第19話 自由行動と五人とおまけ

 翌日。歯磨きやお風呂を済ませて外に出ると、中央の合宿所には大勢の生徒が待っていた。俺とカインも急いでその中に入る。すると、たまたま五人固まっている隣に座った。


「あ、おはようみんな」

「あら、キルト。おはようございますわ」

「遅かったわね。呼びに行こうと思ったんだけど、先生に引き留められちゃって」

「そうだったのか、ありがとな。それで、先生今なんて?」

「各地に先生を配置して、半分監視の状態だけど、それなりに自由にできるみたいよ」


 へえ、それはいいことを聞いた。確かここには大きなプールが掃除済であったはず。浅いから腰くらいまでしか入らないが、あと濡れたのは水魔法でどうにかしてしまえばいい。


「……以上です。質問のある子はいますか?」


 みんなしんとしている。質問はないようだ。


「それでは、これから夕方まで自由時間とします! 楽しんでね!」

「やったー!」

「自由だー!」

「こら、完全には自由ではないのですからはしゃぎすぎないこと! もう。一年生はこれだから」


 女性教師が呆れるのをよそに、子供たちは走っていく。そして落ちている葉っぱをかけあったり追いかけっこをして遊んでいる。うむ、楽しむことはよきことかな。前世の俺にもこんな時代あったなあ。


 さて、哀愁に浸ってないでみんなと遊ぶことを考えないとな。シルヴィ以外は制服のスカートを膝の少し上までまくりあげていてちょっと色っぽい。対する俺とカインはズボンだから濡れるけど、すぐ乾かせるしな。


「みんな、誰も使ってないみたいだからプール行かないか?」

「プール?」

「殿下はご存じないのですか? 大衆に向けた海のないこの陸地での水遊びです。お父上である陛下が国民にも、と施策をされて一般人には普遍的なものになりましてよ」

「まあ……。この三年間城から出ずにみなさんを招いてばかりでしたから、存じ上げませんでしたわ。ぜひ案内してくださる?」

「殿下プール知らないんだ! へへへ、びしょ濡れにしちゃうもんね!」

「おーい、みんな遅いよー。プール取られちゃうよー」


 アルトリアは待ちきれないという顔でプールの手前でぴょんぴょん跳ねてこちらに手を振っている。落ち着いた口調だが、誰よりもはしゃいでいるのはアルトリアなのかもしれない。


「今そっちに行くよ! へへへ、水遊びなら負けないぜ!」

「ひぃっ! お手柔らかに……」

「魔眼まで使うような真似はしないから怯えないでくれ……」


 サリナは昨日のがトラウマになっているらしく、俺が不穏な発言にびくびくしている。そこも可愛いが、信用されてないのかなと悲しくもなる。


 みんなはしゃぎながらプールに入っていき、ざぶんと腰までの高さの水にダイブする。一人シルヴィだけが不安そうにふちに立って水を覗きこんでいる。


「殿下どうしたの? 入ろうよ! 詰めたくて気持ちいいよ!」

「え、ええ。それはわかるのですけど……。いまいち、飛びこむのは怖いというか……」

「それなら、俺がエスコートしようか?」

「き、キルト!? そんな、エスコートだなんて……」


 シルヴィレベルの絶世の美少女が頬を赤らめると破壊力があるな。でも、今はシルヴィの不安を解消するのが先だ。


 俺はシルヴィの手を取ってちょっと離れたところにある階段まで連れていくと、俺が先に水に入ってシルヴィを見上げる。シルヴィの顔は真っ赤で、そんなに恥ずかしがられるとこっちも恥ずかしいが、ここはこらえなければ。


