第21話 ミルガン
学園祭は二年生も行う最後の行事だ。二年生は文化祭が終わったら各自の道に進むための勉学を開始する。最後の青春であり、その締めくくりとなる学園祭は大いに盛り上がる。
偶然にも、学園祭の日が誕生日だった俺は地味に学園祭が楽しみだった。女子のメイド服も見れるし、帰れば両親とメイドたちがケーキを用意して待っていてくれると思うと心も弾む。ノース兄さんからの手紙もそろそろ届いているはずだ。
唯一の懸念とすれば……。おそらく魔王から差し向けられた刺客のことだ。前よりずっと強くなっているだろう。
魔剣の扱いも板についてきた俺ではあるが、体はまだ9歳。まだまだ本気で動くには体が小さすぎる。
その日の放課後、文化祭の準備をクラスのみんなで進めて岐路につくために馬車に乗ろうとした俺を出迎えたのは、首から上がない御者とその隣に座る見たことのない女の魔族。
俺は瞬時に魔剣を創造して臨戦態勢に入る。女魔族は蛇の舌を唇からちろりと覗かせると、御者を押し倒して地面に倒す。
こいつ、幹部クラスか? 感じる魔力があのときの鬼よりずっと高い。
女魔族はちろちろと蛇の舌を覗かせながら、御者席から降りた。露出の高い格好をしていて、普通の男なら魅了されてもおかしくない。
「あら、あたいの魅了が効かないなんて。その魔眼のおかげかしらねえ」
「……お前は何者だ」
「おお、怖い怖い。あたいは勧誘に来ただけだよ。戦うつもりはない。なにより、今戦ったら殺してしまうからね。魔王様もそれは望んでいないから、もしあたいと戦いたいなら勝手にしな。死なない程度にいたぶってあげるよ」
「テメェ……」
「おや、怒ったかい? 実力不足を一番感じてるのはあんた自体じゃないか」
痛いところを突かれて俺は押し黙る。そして言葉を返した。
「そうだな。実力不足は感じてる。でも、ここで負けを認めるほど俺は腐っちゃいない」
魔剣を創造して黒と赤の刃を女魔族に向ける。女魔族ははあ、とため息をついて俺の前まで歩み寄ってきた。
「可愛くておいしそうな坊やだねえ。魔王様に
前世の俺だったら全力で食いついていただろう提案。今だって力は欲しいし、最強っていう単語にロマン感じるくらいには憧れている。
でも。
俺は女魔族の伸びてきた手を振り払った。今の俺には魔眼がある。まだ完璧じゃなくても、それは成長していけばいい。今は、この女魔族を追い払わないと。
「交渉決裂、ってやつだね。あたいはミルガン。魔王直属の幹部のうちの一人さね。じゃ、挨拶代わり、いくよ」
闇の力でカッターを打ち出してきたものを、俺は瞬時に魔剣を創造して真っ二つにする。幹部だけあって力の差は歴然で、ぶつかった衝撃をそのままに俺は後ろに転がって魔剣を手から取りこぼした。
魔剣が魔力供給がなくなって霧散していく。俺は手に強い衝撃を受けて痺れていた。力を入れようと思っても入らない。
ミルガンはそんな俺を見て鼻を鳴らす。
「魔眼を剣を作るためだけに使われるなんて、あたいも落ちたもんだ。舐め腐りやがって、クソガキ。お前には死んでも死にきれないほどの屈辱を味あわせてから殺してやる」
「くっ……」
ここまでか、と俺も思った。さすがに九歳で幹部クラスの攻撃を受けるのには無茶があったと。でもそうしなければ俺が殺される。
目が、瞳が痛い。頬を鉄臭い液体が伝っていくのを感じる。
その瞬間、ミルガンの動きが遅くなった。一歩歩くのに約二十秒。俺は何が起きたのかわからないまま、起き上がる。
この世のすべてが遅くなった感覚がする。鳥が木の枝から逃げていくのも、雲が流れていくのも、吹いている風すら遅い。俺は再び魔剣を創造して、ミルガンに斬りかかった。
ミルガンはこちらの動きに気付いて受け身の体勢を取るが、それすら遅いのでどうしようもない。俺は魔剣でミルガンの右ひじから下を斬り落とした。
すべてが遅くなった世界でミルガンが絶叫を上げるのが聞こえた。
なんだこれは? 魔眼が覚醒したのか? 俺の視界が赤くなっていくのは、俺の血? まだ覚醒の余地があったのか、この魔眼は。
