第5話 第一王女の登場

 煌めく金色の髪に透き通ったアメジストの瞳。適度にコルセットで押さえた腰は折れそうなほど細く、華奢で守ってあげたくなるような美貌だった。


 俺はこの子を知っている。シルヴァティア=ユルメイ。このユルメイ国の第一王女であり、俺と同じ六歳のまだ年端も行かない少女だ。このパーティの主役は彼女であり、彼女の社交界デビューのために会場が作られたのだ。


 しずしずと歩く姿は姿勢がよく気品あふれるもので、相当教育をされているのが見て取れる。そして豪華な金の椅子にワインレッドのクッションを敷いた椅子に彼女が座ると、そのあまりの美しさに誰もが息を呑む。


「遅れてごめんなさい。最終調整がうまくいかなくて。みなさん、楽しまれていますか?」

「ああ……第一王女殿下万歳! あなたの社交界デビューを王都の皆が待っていました!」

「なんて美しいのかしら……。言葉遣いも六歳とは思えないわ。王女になるべく生まれたのね」

「本当にね。見て、あのドレスのコーディネート。王都の流行の最先端を行きながら、しかし王家に伝わる伝統を残したドレスよ。仕立てたのは誰かしら……」


 シルヴァティアを見た誰もかれもが口々に賛美の言葉を口にする。少女はそれを鼻にかけるでもなく周囲を見回し、とある一点を見つめた。そして椅子から降りると護衛を連れて行ったその先は。


「ごきげんよう、貴方たちは同じ年頃に見えるけれど、社交界は初めて?」


 その場にいた俺たちが自分に話しかけられたとは思わずきょろきょろしていると、シルヴァティアはくすくすと笑って俺に一歩近づいた。


「こんなに少女を侍らせて。いけない殿方ですわ。ぜひ、私も仲間に入れてくれなくて?」

「……え。えええっ!」


 驚くのだって無理はないだろ。だってこんなに綺麗で気品のある子が俺に注目しているなんて。身分違いにもほどがある。


「……いやかしら?」

「そ、そんなことはないです。でも、俺はただの伯爵家の子息で……」

「いいえ。子供に身分なんてあまり関係ありません。仲良くなりたいと思った人に声をかけることにしていますの、わたし。わたしの名前はシルヴァティア。長いからシルヴィと呼んでくださいな」


 こ、こんなことあっていいのか?


 陛下の子供であるシルヴィが俺たちと仲良くしたいと言っている。それは大変名誉なことであり、断るなんて考えられないことだ。俺は首がもぎれそうなほどぶんぶんと縦に振った。


 するとシルヴィは大輪の花が咲いたような可憐な笑顔を浮かべる。そして手を差し出すと、その手に花が咲いた。


「これは……?」

「これは友好の証。花言葉は『決してたがえることのない縁』ですわ。受け取ってくださる? みなさんも」


 そう言われて、ターニャとアルトリアはぱっと手を離してくれた。ナイス空気読み。


 シルヴィは花を自在に操る魔法を持っている。このようにプレゼントに使うこともあれば、処刑用に全身に花を咲かせて根を這わせ、養分を吸わせて殺すなんて芸当もできる。ただ可憐なだけの魔法ではないのだ。


 俺はピンク色の花弁の多いその花を両手で掬い取るようにして受け取った。プレゼント用の花はきらきらと輝いて、美しすぎてまるで造花のようだ。


 シルヴィは全員に花を配り終えると、今度はわくわくと言った様子で俺たちを見る。


「それで、今どんな会話をしていらっしゃいましたの? 美術? 音楽? 文学? それとも、子供らしい遊びのお話かしら。一番最後のお話はわたし、したことがありませんのでとても楽しみです」

