第2話 魔眼の力

 俺の魔眼の能力、それは分析だ。


 視た対象の分析を開始し、ものの数分でその者のすべてを見透かしてしまう。そこには当然弱点も含まれていて、どこを斬れば致命傷になるか判断できる。チート能力だ。


 敵であったときはこれを使われないように祈るしかなかったが、今は自分がこの力を行使できる。イベルテは絶対にやらせない。


「キルト様。お迎えにあがりまし……っ!?」


 深くお辞儀をして俺を勧誘しにきた悪魔に素早く駆け寄り、手にまとわせた風の刃で死線を斬ろうとする。さすがに五歳の足では悪魔の右足にある死線の一つを斬ることができずに空振りに終わってしまう。


「き、キルト様? 一体何を……」


 そう、この悪魔は魔王の命を受けて運命通りに勧誘に来ただけなのである。魔眼は元々魔族が使うもの。それを宿した人間がいるとなれば、魔王はそれを手に入れようとするのは当然のことだ。


 だが、ゲームのキルトは理由もなくそれを受け入れたかもしれないが、俺は断固としてごめんである。やっとイベルテとも仲良くなってきたのに、台無しにされたらおしまいだ。


「キルト様なんて慣れ慣れしく呼ばないでくれよ。俺は魔王の部下なんて絶対にごめんだからな」

「なっ!? なぜそれを……」


 あ、口が滑った。背後からも驚いた雰囲気を感じる。


「あ、悪魔が人間の世界に来るなんて魔王の差し金に決まってるだろ。俺は悪魔なんて大っ嫌いだ! すぐにここから立ち去れ! そうすれば殺さないで帰してやる」

「……魔王様の命だからと下手に出ていれば、小僧め! お前など魔王様にふさわしくない! ここで私がその肉を食らい尽くしてやろう!」


 ぶわっ、と魔力が広がる。しかし俺は大して怯まず距離をとって悪魔を分析していた。


 分析結果によればレベルは5。下級も下級でいいところだ。これで勧誘なんて、魔王の名が聞いて呆れる。


 俺のほうを向いて、尖った歯をちらつかせて威嚇してくる悪魔の背中に火球がぶつかった。大したダメージにはならず、ぼふっという音を立ててかき消える。


 悪魔が凶悪な顔をして振り返る。その視線の先にはイベルテがいた。火球を放ったんだろう右手を前に出して、怯えた顔をしている。だから逃げろと言ったのに。


「なんだァ? 人間のガキのくせに、この悪魔のオレ様とやる気が。気に入った。殺してやる」

「ひっ……!」

「イベルテ!」


 青い顔をして動けなくなってしまったイベルテに狙いを定めた悪魔が氷の槍を放つ前に、俺は悪魔の右足にある死線を斬った。


「ア……?」


 足が風の刃の一撃で両断され、バランスを崩して悪魔が前のめりに倒れる。俺はすかさずその胴体に乗り、右肩から斜め下にかかっている死線を風の刃で斬った。


「ぐっ……げ……!」


 死線を斬られたものはたとえ何であれ生きることはできない。傷口から大量の血が飛び出て、口から血を流して悪魔は絶命した。死体は黒いすすになって空中に消えていく。


「キルト!」


 返り血まみれになってしまった俺の元に、怖くないのかイベルテが走り寄ってくる。


「待って、イベルテ。俺、今血だらけだけど怖くないの?」

「怖いわよ! だけど、私のせいでキルトは血まみれになったんでしょう? だったら怖がって遠巻きにするなんてできないわよ!」


 これは初めて聞く台詞だ。ゲームイベント外のことをすると台詞も変化するんだな。


 とかなんとか感心してないで、今にも泣きそうなイベルテをケアしてあげないと。


「ごめん、イベルテを心配させるなんて失格だな」

「本当に、怖かったんだから……! 私、キルトが死ぬところなんて見たくなかった! だから反撃したの! それなのにキルトが血まみれになっちゃって……私……!」

「ありがとう、イベルテ。今日はシャワーを浴びて着替えたらサロンで絵本でも読もうか。そのうちに落ち着いて眠くなるかもしれないよ」

「お気遣いありがとう。でも、私は今日はキルトと一緒に寝たい」

「えっ」


 突然のイベント発生に俺は驚く。イベルテといえば男勝りで男との接触を嫌う節があったはずなのに、命を救って好感度が上がったからかわがままを言い出した。


 俺も男だ。これが本当に五歳児だったら一緒に寝て済むんだろうが、前世では成人していた身。立派な犯罪になってしまう可能性があるのでそれはできない相談だ。


「イベルテ、ありがとう。気持ちは受け取るよ。でも、今日は怖い思いをしただろう? 君が寝るまでベッドのそばで本を読んであげるから。それでどうかな?」


 イベルテは少し考えて、頷いた。


「それなら、いい。本当に眠るまで側にいてね?」

「もちろんだ。じゃあ、まずはシャワーを浴びてくる。いい子で待ってられる?」

「ぐすっ。……うん」

「えらいね、イベルテは。じゃあ、屋敷に帰ろっか」


 事を見ていたメイドがようやくはっとした様子で俺たちに走り寄ってくる。騒ぎを聞きつけた両親と追加のメイドたちが惨状を見て中には失神する者までいた。


 俺たちは無事回収され、シャワーを浴び、イベルテのとの約束通り彼女が眠るまで本を読んで聞かせた。


 このゲームの世界で、どんな運命が待っているんだろう。

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