その思考を終わらせるころ、魔力に限界が来た。急速に世界が動き、俺は少し吐血する。ミルガンは左側の手で斬り落とされた腕を掴んで止血していた。しかしすぐににゅるんと蛇が傷口から現れ、腕の形を成していく。
「残念だったねえ。魔眼が覚醒しちまって一時はどうなるかと思ったが……クソガキの魔力なんてたかが知れてるか。どれ、味見してから魔王様に持っていこうかね」
「そこで何をやっているの!」
「みんな!? 来るな、今すぐ帰れ!」
そこにはイベルテを筆頭とした六人が立っていた。全員臨戦態勢に入っており、いつでも戦える、そんな様子だ。
「チッ。弱っちいのが次から次へと」
「それはどうでございましょう。王家直系にしか伝わらないお花の魔法、受け取ってくださいな」
シルヴィはそう言って花を投げた。ミルガンは握りつぶすようにその花をキャッチした。
「ふん、花ごときで何ができるっていうのさ……ん?」
密着した茎から魔力を吸って腕に根が張っていく。ミルガンは魔力が多いから成長速度も速く、もう肩まで根が伸びていた。
「なるほど、こりゃ厄介だ。だがねえ、この程度、腕を斬れば簡単に……」
「イベルテ、サリナ、いくよ!」
「ええ!」
「風さん、お願い! 助けて!」
炎魔法が風魔法の勢いに乗ってミルガンを押そう。皮膚のわずか下を通っていた根に引火して、腕が炎上する。
「あちぃっ! なにすんだ……い……!?」
「鬼さんこーちら!」
「親友は殺させないよ」
炎に隠れて背後に回っていたらしいターニャとカインが剣を肩に振り下ろす。根が侵食していた肩は柔らかくなっていて、二つの剣の衝撃に耐えきれずに切れた。
「いぎぃいぃい! あんたら、あたいが魔王幹部ミルガンと知っての
「キルト、大丈夫!?」
「なんとか……。それより、あいつをなんとかしないと、な」
俺は魔力の使い過ぎでよろつく体で振り絞って魔剣を創造し、構える。ターニャとカインが合わせてくれるはずだ。
ミルガンは前後を見ると、よろついている俺のほうに向かって突進してきた。俺はその鋭い爪を受け止め、勢いを横に流す。そんなことは知っていたとばかりにすぐに体勢を整えたミルガンだったが、背後からの気配を感じて振り返る。
「キルトに何するのさ!」
「まったく同感だ」
「ガキごときに何が……ぐぎぃぃいいぃ!? その鋼……
カインの剣を見てミルガンは言い放つ。
聖銀とは、教会で祝福を受けた鋼のみを使って作られた件もある。その刀身は白く、血の赤と対比して美しい。神に祝福されたとあって切れ味も抜群だ。勇者カインが持つ、エールゴードン家に伝わる宝剣──。
それでもターニャとカインがまだ九歳なのには変わりなく、左腕のひとなぎで吹き飛ばされてしまう。
「ターニャ! カイン!」
「……さあ、あんたらはどうするんだい?」
ミルガンが俺の前に立って言い放つ。俺が取る行動なんて、決まってる。
魔眼を発動し、分析をして死線を探す。……あった。胸の一点。そこだけにやつを死に導く線がある。
「うおおおおおおおお!」
俺は最後の力を振り絞って魔力で身体能力をブーストし高くジャンプして、血で汚れて見えにくい視界でもはっきりと見える死線を刺し貫いた。
シルヴィの花の根が伸びていっていたおかげで肉が柔らかくなっており、弾かれるということはなかった。剣を抜いて脇に落ちた俺の目の前を、ミルガンの血が汚していく。
「くっ……。かはっ! このクソガキども……。ああ、体が崩れる……!」
ミルガンは死線には抗えなかったようで、どんどん体が崩れていく。
終わった。そう思ってそれを眺めていると、腰まで崩れてちょうど視線が
「魔王様は常にあんたのことを見ている。逃げ場はない。逃げ場があるとすれば、それは魔王様に服従を誓うか、あんたがあたいらに殺されるかだ。そこを重々承知で、生きるんだね。ああ、恨めしい。こんなガキに、あたいは……!」
頭の最後の一片すら残さず崩れたミルガンは、灰になって風に乗って消えていった。
そこで急激にめまいがして、俺はぶっ倒れた。それ以降のことは、覚えていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます