第6話 刺客

 テラスに降り立った、筋肉が異様に隆起りゅうきした手足の長い鬼がそこに立っていた。魔族がなんでこんなところに……!


 会場は騒然となり、我先にと逃げていく。


(こんなところにまで差し向けてくるなんて……!)


 俺は魔眼を解放して鬼を分析する。レベルは70。魔王のやつ、他のみんなもまとめて殺る気だ。絶対にそんなことさせない。俺は死線を炙りだす。


 今の俺とレベル差があまりにもありすぎるからかすかにしか見えない。線になっているのかすらわからないものばかりだ。大本命は、首に真一文字に入った唯一はっきり見えるもの。


 でも対格差がありすぎて六歳の俺の背丈じゃ届かない。仕方ない。これはあんまり使いたくなかったが、使うしかない。


「ギアアップ!」


 そう唱えた瞬間に俺の身体能力が高まっていくのを感じる。体力と魔力を多大に消費するが、これを使えば壁を走ったり高くジャンプするなんてお手のものだ。


「キルト、今のは!?」

「説明はあとだ。ターニャたちは下がっててくれ」

「それはないよ。せっかく万が一のために剣を持ってきているんだ」

「あたしも戦うわ。一人にいいかっこさせられないし、今はシルヴィを助けなきゃ!」


 護衛も命が惜しいのか逃げ出してしまい、シルヴィが顔を真っ青にして鬼と視線が合ったところだった。


「ひっ……!」

「シルヴィ、今助けるからね!」


そこにアルトリアが雷と風の魔法を撃ちこむ。皮膚の表面が少し傷ついただけで、致命傷だなんてほど遠い。だが、こちらに注意を向けさせるのには成功したようだ。


 鬼は大きなこん棒を手に取って中に入ってくる。一番背が高いターニャの父親よりも一回りも二回りも大きい。


 攻撃を当てたのを見て、両親たちはアルトリアを睨む。


「何をしているんだ! いくらシルヴァティア殿下を助けるためとはいえ、今度は自分が死ぬのかもしれないんだぞ!」

「でも……!」

「逃げよう。キルト様もお早く」


 皆が抱きかかえられる中、ターニャの父親が手を差し出してくる。俺はそれを……取らなかった。


「どうしたのです? 城には護衛がいる。もうすぐ応援がやってくるでしょう。ここは護衛に任せるが吉なのです」


 ターニャの父親の言うことは正論だ。子供があんな巨体の鬼を殺せるはずがない。前世の俺だったら逃げ出していただろう。でも、俺は決めたんだ。断罪されないために人には極力優しくすると。


「お気遣い感謝します。でも、俺はシルヴィを見捨てられない。皆さんは逃げてください。イベルテもお願いします」

「なっ、キルト! 勝手に決めて……きゃあ!?」

「乱暴になってしまってごめんなさいね。キルト様、ご武運を」

「キルト! キルトってば!」


 アルトリアの母親に抱えられたイベルテは暴れるが、それを無視して親たちは逃げていく。そう、それでいい。


 俺は近づいてくる鬼を見上げた。足元に魔法陣が浮かび上がり、そこにシルヴィからもらった花を落とす。魔法陣は花を飲みこみ、何倍にも増幅させて鬼に手をかざす。


 空中でくるくると回っていた花は茎のほうを鬼に向け、飛んでいく。鬼もこの花の性質がわかるのか、こん棒で素早く花を叩き落としていく。その間にも俺に近づき、踏みつぶさんと足を上げた。


 俺は風の刃を鬼の太ももに向けて放つ。傷はつかない。硬い筋肉に覆われていて皮膚を浅く斬るのが精一杯だ。しかし、驚かせるには十分。


 鬼はバランスを崩してひっくり返る。すかさず俺は首を狩ろうとしたが、そこはレベル70の強者。角が発光しだし、大きな咆哮をあげて腕を後ろにつき、その力と腹筋の力で瞬時に起き上がる。


 これ以上は猫だましは使えない。全力で行かなければ、どちらかが死ぬ。


「……キルト」

「……なんだ」


 鬼が話しかけてきた。冷静な低い声で、続ける。


「魔王様、お前、望んでる。来るならそこの女子おなご、助けてやってもいい」


 そんなものは嘘に決まっている。鬼の主食も動物や人間だ。ひっ捕らえて何かするつもりなのだろう。本当にそうだとしても、魔王の元に行くなんてごめんだ。俺が断罪されてしまうだろうが!


「悪いな。仕えるやつは自分で決めることにしてるんだ。いくら勧誘してきても無駄だぞ」

「そうか……。では、死ねぇい!」


 その巨体のどこからそんな動きができるのか、こん棒を剣がわりにして振り回す。


 俺は魔眼の力で増幅した身体能力でこん棒の重い一撃をかわしていく。テーブルや料理がめちゃくちゃになるが、構っていられない。


 俺は一瞬の隙をついて風の刃を首に当てるが、やはり絶対的能力差で弾かれてしまう。俺がもう少し大人なら、こんなやつ一撃なのに。


 そこに護衛の応援が到着してしまう。鬼は俺には目もくれず、護衛たちのほうを見た。口からよだれが滴る。


「ひぃっ! ……か、各自シルヴァティア殿下をお守りしろ! 一歩たりとも近づけるな!」


 隊長格なのだろう髭を生やした男が鬼を指さす。怯んでいた護衛たちが一斉にこちらに向かってくる。まずい!


「ロック!」


 カチッと空間に音が鳴り、俺と鬼を囲んだ結界が発動する。護衛たちは中に入ることができず、外で中に入れろと叫んでいる。


「ごめんなさい。あとで罰はなんでも受けますから、こいつは俺に引き受けさせてください」

「……余裕だな」

「そうでもないさ。お前が本気を出したら俺はかすっただけで粉々だからな」

「……ゆくぞ」

「……ああ」


 俺は魔眼の力をさらに引き出しギアを上げる。子供の体でギアを上げられるのはここまでだ。ここからは俺も全力の戦いになる。


 戦闘開始の火ぶたは切って落とされた。

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