第11話 誰が好き?
聖モンドル学園では全寮制を採用している。これは貴族も一般市民も根本は同じ人間であるという理念の下に作られたものであり、学校内で貴族の権力を使うのはタブー視されている。
二年間の短い間を共に過ごすルームメイトは大事であり、そこから友情が生まれたり派生して友達ができていくものだ。本来なら。
「お風呂あがったよ。キルトも入ったら?」
「……なあ、カイン」
「ん?」
「なんで男女比率で今年は女子が多めなのに野郎と同室なんだろうな?」
「さあ。それは先生方に聞いてよ」
俺の渾身の愚痴も流されて、俺は枕を抱いてベッドに寝転がった。
いや、カインのことだから過ちなんてないとわかっている。親友なんだし。
でも、ギアースオブデスティニーではカインは任意のルートの女の子と同室になるはずなんだ。間違っても俺と同室になることはないはずなのである。
だから数か月前、まだ過ごしやすかった春に寮の振り分け発表を見たときは絶望した。女の子と同室じゃない、と。カインは楽しそうだったが、こっちは全然楽しくない。
俺だって女の子なら誰でもいいわけじゃない。キーキャラの五人のうち誰かと一緒になれればいいなあくらいだったのに。
あれか? 席が隣になって好感度稼いじゃったから一緒になったのか? それならカインの頭の中にある好感度システムを破壊して女の子と同室にさせなければ。
そんなことを考えているなんて知らないカインは鼻歌を歌いながら水魔法を使ってコップに水を汲み、飲み始める。水飲んでる姿まで様になってやがるよちくしょう。
「そういえば」
「うん?」
「お前は好きな子とかいないのか?」
「え? あー……」
珍しく歯切れの悪い返答だ。不思議に思っていると、カインはコップを持っていないほうの手を左右に振ってへにゃりと笑う。
「僕はまだ好きとかそういうのわからないからさ。でも、席が隣だったキルトと同室になれたのはラッキーだったと思ってるよ。男同士だと気を使わないもんね」
「そんなもんか?」
「そんなものだよ。……さて、僕は図書室にある本を読んでくる。キルトも早く寝る準備するんだよ」
そう言ってカインは部屋を出ていった。しん、と静まり返った部屋の中、俺はふと窓に近づく。するとばさっと服がめくれるのも構わないでターニャが上の階から降りてきた。
「ターニャ!? 何してんだ、危ないだろ!」
「にひひ。男同士の会話聞いてたら茶化したくなってきちゃって」
「あー。また『熟年夫婦みたい』とか言い出すんだろ」
「あ、わかった? いやー、だってあんなふうに喋ってるの聞いたら夫婦って茶化したくもなるよ」
めくれた服を直しながらターニャが部屋に入ってくる。風呂に入ってしばらくなのだろう。石鹸の香りがほんのりとして、髪も乾ききっていない。色気はまだないが女の子らしい一面を見てしまって俺は内心ドキドキが止まらなかった。
「ふう。それにしても熱いね。部屋は自前で冷やさないといけないから、サリナと同じ部屋だと風通しをよくするくらいしかできなくて」
言われてみると、汗でボディラインがはっきりわかる。少年らしい肉体から女性らしい丸みを帯びた肉体へ変わっていっているのがわかる。
俺は好感度を下げないように体はあまり見ないようにして、話を続ける。
「いいよな、ターニャは。サリナと一緒だと気を使わないだろ」
「六歳からの縁だからねー。まああんまり気は使わないよね。サリナも一緒に来ようって言ったんだけど、怖いから無理だって」
普通はそうだろうよ。大人ならともかく九歳で上の階から下の階に降りるなんて正気の沙汰じゃない。
でもターニャはそれを成し遂げてしまった。さすがは運動神経抜群。俺たちの次に試験でいい判定をもらっただけはある。
「それで、その熟年夫婦の部屋に何の用だ?」
「え? あ、それは考えてなかったなあ。どうしよう」
ノープランだったのかよ。茶化しに来るのに全力投球すぎだろ。俺としては不本意だからちょっと悲しい。
「うーん、そうだな……。あ、そうだ」
「ん?」
「ボクたち五人いるじゃん? その中で誰が一番タイプ? これは秘密にするから大丈夫だよ。ね、教えて?」
上目遣いを使われると俺は弱い。特にターニャみたいな美少女には。
俺はごほん、と咳ばらいをして考える。ターニャももちろん捨てがたいし、赤ちゃんのときから一緒だったイベルテも捨てがたいし、絶世の美少女で玉の輿一直線のシルヴィも捨てがたい。
あまり器用に魔法は使えない弱点を補ってくれるアルトリアもいいし、全世界を回って旅ができそうなサリナもいい。みんないいところがありすぎて選べない。
「ごめん。なんていうんだろう。みんないいところがありすぎて選べない。俺は全員大好きだし、特別はまだ選べないっていうか……」
「じゃあ、ボクにもまたチャンスが……」
「え?」
「う、ううん! なんでもない!」
変なの。でもここまで慌ててるターニャはもっと見てみたい……が、優しくするのが信条だ。聞かないでおこう。
「なに考えてるのか知らないけど、もう俺たちのこと熟年夫婦だなんでいじらないこと。クラスには本気にしちゃうやつもいるんだから」
「えへへ。はーい。それじゃボクはぼちぼち部屋に帰るよ。サリナも心配してたからね」
「それがいい。俺もカインが戻ってきたときターニャが部屋にいたらめんどくさそうだからさ」
「やっぱり熟年……」
「違うからな」
きっぱりと言うと、ターニャは笑いながら部屋を出ていった。まったく。油断も隙もあったもんじゃない。
でも、ターニャは俺たちのこと気にしてくれてる……。これは意識されているのでは!?
……ないか。ターニャは昔から好奇心旺盛でだいたいの事には首を突っ込んでくる。今回もその延長線上だろう。
「くあ……。風呂入って寝よう」
俺はあくびを一つ。着替えと下着とタオルを持って脱衣所に入った。
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