26.後日談


 建国二百五十五年のキュリアス王国。

 大きな騒動が先日発生してしまったが、数多くの冒険者と冒険者ギルドの迅速な対応のお陰で数多くの国民の命が救われた。

 騎士団が動き始めたころにはすべてが終わっており、武器の回収も完了している。


 騎士団は実力こそ確かな精鋭揃いではあるが、足が遅い。

 だが冒険者たちは実力こそまばらであり団体行動や大多数の連携などは劣ってしまうが、足が速い。

 今回はそれが生きたと言えるだろう。


 しかし二十三年前の亡霊とやり合った人物は意外と多く、実力がまばらというだけあって怪我人も多かった。

 それだけ多くの武器が国中にばら撒かれていたのだ。

 まだ回収できないないものもあるかもしれないとして、信頼できる冒険者にのみ武器の捜索依頼を任せている。

 不正をして何の変哲もない武器を持ってくる冒険者が幾人かいたので、その措置だ。

 正直者が馬鹿を見るような依頼になってしまったので、まだ実力も信頼も不足している下級・中級冒険者たちは不正した冒険者をタコ殴りにしていた。

 彼らの気持ちも分かるし、不正した者たちをどう罰しようか考えていたナルファムだったが、これならこれでいいと無視を決め込んだ。

 冒険者同士で解決できるならそれでいい。

 もとより荒れくれ者が多いのだから、痛みをもって学べ、ということにした。


 と、そんな騒動もあって冒険者ギルドに設置されている医務室は怪我人が多かった。

 若手冒険者たちはよく軽い怪我をして帰って来るので、感染病などで命を落としてしまわないように軽い治療くらいであればここで済ませてしまう。

 若手冒険者に自分の治療費代というのは負担が大きいのだ。

 治療の有無は冒険者の生存率に直結するので、この辺はギルドが負担している。


 治療を終えてさっさと出ていく冒険者の背中を見送ったギルド専属の医者は別室に移動した。

 重症患者を一時的に寝かせる場所であり、今現在ここには三人が寝かされていた。


「痛てぇ」

「動けない」

「……」

「兄妹揃ってベッドを使うことになるとはねぇ」


 見舞いに来ていたナルファムが、寝ているロロとギギ、そしてイグルを見てくつくつ笑った。

 ロロはスキルの使い過ぎ。

 ギギとイグルは墓地での戦闘で怪我を負ってしまった。

 三人とも命に別状はないものの、数日間は安静にしなければならない。

 特にロロはそれを厳守である。


 体がズタボロになるまで使い続けたのだ。

 限界を超えてスキルを使えばもちろん肉体にダメージが入る。

 医者曰く、三日ではなく一週間は安静にしなければならないということだった。


 因みにギギは普通にダムラスとの共闘で怪我をしただけである。

 背中をバッサリとやられていたが傷は浅かった。

 だが傷口が開くととんでもないことになるので、彼もここで二週間は安静にしているようにとの指示を出されている。

 イグルも似た様なものだ。


 ギルド専属の医者がため息交じりにナルファムに報告する。


「本来であればしっかりとした医療施設に移ってもらいたいところですが、功労者ということもありますし治療はここですべて終わらせます。それでいいんですよね?」

「ああ、もちろん。ギルドから感謝状を贈りたいくらいの活躍だったからね」

「分かりました。では医療品の購入をお願いします」

「予算は?」

「こんなもんで」

 

 指を数本立てて金額を提示する。

 ナルファムは一瞬固まったが直ぐに平静を装って頷いた。

 満足げに笑顔になった医者は一礼をして部屋を出ていく。


「あの野郎……足元見たな……」

「大丈夫なのか?」

「ああ、まぁ騎士団に文句言って金巻き上げるから」

「まぁお前ならそれはできるか」


 同席していたダムラスは不安に思って聞いてみたが、どうやら心配は無用だったらしい。

 搾り取る金額が増えただけ程度にしか考えていなさそうだ。


 すると扉がノックされた。

 ナルファムが返事をすると、タリアナとアイニィ、ヨナ、そしてメルが顔を出す。

 どうやら四人もお見舞いに来てくれたようだ。


「ロロ大丈夫?」

「ロロちゃんお手柄だったにぇ~。はいこれー」

「え、うわあすごい! テポンのケーキ屋のお菓子だ!?」


 タリアナとヨナは沢山のケーキや菓子を差し入れとして持ってきてくれた。

 それも早朝に並ばなければ手に入れるのが難しいテポンのケーキ屋の商品。

 だが、それにしても量が多かった。


 たしか人気店だったので購入制限を設けていたはずだ。

 それなのにどうしてこんなに多くの商品を購入することができたのだろうか?


