EX.僕とアルバイトとガーディアンエンジェル3
「み、美咲……?」
固まってしまった美咲の名前を呼ぶ。
呼んだところでどうにかなるわけではないけれど、呼ばないという選択肢も僕の中では思い浮かばなかった。
美咲は相変わらず固まっていて、そんな美咲を見て沢渡さんは何とも言えない表情になっていた。喜びたいけど、喜べない。そんな感じだ。
「――よし! 大丈夫!」
それまで固まっていた美咲が突然再起動して叫ぶ。叫んだ拍子に力が入ったのか、僕の腕を抱きしめる力が強くなった。
「――ね、里香ちゃん? わかってるよね?」
隣を歩く沢渡さんに笑顔で話しかける美咲。それはとてもにこやかで晴れ晴れとした表情なのに、言い知れない圧を感じる笑顔でもあった。街中で美咲をナンパしてくる男に向けるのと近しいものを感じる。
「も、もちろんわかってますよ! 先生は美咲さんの彼氏ですもんね! 別に私は何とも思ってないですよ!?」
「当然よね。ユートはあたしの、あ・た・し・の! 彼氏だし?」
美咲から感じる圧に、沢渡さんは即座に美咲の話に同調する。うん、まぁ……今の美咲は僕から見てもちょっと怖いし。
「そうですよね! いや、私もお似合いだなーって思ってたんですよ? 本当ですよ!?」
「うんうん、アリガトね、里香ちゃん。じゃ、さっきの視線はなんだったのかな?」
「ほ、ほら……好きな人の話とかデリケートな話ですし、男の先生がいると話しにくいなーって……」
「そっか。それじゃまた後で聞かせてもらおうかな? あ、連絡先交換しよーよ。いいよね?」
「あ、はい! スマホ出しますね!」
二人のやり取りが進んでいくのを、僕は傍で見ているだけだった。
どうやら二人で連絡先の交換をするらしいけれど、いいのだろうか? アルバイト先の塾の規定だと、講師と生徒は連絡先を交換してはいけないことになっているから、僕と沢渡さんが連絡先を交換することは無いのだけれど、美咲は塾の講師ではないし、規定も何もない。
まあ、別に悪いことに使うつもりも無いだろうし、どうだっていいか。
美咲の矛先が僕に向かなかったことに安堵して、僕はそんな益体もないことを考えていた。
「おっけー。これで交換できたね。じゃ、また連絡するから、その時はよろしくね!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
メッセージアプリでの友達登録が終わったらしく、美咲と沢渡さんはそんな約束を交わしていた。それから沢渡さんは「私はこっちなんで、これで失礼します! 先生、また塾の日に!」と挨拶を残して、足早に去って行った。
それから僕と美咲の二人は、しばらく無言で家路を歩いた。
僕は元来そんなに喋るのが得意な方ではないし、騒がしいのを好んでいるわけでもないので、こういった無言の時間を苦痛に感じることは無い。苦痛に感じるどころか、心地よく感じるくらいだ。
美咲も見た目の派手さのわりにこういった静かな時間が結構好きで、僕と二人で部屋で過ごしているときは、もちろん二人で喋って過ごしている時もあるけれど、結構な時間を黙って静かに過ごしていたりする。
そんな無言の時間を過ごしながら歩いていると、美咲の方から声がかかってきた。
「ユート……」
「うん」
「ごめん」
少しうつむきがちに謝ってくる美咲。
このごめんは、何に対してのごめんなのだろうか? さっきまでの、沢渡さんとのやり取りについてのごめん? それとも他に?
たぶんさっきの沢渡さんとのことだろうな、と思いながら、僕は「なんで?」と美咲に聞き返した。
「ユートに気を付けて! なんて言っておいて、そのすぐ後にあんな威嚇するようなことしちゃって。相手まだ高校生で、しかもユートの塾の生徒だったのに……」
「まあ、確かにさっきの美咲はちょっと怖かったけど」
「や、やっぱり……? 里香ちゃん、怖がらせちゃったよね?」
「それに関しては、まぁ……沢渡さんの自業自得だと思うし、仕方ないんじゃない?」
美咲が僕の彼女ってわかった上で、意味深に見える視線を僕に寄越したのだ。美咲の感情を刺激するのは容易に想像できるし、たぶん沢渡さん的にはからかいの一種だったんだろうと思う。
僕の感情とかを抜きにして、客観的に見るなら、外に出たら必ず僕の腕を胸に抱きながらじゃないと移動しない美咲は、重い女の子だと思う。沢渡さんの前でも僕の腕を胸に抱いて離さなかったし、それがもう当たり前すぎて美咲は恥ずかしがったりすることもない。
そんな美咲をからかおうとしたのだから、美咲から強い感情を向けられることは沢渡さんの自業自得だ。
そんなことされると僕も迷惑だし、だからこそさっきの美咲の明らかな圧には僕は何も言わなかったのだ。
「で、でも……さっきので里香ちゃんがユートのこと嫌になって、担当変えてくれー! とかなったりしない? 大丈夫かな?」
そう不安そうに僕に告げてくる美咲。
僕は美咲を安心させるように軽い調子で「大丈夫でしょ」と返した。
「それに、変わっちゃったら変わっちゃったで仕方ないよ。もともと固定の生徒を持つって塾でもないし」
「そっか……ごめんね、アリガト、ユート」
「僕も、まあ……もうちょっとフォローすればよかったかもしれないから、お互い様だよ。それに――ちょっと嬉しかったし」
そう言って、少し恥ずかしくなって頬をポリポリと掻いた。
なんだかんだ言って、美咲が嫉妬したり、僕への強い感情を見せてくれることが、僕は嬉しいのだ。
ずっと一緒にいようってお互いに誓っている彼女が、僕に対して強い感情を持ってることがわかる場面を見て嬉しくないわけがない。
「も、もう……ユートって、そういうのちゃんと言ってくれるから嬉しい」
僕の言葉に、美咲が暗がりでもわかるくらい顔を赤くしていた。
美咲はいつになっても僕の言葉で感情を動かしてくれる。
「じゃあ、これからも伝えるようにしないとね」
「あたしも、もっともっと伝えるようにするね!」
「えー? さっきので十分伝わったんだけどなー?」
「もー! ああいうのじゃなくてさぁ!」
二人でくっつきながら、夜の街を歩いて行く。
真夏の夜は何もしていなくてもじっとりと汗が浮かんでしまうほど暑くて。
それでも、僕たち二人は離れることなく、ずっと寄り添ったままだった。
家に帰ってから。
二人でシャワーを浴びて、そこでも一回あったのだけれど、さぁ寝よう! という段階になって、美咲が僕の上に乗ってきて。
「さっきのはさっきのとして、やっぱりね? ユートが他の女の子に目を向けないようにする必要があるかなーってあたし思うんだよね? ね?」
いつもは美咲の手首に付いている手錠を僕の手首に嵌めようとしてきたので、ベッドの上で美咲と奮闘したり。
「あ、ちょっと……これじゃ、いつもとおなじ……ん♡ やぁん、ユートぉ……いじめないで♡」
僕と美咲は、とても熱い夜を過ごした。
ちなみに後日塾で沢渡さんと会った時は、沢渡さんはいつもと同じような感じで、「先生の彼女さん……美咲さんってすごいですね」なんていう、なんとも言えない感想を貰ったのだった。
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