第14話 意外と料理上手…?

 夕飯は初日に重い荷物を運んだかいがあって豪勢だった。シルヴィがなにやらスパイスという名の異物を混入させようとしたのを防ぎ、見事に鹿の煮物とステーキ、そしてつやっつやのライスができあがった。


 うおお、うまそう。育ち盛りの体にはたまんねえぞこれ。


 それにしてもアルトリアが料理上手なのは意外だった。てきぱきと食材を切っては鍋に入れて火加減も調整して、灰汁あく取りや味見を済ませ、鹿の煮物を一人で作ってしまったのだ。


 奥さんにしたらこのうまそうな料理が毎日食べられるのか……。将来アルトリアの夫になるやつはいいな。俺が立候補したいが、アルトリアのことだから茶化されて終わりそうだし。


 七人で食卓を囲むと、学園にある食堂のことを思い出す。まさか美少女軍団を侍らせてるわけにはいかないので基本は別行動だが、たまに二人きりで飯を食べるときがあった。


 カインとの思い出はこの際語らないとして、みんなそれぞれ女の子なんだなあと感じさせられる場面が多かった。何せみんな二人きりの約束をしているときはお弁当を作ってきてくれるからだ。


 どのお弁当も美味しかったが、一番はイベルテかな。


 赤ちゃんのころから一緒で好みを知り尽くしているだけあって俺の好物ばかり。あっという間に平らげてしまって恥ずかしがっているところを嬉しそうに笑われたことがあったっけ。


「さ、わたしたちもいただきましょう。神にお祈りを……」

「あ、うん。お祈り大事だよな」


 シルヴィが両手を組んで神に祈りを捧げ始める。それを見てフォークとナイフを持っていた各自は手を離して同じく祈りを捧げる。


 さすがは王室生まれ、そこらへんのマナーは二人きりでお弁当を食べたときと一緒か。


 たっぷり数分祈ったあと、シルヴィが組んでいた手を解いた。そしてみんなの顔を見てにっこり微笑む。


「では、いただきましょう。冷めてしまいますからね」

「おう! いただきます!」


 俺はフォークで鹿の煮物の肉を取り出し、器を口元まで持ってきて一口食べる。


 美味しい。自分たちで作ったからか、といっても大半はアルトリアが作ったんだが、うまい。程よい塩味と香辛料が効いていていくらでも食べられそうだ。


「……まあ、美味しい。学園で出されるものと遜色ありませんわ」

「そ、そんな大げさだよぉ、シルヴィ殿下。あたしはお母さんから教わったレシピ通りに作っただけで」

「なるほど。今度そのレシピを教えてくださる? ぜひシェフに作らせて父と母にも味わってほしいですわ」


 最上級の褒め言葉にアルトリアは耳まで真っ赤だ。嬉しいのと恥ずかしいのとで大変だ。


 皆も煮物を一口食べ、五臓六腑に染み渡るという表情をしていた。ちょうど喉が渇いていたのもあって、俺は隣に座っているアルトリアに水魔法をお願いして水を飲んだ。


「アルトリア、シルヴィ殿下の言うことは本当だよ。だってこれ、すっげーうまいもん。アルトリア、将来いいお嫁さんになるよ」

「お嫁さん……」


 アルトリアは何を想像しているのか、遠くを見つめて何か考えているようだった。俺が顔の前で手を振ると、びくっとして俺から距離を取る。どうしたんだ?


「どうしたんだよアルトリア。ぼーっとして」

「え、ああ、うん。なんでもない。なんでもないからこっち見ないで」


 耳まで赤くして発せられた拒絶の言葉に俺の心が砕ける。アルトリア、そりゃないぜ。なんでもないならどうしてお前のほう見ちゃいけないんだよ。


 他の四人からほのかに殺気が立ち上った気がして、そちらを見るとさっと顔を逸らされる。それと同時に殺気も消える。な、なんだ。何があったんだ。


「と、とにかく。ステーキ食わないと硬くなるぞ? 俺一番乗りな!」


 俺はフォークとナイフを器用に使って一口サイズに肉を切り、ちょうどいい熱さになっていた鹿肉のステーキを食べる。


 うん、牛とか豚とかと比べちゃうとイロモノ感があるけど、これはこれでうまい。香辛料が効いているから臭みも消えていて食べやすい。


「どう? キルト」


 ちゃっかり隣に座っていたカインが味の感想を聞いてくる。だからなんでお前は平然と隣に座るんだよ。


「牛とか豚と比べちゃうとアレだけど、十分うまいよこれ。筋肉質だから噛みごたえもあるし、さっぱりしてる」

「へー。ボクも食べよ! ……うん、おいしい!」


 満面の笑みになるターニャはかわいいなあ。ボーイッシュで一見すると美少年に見えなくもない彼女は笑うと女の子になる。


「ターニャがそう言うなら……。あら、おいしい」

「あ、香辛料が効いてて臭みがあんまりない」

「余分な脂がないぶん食べやすいですわね。でも冷めてしまうと硬くなりそう。煮物の前に食べてしまったほうがいいですわね」


 そう言ってシルヴィは上品に、かつスピーディーにステーキを食べ始めた。その所作は洗練されていて、見ているこっちが見とれてしまいそうだ。


 俺ははっとしてステーキを食べ始める。うん、うまい。こういう野性味のあるステーキもたまにはいいもんだ。


 俺とシルヴィが食べ始めたのを見て、他のみんなもステーキを食べ始める。そのうちに会話が生まれ、俺たちは笑いあいながら食事を楽しんだ。


 昔話に花を咲かせていると九歳から一緒のカインは真剣に話を聞いていた。いや、お前が真剣に聞くほどのことじゃないからね? また天然人たらし発動するための下準備か?


「……それで、キルトが言ったの! 大丈夫か? って。でも次の瞬間自分も池に落ちて……。二人でびしょ濡れになりながら怒られたのよ!」

「げっ。なんでそんな昔のこと覚えてるんだよ」

「忘れもしないわよ。先に池に落ちた私を助けようとしてくれたんだもの。あのときばかりはキルトが王子様に見えたわね」

「まあ、王子様だなんて。わたしも何かあったらキルトに助けていただきたいものですわ」


 シルヴィが天然を発動してどっと笑いが起きる。ご飯はあらかた食べきって、煮物もおかわりするぶんもない。そうしてゆっくり話しているうちにいつの間にか時が過ぎて、俺は眠くなってきた。


「ふあ……。さすがに、寮に戻り始めてるやつらもいるし解散しよう。明日の朝食なんだろうな」

「先生方が作ってくださるのよね。シルヴィ殿下のお口に合うかどうか……」

「ふふふ。この学園に通うようになってから国民がどのようなお食事をいただいて、それがどんな味か知りましたもの。確かに王城のシェフには及びませんが、十分おいしくいただいてますのよ?」

「シルヴィ殿下、優しいです」

「うんうん。あたしも見習わないとなー」


 そう言ったアルトリアが大きなあくびをした。座学をして、腹も満たされて、今回は氷魔法で空調の効いている部屋で寝ることができる。何物にも代えがたい。


「じゃあ、今日はお開きだな。カイン、戻るか」

「ああ。じゃあみんな、また明日、実戦訓練で会おうね」

「たとえ敵でも負けませんよ! ……なんて、言ってみちゃったりして」

「うん! 僕も全力で戦うよ! それじゃあ、おやすみ」


 俺が立ち上がるのを見ると、カインは俺を先導する形で合宿所に向かっていった。


 後ろで五人が何か話しているのが聞こえた気がしたが、眠気が勝って聞きに戻る気にはなれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る