23.応援要請


 景色がすさまじい速度で過ぎ去っていく。

 こんなにも速く、長く走ったのは久しぶりだが不思議と疲れは出ていなかった。

 疲れを無視しなければならないほど重要な答えを抱えているのだ。

 これを誰かに伝えきるまで疲れを見せることはできない。


 ベリッと嫌な音が足下で鳴った。

 足に嫌な違和感を感じたことから、恐らく靴が破けたのだと分かる。

 足を動かす度に違和感が襲う。


「邪魔ッ!」


 足を思いっきり振り上げて破れた靴を吹き飛ばす。

 店の横に設置されていた樽に直撃して穴が空くが、その音を聞くより先にロロは店を通りすぎていた。


 整備された街道を布一枚で走るには硬すぎる。

 普通に走る分にはいいかもしれないが『疾走スキル』を使うとなると靴下もすぐに使い物にならなくなった。

 冒険者ギルドには着実に近づいていたが、それにともなって足の裏が痛みを訴えた。

 しかし歯を食い縛って走り抜ける。

 速度は意地でも落とさない。


 そんな調子で冒険者ギルドに辿り着いたロロは靴を履いている方の脚で扉を蹴り飛ばした。


「せええい!」


 想像以上に強い力で蹴り飛ばしてしまったらしく、金具が木材と共に剥がれてしまう。

 扉はひしゃげて床に叩きつけられたが、勢い余って暴れまわりながら受け付けの机に直撃すると同時に、転がるようにしてロロもギルドに入った。

 幸い人が少なかったので怪我人こそ出なかったようだが、豪快すぎるロロの登場に数名の職員が顔を出す。

 その中にはナルファムもいる。


「どうしたってんだい!?」

「ナルファムさん! ゲホゲホ!」

「君は……! なにがあった!?」


 足を止めてしまったためか、それともナルファムを見て安堵したのか。

 先程まで感じていなかった疲労が一気に押し寄せ、立っていることが出来なくなった。

 喉はからからで唾を飲み込んでも飲み下せない。

 心臓は音を耳元で聞いているかのように跳ね回っていた。

 早く酸素を寄越せ、と急かされているようで呼吸も激しくなってしまう。


 肩で息をしているロロにナルファムが駆けつける。

 職員の一人に水を持ってくるように指示を出し、彼女はロロの背中を残っている手で優しく撫でた。


 ふと、ボロボロになっている足を見る。

 綺麗な肌からは血が滲んでおり、砂利や砂が付着していた。

 もう一度職員に声をかけたナルファムは救急箱を取ってくるようにと指示を出す。


 こんなになるまで走ってきたということは、何か重要なことを伝えに来たのだろう。

 ナルファムはロロの背をさすり続け、落ち着くまで側にいた。

 だがこの時間すら惜しい。

 ロロは息も絶え絶えといった様子で必死に言葉を絞り出す。


「なる……ファム、さん……! ぜぇ、はぁ……!」

「まずは息をしな。話すのはそれからでいい」

「犯人、ぜぇー、ぜぁー……! わか、った……!」

「なんだって?」


 この短期間に何かがあった、とナルファムは直感した。

 すべての説明を聞く前に大きな声を出して職員に指示を出す。


「アイニィが向かった区画に増援を送るんだ! 今すぐ! はやぁく!!!!」

『『は、はい!!』』


 いつになく厳しい言葉で指示を出された職員は、一度大きく肩を跳ね上げてからバタバタと動き出した。

 ロロが最もやって欲しかったことをこの一瞬で行ってくれた。

 二人を護衛していたアイニィに何かがあったのだとナルファムは気付いたのだ。

 そしてロロは増援を要請しにここまでやって来た。


 三人が向かった先に増援を送ればいいと思ったナルファムだったが、場所が少し違う。

 ロロは再び声を絞り出す。


「ぜぇ、ぜぇ……! ぼ……! 墓地……! です!」

「変更!! キュリアス王国の墓地に向かわせな!!」


 間違いに一瞬で気付き、轟くような声で指示に修正を入れる。

 冒険者ギルド中に響きそうな大声だ。

 壁を隔てたところにいる者たちでも彼女の指示を聞くことが出来ただろう。


 とりあえずこれで一安心。

 安堵したロロは一気に崩れ落ちた。

 気絶するとまではいかないが、しばらく動けそうにない。


「ちょっと! 大丈夫かい!?」

「ぜぇ、ぜぇ……!」


 下半身が痛い。

 今思えば『疾走スキル』をここまで無理矢理使い続けたのは初めてだ。

 体力の限界を超えてもスキルを止めることなくここまで走り抜いた。

 流石に使いすぎたのかもしれない。


 そこでようやく二名の職員が飲料水と救急箱を持ってきてくれた。

 ナルファムが少し体を起こし、水を飲みやすいように支えてくれる。

 同時に手当も行ってくれたようだ。

 痛みはまだ引かないが、水を飲んだおかげで息切れは収まってきた。


 長年走り続けてきたので持久力はあるし、若いので回復も早いのだ。

 ようやく落ち着いて話ができるようになったので、ロロはナルファムに犯人について説明する。

 近くにいた職員もそれを聞いており、顔を見合わせて目を瞠った。


「ライキンス神父……! よく気付いたね!」