「さあ、シルヴィ殿下。ゆっくり水に浸かって。階段だから、誤って転ばないように気を付けて」

「え、ええ……」


 俺が一歩進むと、シルヴィが一歩進む。それを繰り返して、シルヴィは腰まで水に浸かった。


「どう? 初めてのプールの心地は」

「とてもいいですわ。お父様、王都民のためにこのような施策をしてくださるのなら、城に一つ作ってくださってもよかったのに」

「あはは。城は広いといっても限界あるからね。ほら、みんなのところに行こう?」

「ええ!」


 不安がなくなって元気が戻ったシルヴィと一緒にみんなのところに行くと、ターニャが水をかけてくる。俺は想像もしていなかったから、もろに水を顔に受けた。


「ぶはっ!? げほっ、げほっ!」

「あっはははは! 油断大敵だよ! 殿下をエスコートするのはいいけど、ここには女子があと四人はいるんだから! 遊びでエスコートしてくれないと怒っちゃうぞ?」

「そうそう。シルヴィ殿下がプールを知らなかったのは仕方ないけど、あたしたちのことも構ってよね」

「昨日の頬へのキスを忘れたとは言わせませんわ。責任もってエスコートしてもらいませんと」

「あの……私は……その……。エスコートして……ほしい、です」


 女子四人の本気の気持ちを感じる。ここで好感度を上げて断罪エンドを回避するんだ。


「よっしゃ! 俺一人だと大変だから、カインと組んでいいか? 五対二、フェアだと思うけどな」

「なんかとんでもない巻きこまれ方したけど……。キルトと組めるならなんでもいいや。みんな、かかっておいで」


 今さらっと爆弾発言された気がしたけど、聞こえなかったふりをする。触れちゃいけないやつだ。


「言ったなー!? あとで泣きづらかいても知らないから!」

「魔法も使っちゃうもんね。水魔法なら先生いいって言ってたし」

「いや、そこまで本気出さなくても……」

「隙ありぃっ!」

「ぶべっ!?」


 イベルテの水の玉が俺の顔に当たる。それを見て四人はけらけらと笑っている。そっちがその気なら、仕方ないな。


「カイン、いくぞ!」

「魔法は使えないからね。あくまで君の補助に回るよ」

「それでいい。おらっ! くらえ!」

「きゃー! キルトが大人げないー!」

「ひえっ! カインくん水の中でも早いです! お、置いていかないでー!」


 思い思いに遊び始めた俺たちを見て、シルヴィは頬を赤くしたまま微笑んだのが横目に見えた。そして魔法の花を何個か水に浮かべると、水を吸収して分裂し、シルヴィの周りが花畑になった。


「わぁ、綺麗……!」

「ほんと、殿下はなんでもできるよねー」

「ほんとですわ。こんな魔術を見せられたら魅入られずにはいられません」

「わ、お花流れてきた……! きれい……。初めて会ったときのお花と一緒です」


 言われてみれば、ほのかに花がきらめいている。シルヴィが贈答用で出す花と一緒だった。


「プールの楽しさを教えてくれたみなさんにささやかなお礼を。プール、楽しいですわね。夏にはいいものですわ」

「でしょでしょ? 殿下もこっちおいでよ! みんなで遊ぼう!」

「シルヴィ、遠慮しなくていいぞ。後でアルトリアが全員乾かしてくれるらしいから」

「誰もそんなこと言ってないんだけど、しょうがないなー」


 アルトリアはうんうんと頷いて腕を組む。そこまでできる魔術の腕があるのはアルトリアくらいなのだ。あとイベルテもいるが、時間が少しかかるだろう。


 シルヴィは花畑になったプールの水面を歩いてきて、みんなの中に合流する。その顔には幸せな笑みが浮かんでいて、四人をまとめて抱きしめる。


「シルヴィ殿下、どうしたの?」

「いいえ。わたしはあのとき、よき友を得たのだと確信いたしましたの。これから先はどうなるかわかりませんが、今この時だけは、最高のお友達ですわ」

「ふふ、心配しなくても私たちの友情はそんな簡単に壊れたりしませんわ。喧嘩もしましたが、そのたびに仲直りしてきたではありませんか」

「そんなこともありましたわね。ふふ。こうしていると昔に戻ったよう。ずっとこうしていましょうね。立場が私たちを分かつその時まで、ずっと」


 シルヴィの言葉は本心に聞こえた。シルヴィはこの先、第一王女として政略結婚が待っているだろう。ギアーズオブデスティニーではカインに惚れて政略結婚を蹴るのだが、どうしてかカインにはあまり興味がないみたいだから。


 そう思うと俺もしんみりしてくる。だから、思いっきり五人に水をぶっかけた。


「わぷっ!?」

「な、なんですの!?」

「感傷に浸ってる暇があったら今を大事にしようぜってこと! このあとは森を探検するんだから、あんまり疲れないようにな、っと!」

「わあっ! キルト様冷たいですよぉ!」

「そういうキルトこそ、油断しないこと、ねっ!」

「ぶわっ!?」


 水の玉の投げ合いになって、取り残されたカインは笑っていた。あいつもこの状況楽しんでるといいんだけど。


 存分にプールで楽しんだ俺たちはふやける前にプールからあがり、イベルテとアルトリアに服を乾かしてもらって森の探検に出かけた。


 毒キノコかどうかわからないものを観察したり、小鳥が枝に止まっているのを観察したり、暑いけれど木々がほどよく日光を遮断してくれる中を七人で楽しんだ。


 シルヴィは生まれて初めての体験で目が忙しいようだったが、途中で疲れて倒木の上に座って寝てしまったのを俺がおぶって帰った。


 たくさん遊んだあとは眠くなるのが子供の性。俺たちは先生たちが作ってくれた旬の野菜のサラダとたくさんのサンドイッチで腹を満たしたあと、会話もそこそこに合宿所に戻って眠った。


 二か月後の文化祭、何するんだろうな。そんな楽しみを胸に抱きながら。

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