25.本命


 防具をまともに着付けていない今、過去の亡霊たちと戦い続けるのは至難の業だった。

 延べ十二名から集中放火されていたアイニィだったが、雷魔法を駆使して可能な限り各個撃破できる立ち位置に陣取る。

 だが相手は全員がSランク冒険者。

 カバーも早く、火力は高く、なにより攻撃が激しい。

 逃げ回る一方で一切攻撃を仕掛けることができないのが現状だ。


 かと言ってこの場を放棄しては、新たな犠牲者が出てしまう。

 何より大本命がここに居るのだ。

 ライキンス神父は屋根の上から高みの見物をしている。


 死霊術師は近接戦闘を苦手としているはずだ。

 近づいてしまえばこちらのものなのだが、ここ数十年で質のいいレイスを集めることに成功していたらしい。


 アイニィが覚えている限り、ライキンス神父は二十年以上前にキュリアス王国の墓地で教会を任せられた人物だったはずだ。

 彼がリヴァスプロ王国の使者であることにも驚いたが、それほど長い間潜伏していたことにも驚いた。

 百鬼夜行が発生した数年後には、もうキュリアス王国を破壊する算段を付けていたという事。


 今回の一件はライキンス神父にとって理想的な盤面ではなかったかもしれないが、ロロが持ってきた手紙のこともあって強行するしかなかったのかもしれない。

 満足のいかない形で実行させられたことはいい。

 だが問題は、やはりこの数を一人では捌けないということだ。


「くっ……!」


 無詠唱で雷魔法を発動させ、飛んできた攻撃を回避する。

 だが足を止めれば既に武器を振りかぶっている亡霊がいた。

 その攻撃を何とか防いで薙ぎ払い、目と感覚を研ぎ澄ませて相手の動きを予測する。


「アイニィさん!」

「今行きます!」

「!! 来ないで!」


 周囲で武器を探し回っていたであろう冒険者二名が駆けつける。

 アイニィの制止を無視して武器を抜刀した瞬間、敵だと認識されて三体の亡霊が対処に向かった。

 白い靄が尾を引きながら二人の横を通過する。

 ただ移動しただけだと思っていた二人だったが、ピー……と首に赤い筋が伸びていった。


「ごぶ……」

「コポ──?」


 走りながら首が落ちる。

 体が気付かなかったのか、暫く首がない状態で走っていたが急に倒れて沈黙した。


 これで八人目だ。

 周囲を散策している冒険者がたまに助っ人としてやってくるが、相手は過去のSランク冒険者。

 実戦経験の数が違う相手だ。

 現代のAランクでも苦戦するため、最低でもSランク冒険者でなければ相手にならないだろう。


「クソッ……!」


 一人でも倒すことができれば、と思うがそんな隙を見せてくれるほどやさしくはない。

 彼らのことを全員知っており、Sランクの実力を持っているアイニィだからこそこうして拮抗状態に持ち込めているわけだが……。

 正直、長くは持ちそうにない。


 今しがた二人の冒険者を仕留めた三体に狙いを定め、雷魔法を使って全力で突いた。

 しかし亡霊は紙一重でそれを躱す。

 この速度をもってしても仕留めきれない。

 そしてカウンターが返ってくる。


 逆手に持った暗器を振り抜こうとした亡霊の腕を掴み、大きく腕を振るって振り回す。

 体幹を崩す技だったが隠密を得意としている相手にこの攻撃はやはり効かなかった。

 振り回されると同時に地面を蹴り上げて跳躍し、何度かバク転して事なきを得る。

 その間に別の亡霊が攻撃を仕掛けてきた。

 雷魔法を使用してその場から即座に離脱し、間合いを取る。


「フー……!」


 誰か一人でもまともに戦える奴が来てはくれないものか。

 そう胸の内で悪態をつく。

 タリアナは今頃目的地に辿り着いている頃だろうか?

