第7話 負けられない戦い
俺は手を横に凪いで俺だけの魔剣を錬成する。柄や片側の刃は黒く、一番鋭いもう片方は赤く。俺用の剣だ、大きくても羽根のように軽い。切れ味も森に鹿狩りに出かけたときも木ごとなぎ倒してしまう程度には。
一合、二合、と打ち合う。鬼は対等に渡り合う俺に驚いた表情をしたが、咆哮をあげながら滅多打ちにしてくる。俺は魔剣で重い一撃をいなしながらもだんだん押されて結界付近まで追い詰められていく。
「どうした。その程度、か?」
「言ってろ」
俺はこん棒を弾いて一瞬の隙を作る。そして背後に回り、腰を斬りつけた。
ぱぱっ。返り血が床を濡らす。身体能力が数倍にも膨れ上がっている俺は返り血を浴びないよう脇によけておく。
さすがの鬼もこれは効いたのか、咆哮をあげる。こん棒を投げ捨て、軽くなった体は俺の想像以上の速度で俺の体を両手で掴もうとしてくる手を全速力で避ける。
勢いあまって俺を捕まえようとした鬼がテーブルやら何やらを巻きこんで前のめりに倒れた。今しかないッ!
「うおおおおお!」
足の骨と筋肉が悲鳴をあげるのを聞きながら走る。そして鬼の首をはねた……はずだった。
(斬れない!? どうして!)
さっき腰が斬れたのだ。首も斬れないと道理がない。
鬼が起き上がり始めたのを見て大きく後ずさり射程外に出る。鬼はくつくつと笑って起き上がった。首にちょっとだけめり込んだ魔剣の傷がしゅうしゅうと煙をあげて治っていく。
「残念だった、なァ。その魔眼のこと、魔王様はすでに把握済み。首に魔力を集中させ、硬化させる。子供の腕力では、斬れない」
「くっ……!」
拳を繰り出しながら喋る鬼の解説を聞いて、俺は内心で唾を吐いた。
何がなんでも俺を殺すか連れていきたいらしい。そういうゲームだから仕方ないけど、俺は平和な隠居生活を送るって決めたんだ。それを崩されてなるものかよッ!
俺は考えた。鬼の首が硬化しているのは、おそらく皮膚とその付近だけだ。でなければ俺の魔剣が貫通して血が出るのはおかしい。
それから何度も果敢に首にアタックするが、硬化されてしまってなかなか斬れない。俺の魔力も限界が近づいている。どうするか。
俺が捨て身のタックルをかまそうと動いたその瞬間、結界を破ってナイフが鬼の手に当たった。貫くことはなく、からんと床に落ちる。
鬼が見た方向を俺も見る。結界を破るほどの魔力を付与できるのは、アルトリアしかいない。
「キルト! 来たよ!」
「一人だけいいかっこはさせないよ」
「幼馴染ですもの。一人だけ逃げるなんてできなくてよ」
三人、結界から少し離れたところに立っていた。ターニャは剣を構え、アルトリアがその剣に何かを付与している。
「みんな! 逃げろって言っただろ!」
「一人だけで命賭けようなんて許さない、ってコト。ボクたちが相手だ! 鬼なんか怖くないぞ!」
ターニャが鬼を挑発する。鬼は挑発に乗り、俺から視線を外してターニャのほうを向く。俺はその足をすぐさま斬ろうとしたが、硬化で防がれてしまう。その間にも鬼はターニャたちのほうに結界を破って突き進んでいる。
レベル70の鬼だ。並大抵の強さではない。このままでは、三人とも──!
「能力付与、炎! 雷! 終わったわ!」
「あとはこれを……!?」
俺は瞬時に走り剣を振り下ろそうとしたターニャの前に俺が立ちはだかる。
戦わせるわけにはいかない。そうすれば確実に三人は死ぬ。俺が守ると決めたんだ。
「キルト、キミ……!」
「俺は大丈夫だ。それより、剣に炎と雷が付与されてるな。それであの鬼に勝てるとでも?」
「一矢報いることができれば、鬼はキミを手放すでしょ? それが狙い。最初からあんな鬼を殺せるとは思ってないよ」
俺は苦しい呼吸で考えて、ターニャの横にずれる。これに賭けるしかない。一度でも炎と雷を浴びせて皮膚が焦げればこちらの勝ちだ。あとは俺が死線を切り、首を落とすだけ。
「任せたぞ」
「……うん!」
「作戦会議、終わったか? こちらの番だ」
鬼が恐ろしいスピードで目の前までやってくる。ターニャはそのまま剣を振り下ろして炎と雷を鬼に浴びせた。斬れるわけがない。だが、皮膚が焦げている。今だ!
