24.蘇る英雄たち


 死人が眠る巨大な墓地は騒がしかった。

 地面が弾け、火花が飛び散り、獣の唸り声が響く。

 墓地の大地のほとんどを白い靄が支配しており、それは英雄たちが眠る武具の山から発生していた。

 幸い足元にしか靄はないため、視界を遮ることはなかった。

 だが足場を目視できないというのは前線で戦う戦士にとっては致命的だ。

 不安が残ればそちらに意識が集中し、満足に剣を振るえなくなる。


 テレスはなんとか地形を脳内で作り上げながら立ち回ることができていたが、ギギとイグルは大きく動き回ることができなかった。

 明らかな経験不足。

 大鉈という大きな得物を振り回すギギにとって、足捌きは非常に重要だ。

 大きく踏み込んで踏ん張らなければならないのだから。


 その場を動かずに武器を振るうことももちろんできるが、力が入らない。

 おまけにすべて受けに回ってしまうので防戦になることの方が多かった。


「ギギ! もうちょい足場信じろ!」

「……わかって、はいるが……!」

「イグル! お前は過信しすぎだ! もう少し抑えろ!」

「は!? 言ってる場合かよっ!!」


 大上段から繰り出された斬撃を大きく回避し、飛び掛かる。

 同じロングソード相手に引けは取らない。

 だが過去の冒険者とだけあって対応は早く、実戦経験の数から苦戦を強いられた。


 イグルが戦っているのはロングソードを片手で操る亡霊だ。

 相手は少し戦い方が特殊で、ロングソードを振った勢いを使って片足を軸にして回転し、まるで踊る様にして武器を振るっている。

 遠心力の乗った攻撃のみが飛んでくるので、受け止めると隙を生む。

 そのため受け流すことに注力しているわけだが……。


(っ!)