 だとすればまだまだこの戦いを続けなければならなさそうだ。


「つっても、そろそろキッツいんだけどね……!」


 魔力が残り少ない。

 雷魔法を使うことができるのもあと数回ほどだ。

 持久戦に持ち込むのであれば、もう攻撃に魔法を使うことはできない。

 回避に専念し、耐久する他なさそうだ。


 一つ深呼吸し、槍を回して再び構えて切っ先を亡霊に向ける。

 これだけの数のSランク冒険者と対峙してよく生き残っているものだ、と笑みを浮かべた。

 無詠唱を教えてくれたあの人には感謝しなければならないと思いながら、姿勢を低くして迫りくる敵に備える。

 もう自分から攻撃しに行く体力は残っていない。

 持久戦を考えるならば相手が動くのを待った方が利口だ。


 その糸を読み取ったのか、十二名の亡霊が動き出す。

 まず前に出てきたのは巨大な戦斧を二振り握っている重装甲の亡霊だ。

 肉弾戦であれに勝てる気がしない。

 魔法を使えば鎧を砕くことができるかもしれないが、移動速度が遅いので逃げて対峙しない方がいいだろう。


「さぁ……来い!」


 アイニィが気合を入れて戦斧を回避しようと目を凝らしていると……亡霊が倒れた。


「ん!?」

「アイニィお待たせー!!」


 戦斧二振りを持った亡霊が白い靄となって掻き消えると、そこからよく知った人物が顔を見せてくれた。

 使っている武器は昔と変わらない。

 両刃剣・ナテイラはあの時と同じ輝きを持って主人の手に握られていた。


 白い髪を若干乱しながら駆けつけてくれた親友は、大人びた可憐さを有して髪をかき上げる。

 急いできてくれたようで防具などは身に着けていない。

 旦那の作業を手伝っていたのか、作業服のまま登場した。

 赤い瞳でこちらの安否を確認した後ニッと笑顔を作る。


「大丈夫そうだね!」

「ギリギリよメル! 遅い!」

「まぁまぁ!」


 手首を回して何度か両刃剣・ナテイラを回すと一気に走り出して亡霊に躍りかかる。

 走る速度は早くない。

 これくらいであれば亡霊たちも余裕で対処できる、と暗器を持った二人が最初に襲い掛かった。


「ほいっ」


 近づいて攻撃しようとした瞬間、メルの攻撃がブレたような気がした。

 目を凝らしても何をしたかよく分からずそのまま攻撃をしようとしたが、彼らの腕は既にくっついていない。

 異変に気付いた時、斬り飛ばされた腕が地面に落ちる音がした。


 それを認識する間に首を刎ねられる。

 まともな防具を身に着けていない相手であれば、狙いをつけるまでもない。

 一瞬のうちに二体の亡霊を仕留めたメルは次の標的を探す。


「相変わらず無茶苦茶ねぇ~……」


 長い間苦楽を共にしたアイニィですら、メルの攻撃を目で追うのは難しい。

 彼女のスキルがそうしているのか、はたまた激しい修行の中で成長したのか。

 なんにせよ、アイニィが知る中で最強に最も近い人物はこのメルであるということは間違いがない事実だ。


 暗器を持った二体の亡霊、そして二振りの戦斧を持った亡霊の計三体を仕留めたメルに他の亡霊が一斉に襲い掛かった。

 メルもその亡霊たちには見覚えがある。

 こんなところで戦うことになるなんて、と楽し気に笑うと……。


「宜しくお願いします!」


 一礼すると、剣をしっかりと握り直す。

 顔を上げて最も近い亡霊に狙いを定め、一瞬のうちに二度斬撃を繰り出した。

 一度は防いだ亡霊だったが二度目を防ぐことはできず首を斬られる。


 真横から槍を突き出した亡霊の攻撃を軽く蹴って防いだ後、二歩動いて肉薄し、鎧の隙間から剣を差し込む。

 飛んできた投擲物を一瞬で弾き返して他の亡霊に直撃させ、怯んだ相手ではなくまだ襲い掛かる意思のある相手に向かって剣を振るった。

 一振りで二、三撃を繰り出すメルの攻撃に亡霊は成す術なく仕留められていく。

 あっという間に五体目を倒したメルは屋根の上から注がれる視線に気づいて顔を上げた。


「あ、あれか」

「っ!」

「メルー! そいつ死霊術師のライキンス神父!」

「あ、大丈夫ー! タリアナちゃんから聞いてるから~!」


 喋りながら片手で飛んできた攻撃を簡単に弾く。

 一人を蹴り飛ばし、一人は両刃剣・ナテイラで仕留めて引き抜いた。

 残っている亡霊は六体。


 一瞬で劣勢になったため、ライキンス神父は踵を返して屋根から飛び降りた。

 足場を経由して飛び降り、着地したと同時に走り出す。

 だがそれは不可能だった。


 いつの間にか首元に槍の切っ先が向けられていたからだ。

 雷魔法で一瞬で移動してきたアイニィがそこにはいた。

 もう長く戦えなくても、非戦闘員一人を追い詰めることくらいは可能だ。


「観念しなさい、ライキンス神父。いや、ここではリヴァスプロ王国の間者、ライキンスって言った方がいいかしら」

「うぐぬ……!」


 聞きたいことは山ほどある。

 アイニィは槍を回し、石突でライキンスの首筋を殴りつけた。

 強すぎる衝撃にライキンスは昏倒する。


 それと同時にメルも亡霊をすべて仕留めてしまったらしく、相手の剣が宙を舞って地面に突き刺さった。

 久しぶりに体を動かせてご満悦な彼女は、額に浮いた汗を拭う。

 昔はこの程度で汗をかきはしなかったのだが……暫く戦線を離れていたため仕方がない。

 また鍛え直さなければならないな、と思いながらライキンスを捕縛したアイニィと合流した。

 雷魔法で家の裏手に回ったのは目視していたのですぐに見つけられた。


「アイニィお手柄じゃ~ん! よく耐えてたね!」

「メルのお陰よ。助かったわ。さすがにあの数は無理だったわね……」

「嘘だ~。温存してたんでしょ?」

「んー、まぁ、うん。そういうことでいいわ」


 本当に限界が近かったのだが……面倒くさくなったのでそのままにしておいた。

 さて、こいつを冒険者ギルドに運ばなければならない。

 それはまだまだ元気の有り余っているメルが担ぎ上げてくれた。


「じゃ、戻りましょうか」

「そうだねー。それにしてもアイニィ。あの子とどういった関係?」

「タリアナちゃんのこと?」

「そうそう」


 初めて会った時は少し動揺していたので話の内容を噛み砕くのに少しだけ時間がかかった。

 今はメルの家でもてなされいていると思うのでもう大丈夫だとは思うが、話を聞けばアイニィから指示されてここに来たというではないか。

 彼女は滅多にメルの住んでいる家に人を寄越さない。

 相当大変なことがあったのはわかるが、信頼を置いて向かわせたという点が一番気になった。


 アイニィはクスリと笑う。


「あの子ともう一人いるんだけどね。今回の事件を解決に導き、尚且つキュリアス王国を守った張本人よ。ライキンスが犯人だって気付いたのよ」

「へぇ~! また落ち着いたらお話聞かないとな~!」

「ほ、ほどほどにね……?」


 二人が大変だったことを知っているアイニィは、何か聞きに行くなら明日以降にして欲しいとメルを説得した。

 これからギルドからの事情聴取も開始されるのだ。

 できるだけ負担は減らしておきたい。


 そんなことを話しながら、二人はギルドへと戻ったのだった。

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