「今……ゲホゲホ……。アイニィさんが、戦ってます……。また助けてもらったみたいで……」


 ロロは墓地から逃げる時、一度だけ後ろを振り返った。

 その時はアイニィが丁度亡霊の顔面に蹴りを入れていた時であり、また助けてもらったのだと理解した。

 無理をしてまで走り続けたのはこれがあったからだ。

 急がなければアイニィの命が危ない。


 それに墓地にはテレスもいたはずだ。

 激しい戦闘の音が聞こえてきたので彼女も戦っているはずである。

 ダムラスももしかしたらそこにいるかもしれない。


「ナルファムさん……お願いします。墓地にいる皆を……」

「もちろんそのつもりさ。犯人が分かったならまずはそっちを始末しないとね」

「イダダダダ!」

「あら?」


 少しでも動くと下半身に激痛が走る。

 異変に気付いたナルファムはロロの脚に手を添えた。


「……随分無理してここに来たんだね。三日は安静にしておきな」

「そ、そんなに!?」

「筋繊維ずたずただからね。よくもまぁここまでして……ったく」

「痛ったぁああああ!!!!」


 突然ナルファムはロロの体をひょいと持ち上げた。

 力の入らない下半身に激痛が走り悲鳴を上げる。

 悲痛な声を上げ続けるロロを完全に無視して医務室へと運んでいく。


 職員二人はその姿を苦笑いで見送る。

 こういう冒険者を何度か見たことがあるので慣れていると言えばそうなのだが、明らかに一般市民と思われるロロにその仕打ちは酷だろう。

 自業自得といってしまえばそれまでだが、もう少し労ってやれないものかと頭を掻く。

 あとで差し入れでも持って行ってあげようと頷き合った職員二人は、業務に戻ったのだった。


「痛い! 痛い痛い!! いたああいいいいい!!」

「痛いのは生きてる証拠! はい、しばらくここで安静にしてな!」

「いったああ!! うわああああん!! うええええん!!」

「あ、そういえば冒険者じゃなかったっけ……ごめん」


 壁越しでも聞こえてくる悲鳴は『さすがにキツイ』と残っている職員一同は同じことを思ったのだった。



 ◆



 武器探しが始まっているキュリアス王国。

 数多くの冒険者が街中を駆け回っているわけだが、その中を走って移動するなど考えたくはない。

 今回は緊急事態だ。

 彼らと同じ道を使えば移動速度が急激に落ちてすべてが間に合わなくなる可能性があった。


 タリアナは屋根より高い位置を飛んで移動し続ける。

 障害物の一切を無視して一直線に向かうことが出来るので、使い方次第ではロロよりも移動速度は速い。

 何より道に迷うことがないのだ。

 しかし今回の目的地は……辿り着くことはできるだろうが生きた心地はしない場所かもしれない。


 向かっている場所は爵位を持つ人たちの家屋がある場所……。

 つまるところ貴族街だ。

 タリアナはアイニィと合流して話を付けた後、彼女から「貴族街に向かって! この事を伝えて欲しい人がいる!」と言われてしまい、貴族街へ向かうことになった。


 アイニィの知り合いに貴族の人間がいるとは驚きだった。

 だがタリアナはその人物の顔を知らない。

 家の場所と名前だけは聞いているのだが……すれ違いになったりしないだろうかと若干の不安がよぎる。


「お願いだから居てください……!」


 そう願いながら目的地まで飛んで行く。

 ここで失敗してしまったら……アイニィが危ない。


 辿り着いた場所は貴族街にはあまり相応しくない質素な屋敷だった。

 石像もなければ重々しい鉄格子もない。

 その代わり見事な庭が広がっており、二名の庭師が今も手入れを行っていた。


 アイニィは高度を下げて着地する。

 指定された場所はここの筈だが……本当にここなのだろうか?

 何はともあれ人はいるのだ。

 急ぎ足で近づき、声をかける。


「あ、あの!」

「ん?」


 庭師の一人が顔を上げる。

 彼は金髪の老人で、おやといった様子で汚れた手を首に巻いているタオルで拭った。


「若い子がこんな所に来るとは珍しい。何か用かい?」

「あ、あの……えっとー……。アイニィさんが……」

「おお、懐かしい名前だね。なにか言伝があるのかな? では伝えておこう」

「アイニィさんが危ないんです! えと、私ここに来てそう伝えるようにって言われて……でも多分伝えるのは貴方じゃなくて!」

「落ち着きなさい」


 緊張しっぱなしのタリアナは言葉がまとまらず、自分でも何が伝えたいかよく分からなくなったが、老人は優しい言葉を使い続けた。

 緊急を要する事態だということは既に分かっているだろう。

 だがその内容を間違って捉えてしまえば大事だ。


 老人はタリアナの前でしゃがみ込む。


「お嬢さんは誰に用があるのかな?」


 そうだ、それを一番最初に言わなければならなかったのだった。

 気付いたタリアナはすぐに答える。


「メルさんです!」

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