 若干の起伏に足を取られた。

 ほぼ一瞬の出来事ではあったが、この一瞬が戦場では命取りになる。


 二度回転した亡霊が遠心力を乗せ切った攻撃を真横から繰り出す。

 あれを防具で受けるのは無理だ。

 かといって剣で受けると隙を生むが……ここは剣で受けるしかなかった。


 強い衝撃が剣越しに走る。

 手が痺れる程の斬撃に加え、体勢を崩すに十分な火力。

 イグルはたたらを踏んで後退して距離を取ろうとするが、それを見逃すほど相手は甘くない。

 すぐさま次の攻撃が上段より繰り出される。


「ふんっ!!」

「──」


 大きく踏み込んだギギが下段から大鉈を振り上げる。

 火力だけで言えばギギの方が上回っていたようで、亡霊の件は簡単に弾かれた。

 なんなら体勢も崩れたようだ。


「イグル!」

「っ! おう!!」


 素早く構え直して突きを繰り出す。

 この瞬間亡霊は身を翻して回避しようとしたが、片足を軸にした瞬間に足が払われた。

 ロシュ・マヴォルが尻尾で足を掬ったのだ。


 転倒した亡霊にイグルがロングソードを突き刺す。

 まだ動こうとしていることに気付いたギギが大鉈を腹部に叩き込んだ。

 軽い鎧だったのでそのまま真っ二つにする事ができた。

 亡霊はボシュッと音を立てて白い靄となって消え去る。


「終わったか!? んじゃこっち手伝え!」

「ぐっ……」

「何体出てくんだよくそ……!」


 二人がとどめを刺した音をしっかり聞いていたテレスは三体の亡霊を相手にしていた。

 一本の剣で三本の武器に対応している。

 湧き出て来る亡霊はAランクだったりBランクだったりと振れ幅が大きく、テレスは今までに十七人の亡霊を仕留めていた。

 Sランク以外であれば何とかなる。

 相性さえよければ瞬殺することも間々あった。


 それにしても大地を覆っている白い靄が厄介だ。

 気体なので吹き飛ばせば何とかなるかもしれない、とギギが大鉈で風を起こしてみるがその場に滞留し続けるので意味がない。


 二人が息を整えていると、また新しい亡霊が白い靄の中から起き上がった。

 曲がった腰をまっすぐにすると同時に、腕をぴんっと伸ばして弓を構える。

 遠距離武器を持っている亡霊に気付いた瞬間の二人の動きは早かった。

 即座に地面を蹴ってその場から飛び退く。

 極太の大弓から放たれる矢は地面を簡単に抉り抜いた。


「なんだあれぇ!?」

「ほお! ローデン要塞の武器だな! 気を付けな二人とも! そいつSランク以上だぞ!」

「「無理!」」


 矢筒からもう一本の矢を取り出した。

 その速度と言ったら剣を振るよりも早かったかもしれない。

 引き絞るのに相当力が必要なのか、腕は膨れ上がり額には青筋が入っている。

 ミシミシとしなる弓から放たれる矢の威力は……先ほど見た通りだ。

 直撃すればただではすまないし、受け流すことも不可能だろう。


 亡霊はただでさえ引き絞るのに苦労する弓を使っているというのに、矢をねじって弦に絡ませた。

 これから放たれる矢は弾道が変わる。


 空気を震わせる程の音が弓から響く。

 弦は風を斬って甲高い音を立て、ようやく元の姿に戻った弓はまっすぐに伸びていた。

 放たれた矢を目で捉えることは不可能で瞬きすれば着弾している。

 狙いはギギに向けられていたというのに、矢はイグルの防具に直撃した。


 身を守るための防具は砕けてしまい、血液が宙を舞う。

 だが幸いなことに致命傷にまでは至らなかったようだ。

 防具のお陰で軌道が少しだけズレたらしい。

 しかし、次の矢が止めを刺さんと引き絞られる。


「ぐぅっ……!」

「イグル!」


 バッと踵を返してイグルの下に駆け寄ったギギは大鉈を盾にした。

 その瞬間凄まじい衝撃が走る。

 矢が大鉈を貫いてギギの腕を掠めた。

 だが貫通はしなかったので大事には至っていない。

 もしこの矢が貫通していればその限りではなかっただろう。


 弓を引き絞る音が聞こえた。

 次の瞬間、大鉈が重い金属音をけたたましく鳴らしながらポッキリと折れる。

 二度も矢を受けきることはできなかったらしい。


「痛っづ……!」

「ギギ……ゲホッ……!」

「おいてめぇら死ぬんじゃねぇぞ!?」


 そうは言うテレスだったが、彼女も三体を相手にしているため助太刀に向かうことができなかった。

 このままでは二人が仕留められる。


「ロン!!」


 突如、ギギを狙っていた亡霊が横に吹き飛んでいった。