「うおおおおお!」
俺は飛び上がり、鬼の首を切った。やけどを負ったことでますます切りやすくなっていた首は骨すら両断して頭を地面に落とす。傷口から血の雨が降り出すので、魔法で水の膜を張り血から身を守る。
護衛たちは鬼の惨状を見せないようにシルヴィに駆け寄っていって視線を阻む。血の雨が止んだころ、俺は水の膜を解除した。
床に仰向けになるように倒れた鬼の死体は首から大量の血を流しており、もう助からないだろうことは明白だ。
シルヴィについていた護衛たちの一部が恐る恐る鬼の体を剣の切っ先でつつく。そして完全に動かないことを確認すると、わっと歓声をあげた。
「やった! 鬼を倒したぞ!」
「俺たちじゃない。あの少年少女たちがやったんだ」
「シルヴァティア殿下を守った少年少女を讃えなくては!」
盛り上がる護衛たちをよそに、俺は魔眼を閉じてふらりと体が揺れる。鬼に魔眼を長時間使っていたんだ。ちょっとした酸欠状態になるのは仕方ない。
俺はイベルテに支えられる。男なのに情けない。もっと鍛錬を積まないと。もっと知識を得ないと。魔王には打ち勝てない。
ばたばたと走ってくる音がして、入口にイベルテたちの両親がやってくる。やばい。怒られる──!
つかつかと近寄ってくる両親たちに魔剣を魔力に戻しながら、俺は後ずさる。
「ち、違うんです。俺一人で戦おうとしたんです。巻きこもうなんてこれっぽっちも……」
「ありがとうございます!」
「ごめんなさ……! え……?」
アルトリアの両親が彼女の頭に手を乗せて下げさせつつ、自分も礼をする。
「娘がどうしても見捨てられない! などと言うものですから……! 助けていただいてありがとうございます!」
「いや、助かったのは俺のほうですよ! アルトリアとターニャ、イベルテもいなかったら俺はどうなってたか……!」
「謙虚なのですね。アルトリア、見習いなさい」
「ごめんなさい、だから頭離して……痛い……」
三人とも頭を下げさせられているところで、背後から近づく気配があった。振り返ると、そこには涙をぽろぽろと流すシルヴィがいてぎょっとする。
「死んでしまうのかと思いました、貴方が……。守ってくれて、ありがとうございますわ」
「いや、当然っていうか、なんていうか……」
「わたし、殿方に守られてきましたけど、こんな経験は初めてで……なぜだか、とても胸が苦しいのです」
「胸が苦しい!? 俺が使った魔法とかが悪影響を及ぼしてるんじゃ……」
「いえ、それと同時に、心がとても暖かいのです。お礼は後日必ずさせてください。みなさんも。サリナさんも、こちらにいらしてくださいな」
サリナまで来てたのか。背後から遠く離れてるから気付かなかった。そうか、サリナも心配してくれてたんだな。
ととと、と走ってくる音が聞こえて、サリナは息を整えながら俺を見上げる。
「ずっと見てました。かっこよかった。同時に、みんなを助けてくれてありがとうございます。命の恩人です、キルト様は」
純粋な目を向けられて恥ずかしくなる。俺の好きでやったことなのに。感謝されると嬉しい。
「キルト。後日貴方に勲章を贈ります。父や母もそれを許してくれるでしょう」
「く、勲章!?」
いや、お姫様を命からがら助けたんだから当然なのかもしれないけど、心の準備が。それを見ていた四人から嫉妬の視線が飛んでくるのを感じて振り返ると、みんなあからさまに頬を膨らませている。な、なんで? どうして?
「シルヴィ殿下だけずるいです」
「ボクたちも頑張ったんだけどなー」
「私は特に何もしてないけど、ずるい」
「あたしはどっちかと言えばだけど、やっぱり頑張ったぶん妬けるなー」
ど、どうした? 何か悪いものでも食ったのか? 俺は一応治癒も使えるけどこんなに見きれないぞ。
「まあ、キルトは人気者ですのね。わたしも負けてられませんわ」
何に? ねえ何に? 女子たちだけわかってて俺がわからないのはなぜなのか。嫌われたわけではないみたいだから気負いすることはないらしいけど。
そうして事態は収束を見せ、城の兵士たちや陛下と王妃殿下も集まってシルヴィは自室に連れていかれた。
夜が、明けようとしている。
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