい日で大丈夫です。それと友達は女の子じゃなくて男の子です! 丹羽恭介にわきょうすけっていうクラスメイトなんですけど』

『ユートは会ってもいいって言ってるけど、そもそも何の用事? あと会うとしたらどこで会えばいいのかな?』

『何の用事かは教えてもらえなかったんでわかんないです、ごめんなさい。私が先生と美咲さんの話をしたら会いたい! って言われちゃって……。場所は先生たちの行けるところで大丈夫だそうです。伝えてくれれば丹羽君が向かうって言ってます!』


 そこまでメッセージのやり取りをしたところで、改めて内容をユートに伝える。


 何の用事かわからないってところでユートは苦笑いしていたけど、最後には「さっきも行ったけど暇だし、別にいいよ。場所は美咲が好きに決めて。どうせ一緒に来るでしょ?」と言ってくれた。


 そう言われてあたしはどこで会おうかを考える。外に出て近所のファミレスとか? でも外に出るのめっちゃ暑いしなぁ……。


「うーん……じゃあうちでいいかな? ダメ?」

「美咲がいいなら僕は別にいいよ。でもなんで? 美咲こそ嫌じゃないの?」

「あたしは別に。ユートが近くにいれば何も問題ないし♡ あ、でもここの住所里香ちゃんに教えちゃうのまずいかな? ユートのバイト先とかあるし」


 確か前に、ユートのバイト先の塾は塾の生徒と講師がメッセージのやり取りとかをしちゃダメだって言ってた気がするし。こういうのはやっぱダメなのかな?


 そう思ったあたしに対して、ユートは何でもない風に答えた。


「まあ別に僕が沢渡さんとやり取りしてるわけじゃないし、沢渡さんが僕たちの家に来るわけでもないし。そんなに問題じゃないんじゃないかな。それに――」


 そこでユートはあたしに向かってふっと微笑んだ。


「実は僕も外に出たくないと思ってたんだ。外暑いし。だから大丈夫だよ」

「ユート……」


 あたしを安心させるような声音に、あたしは嬉しくなって頭をユートの胸にぐりぐり押し付けた。


 それからあたしは里香ちゃんにここの住所を送った。里香ちゃんは『私だって行ったことないのに! 今度お邪魔させてくださいね!』なんて言いつつ、丹羽君に事の仔細を送ったみたいだった。


 それから念のため、あたしの方で丹羽君の連絡先を聞いておいた。丹羽君が迷子になってもいけないし、何の用事で来るかも事前に尋ねておきたかったし。里香ちゃんには教えなかったらしいけど、全然関係のないあたしの方が話しやすいかもしれないしね。


『初めまして。佐藤美咲です。今日はよろしくね、丹羽君』

『初めまして佐藤さん! 今日はよろしくお願いします!』

『あたしたちの家の場所はわかる?』

『沢渡さんから聞いたんでばっちりです! 大丈夫です!』

『よかった。ところでどうしてユートに会いたいの?』

『えっと……ちょっと聞きたいことがあるというか……アドバイスが欲しいというか……』

『それってどんなこと?』

『……こんなこと佐藤さん本人に言うのもどうかと思うんですけど、どうやって佐藤さんとお付き合い始めたのかとか、どうやって仲良くなったのか、とか……そういったことです』


 なんてメッセージをやり取りして。

 これはちょっと面白そうだな、なんて丹羽君には悪いけど内心思ったりして、ユートには「なんかユートに聞きたいことがあるんだって」ってことだけ伝えておいた。


 ユートは「ふぅん、そうなんだ」って感じであんまり興味なさそうというか、いつもと変わらない様子だった。


 それから時間が経って、うちのインターホンが鳴って。

 モニターで外に高校生くらいの男の子が立ってるのを確認してから、ユートが玄関に向かって行ってドアを開いた。


 そして――冒頭のやり取りが行われたのだった。

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