 地面から飛び出したロシュ・マヴォルのロンが巨大な腕で相手を薙ぎ払ったのだ。

 亡霊はロンの唾液に触れていないため、姿が見えないのだ。


 ふきとばされた……亡霊は体勢を整えながら周囲を見渡す。

 さすがに今の攻撃はきつかったのか、顔をしかめて脇腹を手で押さえていた。


「ショルルル」

「た、助かった……。ありがとう、ロン」

「ショロロ……」


 ギギは礼をいいながらイグルを見る。

 致命傷には至らなかったものの、近くで見てみると出血量が多い。

 血が今も流れており、とてもではないがもう戦闘には参加できそうにない。

 すぐにバックから医療道具を取り出し、イグルに渡す。


「止血、してろ」

「……わかった……!」


 折れた大鉈を持ち上げる。

 これは鉈というより斧に近い姿になっていた。

 折れてしまったことにより軽くなったので、取りまわしはしやすいだろう。


 持ち手は今まで使っていた姿のままなので手には馴染む。

 何度か振るって調子を確かめるとそれを肩に担いだ。


「修行期間は、こんなもんでいいか……」

「……?」


 ボソリと呟いたギギの言葉に、イグルが首をかしげる。

 するとギギは落ちている大鉈の片割れを拾い上げ、亡霊に向かって投擲した。


「ーー!?」


 矢と同じ速度で急接近する大鉈の片割れに、亡霊は目を見張って驚愕した。

 もちろんすぐにそれを回避する。

 しかし回避した方にギギがいることに、亡霊は気づけなかった。


「ぜいっ!!!!」


 大鉈の片割れを投げた瞬間急接近し、亡霊の回避方向に陣取った。

 相手は遠距離武器の使い手。

 接近さえしてしまえばこちらが有利になる。


 亡霊はその攻撃を弓で防ぐ。

 この弓は魔族領にいる魔物から作った特別な弓であり、物理攻撃をものともしない耐久性を有していた。

 さらに彼はSランク冒険者。

 力任せの攻撃など効くはずがなかった。


 しかし思いの外、ギギが繰り出した攻撃は重かった。


「──!?」


 ギギはやせ形で、長年冒険者活動を続けているのにも関わらず目に見えて筋肉量が増えることはなかった。

 スキルに頼れば筋力がなくとも武器は振るえるのだが、いつしか限界を垣間見た。


 スキルに頼ったままだと、成長できない。

 技術こそ研磨されるかもしれないが、純粋なパワー勝負で勝つことができないのだ。

 それを実感したのは鍔迫り合い。

 全ての稽古において、ギギは押し負けたのだ。


 それからギギは使い慣れない重量級の武器を使うようになった。

 ギリギリスキルを発動できるのが大鉈であり、満足に振るえるようになるとさらに大きい鉈を準備した。

 そして今まで使用していた大鉈にまでなったのだ。


 故に、ギギのスキルは『大鉈スキル』ではない。

 彼が最も得意としている武器も鉈ではない。


「潰れろ!! 『戦斧スキル』! 地割戦斧!」


 戦斧だ。

 今まで重さに任せて振るっていた大鉈だったが、斧に適した姿になったことで『戦斧スキル』が遺憾なく発揮された。

 自らの技量を全て乗せて叩き込んだ一撃。

 武器は軽くなって威力は落ちるかとも思われたがその逆だった。


「──ッッ!?」


 攻撃を受け止めた弓が悲鳴を上げる。

 亡霊は苦悶の表情をしながら歯を食い縛って耐えていると地面が凹んだ。

 受け流そうにも力が強すぎて動かせない。


 すると、大きな音を立てて弓が真っ二つになる。

 そして勢いをそのままに、折れた大鉈……もとい斧が亡霊に突き刺さった。


 大地を揺るがすほどの衝撃。

 墓地の大地を覆っていた白い靄すらも吹き飛ばした。

 久しく見ていなかった地面が露わになるが、次第にまた覆われてしまう。

 ふと周りを見やれば、敵の数はやはり増え始めていた。


 三体の亡霊をようやく仕留めたテレスが感心したように笑った。


「はははは! 実力を隠していたのか!?」

「修業期間だっただけだ……」

「そういう修行方法は確かにあるな! 誰もやりたがらないが! まぁ何でもいい! それよりこっち何とかするぞ!」

「ああ」


 テレスが武器を向けた先では、亡霊が四体こちらに向かって走ってきている。

 数名で襲ってくる相手はランクが低い。

 単体の場合は気を付けなければならないが、束になって襲い掛かる彼らの連携は侮れない。

 ここからはテレスとどれだけ息を合わせられるかが重要になってくるだろう。


 気を引き締めた二人は一気に躍り出る。

