第4話 情けは人の為ならず

 そのとき目の色が変わったことに三人ともびっくりして声をあげた。まあ、そりゃそうでしょうとも。魔眼のことを知っているのは周辺に住んでいる貴族と事業でやり取りのある限られた一般人だけなのだから。


「な、何してるの?」

「三人のお父さんお母さんを探してる」

「じゃなくて、ボクたちにもわかりやすいように説明してよ! その目……かっこいいけどちょっと怖い」


 まあ当然の反応だよな。魔法を使うと目の色が変わるなんて小さい子供からしたら恐怖の対象だし。


「これは魔眼っていって、俺の目は特別製なんだ。もうそろそろ分析が終わる……あ、いた」

「えっ、見つかったのですか?」

「うん。そのまままっすぐ行くとつまらないから、話ながら行こう? おいしいものも食べたいしね。父上、母上、いいですか?」


 見上げると、困ったように笑いながら母上は言った。


「もう、そういう理由なら断れないじゃないの。他の方々に迷惑をかけてはだめよ?」

「ありがとうございます、母上。ノース兄さんも来る?」

「いや、これから僕は学園の子に挨拶に行かなきゃならないから。キルト、楽しんでおいで」


 五歳年上のノース兄さんはもうそろそろ学園の卒業が近い。いくら社交界で会えるといっても、次はライバルになっているかもしれないのだ。そうなる前に、友達として会っておきたいのだろう。


「そう? じゃあ、いってきます!」

「お世話にならせていただきます」

「はい。ちゃんと挨拶できて偉いわね」


 母上は離れていく俺たちに手を振ると、ちょうど声をかけてきた仲のいい伯爵家の夫妻と話に花を咲かせ始めた。


 俺はそれを見届けると、各テーブルを回りながら四人とおしゃべりをした。


 好きな食べ物や飲み物、普段何をしているかとか、ゲームでは知りえなかったことを聞けて新鮮な気持ちだ。父が商人であるサリナ以外はみんな鍛錬をしていて、似たもの同士だね、なんて笑ったりした。


 でも楽しい時間はあっという間。お腹も満たされてきたし、そろそろ三人の両親が集まって探しているところに向かうとするか。


「こっちだよ、ついてきて」

「本当にお父さんお母さんのことわかるの?」

「わかるよ。大丈夫、俺を信じて」


 そう言うと、ターニャはほっと安心した顔をした。そういうところは年相応らしい。


 男女六人が一堂に会してあちこちをきょろきょろしているところに近づいていくと、一人の美しい女性がサリナを見て駆け寄ってきた。


「サリナ!」

「お母様! 会いたかった!」


 サリナが母親の腰に抱きつくと、女性は赤いその髪を愛おしそうに撫でた。


「もう、どこに行っていたの? みんなで散々探したのですよ」

「キルトっていう子に連れてきてもらいました!」

「キルト……?」


 サリナの母親はそう言って顔を上げて俺を見てから、魔眼を見てぎょっとした。引っこめるのを忘れていた。


 俺が魔眼を引っ込めて黒目に戻ると、サリナの母親は安堵の息をつく。いつでもどこでも最初に出会った人に魔眼を見られると怯えられるのにも慣れたものだ。


「ターニャ、どこで遊んでいた。遠くに行っていいとは言っていないはずだ」

「父さん、ボクは二人が無茶しないように見ていただけだよ? その証拠にほら、二人ともどこも怪我をしていないよ」

「アルトリア、探したのよ。どこをほっつき歩いてたんだい!」

「いたたたた! 耳を引っ張るのやめてってば!」


 みんなそれぞれの家族に迎えられてわちゃわちゃしている。よきかな。これで俺の役目は終わりだ。帰ろうとしたとき、ターニャの父親、救国の英雄に声をかけられる。


「おい、君」

「なんですか?」

「娘を送り届けてくれてありがとう。君は……?」


 別に隠すことでもないので素直に言う。


「アルクライ伯爵家のキルトといいます」

「なんと、位が上だったとは失礼した。キルト様、ありがとうございました」

「いえ、救国の英雄様にかしこまれるとなんだか気が引けちゃうので」

「いや、私がやったことなどほんのわずかなことです。……そうだ、これも何かの縁。よければこれからも娘と遊んでやってくださいませんか」


 突然の提案に俺はびっくりする。


 キルトの存在が公になるのは今から三年後の学園入学式のときだ。それなのに主人公であるカインより親密になってしまっていいものだろうか。


 俺の考えとは裏腹に、二人の両親も頷きあって俺を見る。


「事業の拡張も狙えますからな。そういう意味ではぜひ我が娘サリナとも交友を結んでくださいませんか」

「アルトリアも魔術師としてはまだ未熟です。これからいろんな人と接して魔術の道を進むのですから、これは良縁かと。そちらのお嬢様もご一緒にいかがかと思いますが」

「えっ、私?」


 今まで完全に蚊帳の外だったイベルテにも話を振られて、少女はうーんと唸った。俺は知っている。こういうふうにするときのイベルテは腹のうちは決まっているが素直に言い出せないときの癖だ。


「……いいでしょう。キルトが問題ないのなら、幼馴染である私も拒否する権利はありません。これを機に友として交友を深めましょう」

「おお、お嬢様は懐が深いお方だ。お名前は?」


 するとイベルテはカーテシーをしてから、たたずまいを直して告げる。


「イベルテ。グルモント伯爵家の長女ですわ。以後お見知りおきを」

「あはは! じゃあ、これからボクたち友達だね!」

「こらターニャ! きちんとした言葉遣いをせんか!」

「もう友達なんだから好きでいいですよ。大人同士で初めて会ったわけじゃないのですから」


 俺がそう言うと、ターニャの父親は言葉がないようだった。ターニャは俺の言葉に機嫌をよくして手を繋いでくる。


「へへっ! キミは他の貴族の子供と違って身分で差別しないんだね。ますます気に入ったよ!」

「あ、ずるいよターニャ。あたしも手を繋ぎたい」

「二つの手がふさがってしまっては、イベルテ様と手を繋ぎましょう。これからよろしくお願いしますね」

「よ、よろしくお願いするわ」


 三人と仲良くなったところで、会場が一気にわっとわく。何事かと思って会場の入り口に目を向けると、絶世の美少女が護衛を連れて会場に入ってくるところだった。

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