「えーっと、一番最後の話だったかな。この会場中の料理をいただきながら小さな探検をしたんです。こちらの三人が迷子になっていたので、最後はご両親に送り届けました」

「まあ! 素敵! わたしもその探検、してみたく思います。でも、あまりはしゃいではお父様とお母様に怒られてしまいますわ」


 しゅん、としてしまったシルヴィを見て何を思ったのか、アルトリアが前に出る。そして火、水、風、氷の四属性を操った魔法で小さな雪だるまを作ってみせる。


「これは……?」

「これは雪だるまといいます。毎年冬が来ると雪が降りますよね? すると子供たちは雪を丸めてこんなふうな人形を作るのです。頭にバケツが乗っていることもあるんですよ」

「バケツを? ふふ、きっと可愛らしいのでしょうね。ありがとうございます。溶けてしまうまでの間ですが、大切にします」


 続けてターニャがポシェットの中からおもちゃの短剣を三つ取り出して、ジャグリングし始める。


「まあ、三本も一気に! すごいですわ!」

「小さいころから剣に親しんできましたから。これをこうやって……! おしまいっ!」


 ターニャは短剣を一本高く放り投げると二本の短剣を回収し、一回転して残りの一本を回収する。


 まるで曲芸師だが、長いこと剣に携わっていないとこの芸当はできない。俺も一応やろうと想えばできる。ターニャの見せ場だからやらないけど。


 シルヴィはきゃっきゃと雪だるまを両手に乗せながらターニャの技を見ていた。すると今度は俺を見てにこっと笑う。


「そういえばみなさんのお名前を聞いていませんでした。教えてもらっても?」

「あ、はい。俺はキルト、こっちがイベルテで、そこの三人組が右からサリナ、ターニャ、アルトリアです」

「どなたも素敵なお名前。……キルト」

「なんでしょうか」

「わたし、決心しましたわ。家庭教師の傍ら、皆さんと交流を結んで同じ学園に通うと」

「えっ」


 その言葉に周囲がどよめく。


「第一王女が、城を出て学園に? 危険じゃないのか」

「でもシルヴァティア様自ら望まれるなら、陛下や王妃殿下も考慮する可能性も……」

「ばかばかしい。子供の約束だ。ご成長なされたら忘れるに決まっている」


 とかなんとか言いたい放題大人たちが言い始めた。シルヴィはそんな大人たちを見渡し、声をあげる。


「わたしの決意は揺らぎません。多少危険であろうとも、友と勉学を共にしたいと思うのは人として普通ですわ。突然の発言で混乱された方も多いと思われますが、どうかご容赦を」

「しかし殿下、皆様が言うのももっともですよ」

「そうです。我々護衛もお供しますが、万が一が……」


 その瞬間、今までにこにこしていたシルヴィがますますにこにことして護衛を見る。


「あなた方は私の護衛。父や母ではないはずです。心配はありがたくいただきますが、これは私が決めたこと。協議する相手はお父様とお母様ですわ」

「はっ……!」

「失礼いたしました!」


 美しい薔薇には棘がある。まさにことわざどおりだ。六歳にしてこの胆力。あなどれない。


 元の優しい表情に戻ったシルヴィは、俺たちを見た。俺以外は先ほどのがよほど怖かったのかびくっと肩を震わせた。


 それを見てしゅんとしたシルヴィを、俺はフォローする。


「シルヴィ様、大丈夫です。みんなちょっと緊張しているだけですから」

「それならいいのですけど……。そうですわ。みなさんのおうちに後ほど身分証を届けます。偽造できないよう魔法で作ったものですから、安心して受け取ってください。そしてまた、遊びに来てくださいね。我がサロンにはいつも誰かしらがいて有益な情報を得られますから」

「ありがとうございます。みんな、これからお城に自由に行き来できるぞ!」

「えっ、なにそれすごい」

「シルヴィ様にまた会えるってこと!?」

「それは……僥倖にございますねえ」

「キルト、あなたはまたそうやって……。いいけど」


 イベルテは諦め顔だ。ごめんなイベルテ、でも、俺たちと遊びたいと言ってくれてるのを無視するわけにはいかないんだ。


「わたしはそろそろ席に戻り、皆様が楽しむ様子を見させてもらいますわ。キルトたちもどうか、楽しんでいってくださいね」

「はい、そうします」

「それではみなさん、ごきげんよう」


 大人顔負けの笑顔を浮かべたシルヴィは護衛に連れられて主賓席に戻っていく。そのときだった。




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