「アイニィさんのお陰なんだ~」

「アイニィさんの?」


 彼女の方を見てみれば、少し照れ臭そうにしながら教えてくれた。


「ほら、ロロちゃんとタリアナちゃんと出会った時って、テポンのケーキ屋の前だったじゃない? そこでレイスも倒したでしょ?」

「そういえば……」

「そしたら店主のテポンさんが『貴方が通りかからなければ私もやられていたかもしれません、貴方は恩人です』って……」

「お礼の品として貰ったんですね! 流石です!」

「生涯優先チケットも貰っちゃったわ……」


 懐から取り出して見せてくれたのは貴族にだけ配られる優先チケットだった。

 とはいえ順番待ちを無視して横入りできる気もしないし、使うつもりはないとの事。

 これだけ多くの商品を貰ったのだ。

 これ以上望むものはない。


「アイニィ~。本当にいいの~?」

「いいのいいの。あ、ナルファムさんも食べます?」

「私はもう歳だから甘いものはちょっとね。皆で食べておくれ」


 ナルファムとダムラス以外の全員にお菓子とケーキが配られた。

 たまにはこういうのもいいなぁ、とロロは思いながら甘いケーキを頬張る。

 クリームとスポンジのバランスが本当に丁度いい。

 いくらでも食べられそうである。


 ギギとイグルも痛む体を起こして食べ始める。

 イグルは丁度良かったらしいが、ギギは少し食べるのに苦労していた。

 実は甘い物はそこまで得意ではないのだ。


「ギギ兄ちゃん食べられる?」

「……もう、いいかな」

「ちょーだい!」

「はいはい」


 ギギから貰ったケーキをぺろりと食べる。

 疲れた体に染み渡るようだ。

 甘い食べ物は正義である。


「あ、私は初めましてだったっけ」

「んむ?」


 メルが軽く手を振った。

 それに軽く頷いてから口の中に入っているケーキを飲み込んだ。


「です! 初めまして、ロロです!」

「話は聞いてるよ~。なんでも今回の事件を解決に導いた探偵さんだそうじゃん? 墓地でレイスを発見、ギルドで調べ物、ダムラスさんに直談判してから犯人に気付いた! かっこいいねー!」

「……あ、やばい」

「ろ~ろ~?」


 隣のベッドからの殺気がやばい。

 カタカタと小刻みに震えながらギギを見やれば、笑顔に影を落としてこちらを睨んでいた。

 あれから帰ることなく独自に動いて捜査していたのだ。

 言いつけを守らなかったのだから怒られて当然である。


 しかしそこまで詳しい話を今までしなかったのでこのまま回避できるかと思ったが……。

 まさかこんなところで暴露されるとは思わなかった。

 ロロはとりあえず深々と頭を下げて謝った。

 ギギは何か言い返そうと思ったが、功績を考えればそれくらい不問にしてやるべきか、と考え直して寝転がる。


「……あれ、私なんか変なこと言ったかな?」

「危ないから帰れって言われてたけど、無視して色々探ってたんです。ね、ロロ」

「タリアナ……貴方もでしょ……」

「ああーそういうことね! まぁそういう時もあるよね!」

((あるのかなぁ……?))


 ロロとタリアナが同じ疑問を頭に思い浮かべたが口には出さないでおいた。

 なんにせよ無事に終わったのだ。


 だがあれからライキンスはどうなったのだろうか?

 ふとタリアナがナルファムに聞いてみる。


「まぁ証拠は意地でも出さないだろうね。リヴァスプロ王国との関係性を証明できるものは今のところないし、単独でレイスを大量に呼び出したってだけの罪にしか問えない。死傷者も出てるし相応の罰は下されるだろうけど……」

「はぁ~……まさかワシがそんな奴を守っていたとはなぁ……。気付かんかったわ」

「そう簡単に尻尾は掴ませてくれないからね。間者ってのは。まぁ後は騎士団……国に任せることになるわね」


 騎士団がライキンスを回収しに来るまではギルドが監禁し、尚且つ尋問もしてみたのだがもちろん吐くわけもなく騎士団に引き取られた。

 テレスがいれば何か分かったかもしれないが、全てのレイスを始末した後彼女はそそくさとキュリアス王国を経ってしまった。

 もうここはいい、といった風だったように思う。


 要らぬ疑いを掛けられる前に出立したのはいい選択なのかもしれない。

 だがロロは叶うことならもう一度異国料理が食べたかったなぁ、と口惜しく思う。


 なんにせよ、あとのことは国とギルドに任せておけばいい。

 もう自分たちができる事はやり切ったのだ。

 ロロは安堵して甘いケーキを再び頬張る。


「あ、そうだそうだ!」


 突然、ズイッと体を寄せてきたメルに目を瞠る。

 初対面ではあるが彼女の性格がなんとなく分かってきた。

 とても明るく、そして人懐っこい。


「本人であるロロちゃんに聞きたいんだけどさ! いいかな?」

「いいですよ」

「どうしてこんな大冒険をしようと思ったの?」


 メルが純粋な疑問をぶつけてきた。

 彼女はあまり詳しく話を聞いていないので、手紙のことも知らないのだ。


 確かにこの数日は冒険の連続だったように思う。

 探偵のまねごとをして楽しかったということもあるし、犯人も無事に見つけられたが命の危機に晒されたこともあった。

 普通に過ごしていれば、このようなことは起こり得ないはずだ。


 だが、ロロは一つのきっかけを持っていた。


「冒険のきっかけは炙り出しでした!」

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