 ロシュ・マヴォルが一人を尻尾で殴り飛ばして地面に叩きつけた。

 仲間が見えない何かに攻撃されたことに気付いた三名の気が一瞬逸れる。

 そこを見逃すことなくテレスは横凪に、ギギは顎をかち上げて狙った一名を確実に仕留めた。

 残るは一体。


 二人は今し方仕留めた相手から武器を引き抜き、その勢いで流れるように攻撃を繰り出す。

 タイミングはほぼ同じであり、相手は二方向から来る斬撃を躱すことはできなかった。

 正確には“三方向”からではあったが。


 背後から巨大な大剣が亡霊に突き刺さる。

 飛んできた大剣に驚き、テレスとギギは攻撃を中断して飛び退いた。

 周囲を見渡しで体験を投げ飛ばした人物を探してみれば、のしのしと歩いてきている老人が一人いた。


「待たせた」

「……誰?」


 ギギは初めて見る顔だった。

 だがその出で立ちから相当な実力者であるということが分かる。

 するとテレスが盛大に舌打ちをして叫ぶ。


「墓守ィ!! おっそいんだよボケがああ!!」

「お前がテレスか。はは、悪いな」

「この人が……!」


 墓守は亡霊に突き刺さっている剣を握る。

 すると淡く光って亡霊が溶けるように消えていった。


「じゃあなケラン。仲間もすぐに送ってやる」


 申し訳なさそうに独り言ちた後、彼は顔を上げる。

 誰よりも墓地に近づき、起き上がってくる亡霊たちを見た。

 数が少し増えている。

 仕留め続けなければさらに増えて戦いにくくなりそうだ。


「テレスと若造。連携する気はあるか」

「ねぇよ!! 好き勝手やらせていただく! ロンこっちこい!」

「つ、着いていく……」

「よし、若造。着いてこい」


 巨大な大剣を軽々と肩に担ぎ、走り出す。

 ギギはそれに置いていかれないように全力で走った。

 そう、全力でなければ彼に追いつけなかったのだ。


 そうこうしている間に接敵する。

 亡霊は二名でそれぞれが槍を手にしていた。

 墓守は即座に肉薄して一瞬のうちに一名を仕留める。

 防具の隙間を狙った見事な一閃だ。

 淡い光が剣から放たれ、斬られた亡霊が溶けるように消えていった。


「いや、つよ……」

「関節部位ならその武器でも鎧を破壊できる。間合いだけは間違えるな。己の間合いで戦え」


 説明している間にもう一体の亡霊が槍を突き出す。

 それを簡単に反らし、大剣で絡め取りながら肉薄し、足払いをして転倒させた。

 この間、墓守は三歩しか足を動かしていない。

 転倒させて亡霊を丁寧に仕留めると、やはり溶ける様に消えていった。


「長物は接近して体術にて仕留める。余裕があるなら武器で殴り飛ばしても構わん」

「は、はい……!」

「ナイフがあるなら尚よし。己の得意な得物だけで仕留めようとしなくてもいい」


 白い靄から飛び上がる様にして暗器を持った亡霊が襲い掛かって来た。

 その数三体。

 瞬時に反応したギギはその内の一体を武器のリーチの差で仕留めることに成功した。

 だが墓守は首を横に振る。


「味方が居ても一人で戦うつもりで立ち回れ」


 暗器が振るわれるが、墓守はそれを腕に付けていた防具で軽く受け流す。


「軽い武器は重厚な鎧には勝てん。落ち着いて弾け。……若造、伏せろ」


 ギギが伏せると同時に大剣で薙ぎ払う。

 墓守の死角から襲ってきた亡霊も一緒に仕留めてしまった。

 もし一人だとしても、最初の攻撃を防いでからこうして一気に三人をまとめて仕留めるつもりだったのだろう。


「味方に頼ると死角ができる。可能な限り一人で対峙していることを想定して立ち回れ。仲間に頼るのはそれができてからだ」


 墓守は大きく踏み込む。

 淡く光った大剣を地面に突き刺し、大地を覆っていた白い靄を消し飛ばす。

 隠れていた亡霊たちが一斉に立ち上がり、突き刺さっていた武器を手に取ってこちらに歩いて来た。


「若造、あれで最後だ。ざっと三十人といったところか。あれを仕留めれば終わりだ」

「は、はい……!」

「力を抜け。無駄なところで力を入れる必要はない」


 墓守が大剣を握り直す。

 テレスも遠くの方で奮闘しているようで、注意を引いている。

 協力しないとは言っていたが、彼女は亡霊に包囲されることを恐れて二手に分かれる選択をしたのだ。

 実力も確かなようだし、こちらはこちらで集中できそうだ。


「よし、最後の稽古をつけてやる。かかってこい」

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