6.屋台


「よっしゃ綺麗になったぁー!!」


 大きな声でそう叫ぶのは、今し方レザー装備を洗い終えたロロだった。

 埃を被って放置されていたので引っ張り出すのに随分苦労してしまったが、なんとか洗濯も終わらせて綺麗に仕上げた。

 あとは乾かすだけだ。


「革って日干しだっけ? 陰干しだっけ……?」


 んー、と腕を組みながら思い出そうとしたが思い出せない。

 ここはギギが帰って来るまで安牌を取って陰で干しておくことにする。

 陰なら今日中には乾かないだろう。


 家の中にそっ……とレザー装備を置き、立ち上がる。

 一仕事終えたのでなんだかお腹が空いて来た。

 外を見てみればまだ日はあるが、あと一時間もすれば陽が沈むだろう。


 そういえば、ギギの予定を聞いていなかった。

 刃物店に居たので何かしら以来の準備をしていたということは分かるが、今日は帰ってくるのだろうか?

 冒険者家業をしていると、数日家を空けるなどは日常である。


「ん~、まぁいっかぁ」


 どこかでご飯を食べてこよう、と思い立って家を出る。

 レザー装備を洗い終えて疲れたのもあるので、今日は外食だ。

 酒場はギギがいないと行くことが出来ないので誰でも通うことが出来る食堂を探した。

 今日はどこに行こうかなぁー、と呟いながら街中を歩いていく。


 こうして一人で外食するのは久しぶりな気がする。

 いつもはギギか自分が食事を作るのだ。

 小さい頃母親に『家事だけはできるようになりなさい、どこでも生きていけるから』と言われて叩き込まれたのは懐かしい思い出である。

 巻き添えになったギギは少し可哀想ではあったが、冒険者パーティーで炊事を担当しているらしい。

 本当に役に立っている様だ。


 とはいえたまにはサボりたい。

 ルンルンと楽し気に腕を振って歩いていると、いい匂いが漂って来た。

 そこは屋台だ。

 薄い垂れ幕が気持ち程度に掛けられており、その奥で屋台の店主が作業をしている。


 あんな所に屋台なんてあっただろうか?

 見たところそこまで繁盛していないようだ。

 とはいえ匂いはとても良かった。

 思わず足を運んでしまい、薄い垂れ幕を手でどかした。


「こ、こんにちはー……」

「おや。こんばんは、いらっしゃい」

「ここは何を出しているんですか?」

「異国料理だよ」


 女店主はそう言って、席に座る様に手で促してきた。

 ロロは興味が強く湧いたのでちょんっとすぐに座る。

 メニュー表などはないらしく、屋台の壁に掛けられている札を見る様にと手だけで説明された。


「魚が多いんですね?」

「ああ、そうだよ。味が同じであれば再現はそこまで難しくないんだ。さ、どれにする?」

「異国料理ってよく分からないんで……お任せでいいですか?」

「おお、屋台らしいかもしれないね。よし、任せな。お嬢ちゃん苦手な物はあるかい?」

「酸っぱいのが……」

「よし、わかった」


 すると店主はしゃがんで食材を取り出し、調理を始めた。

 魚の鱗を取っているようで、じゃりじゃりという音が聞こえている。

 随分男の人っぽい喋り方をするなぁと思いながらロロは調理の様子を眺めていた。


「お嬢ちゃんは近所に住んでるのかい?」

「あ、今日はちょっと歩いてきました。住んでるところは離れてます」

「ああそ~う。若いってのはいいなぁ。おばちゃんもう長いこと歩けないよ」

「屋台はどうしているんですか? これ移動式ですよね」

「いい相棒がいてね~。あいつは運搬が仕事だから、俺が店開いてる時は羽を伸ばしてるんだ」

「へぇ~。ここに来るのは初めてなんですか?」

「そうなるな。あたいはローデン要塞からきたけど」

「何処……?」

「はは、旅しないなら知らないのも無理はないなぁ」


 店主は指先に炎を出し、魔道具コンロに火をつけた。

 処理した切り身の半分に何かを塗り込み、そのままフライパンに乗せたらしい。

 火が掛けられると、屋台の外で嗅いだ匂いがしてきた。


「そういえば嬢ちゃん。この辺で最近レイスとか出てないか?」

「レイス? あのー……お化けの?」

「そうそう」

「街中でそういう話は聞きませんよー?」

「ならいいんだ」


 少し安心したような様子で、鍋の味を調えるために何かを入れた。

 そこには沢山の野菜も入れられているらしい。

 それからは優しい匂いがした。


 どうして今レイスの話をするんだろう、と何となく疑問に思った。

 普通に食事を提供する上で不必要なことに思えたからだ。

 世間話というより、何か危険なことが起きているのを知っている、もしくは知ろうとしているように感じられる。


 ロロはそれに気付いてなんだかワクワクし始めた。

 この人、何か知ってる。

 面白い冒険が目の前に迫っている今、彼女はどんな小さいことも冒険に繋げようとしてしまう。


「レイスが出ると何かあるんですか?」

「ん? んー、まぁ普通はご遺体から生み出されるんだけどな。ここはちょっと違ってね」

「……え? ここは違うってどういうことです?」

「百鬼夜行って知ってるかい?」


 ロロはそれに頷く。

 この国では有名な話だ。

 呪いによって国が破壊され、多くの人々が亡くなった二十三年前の大事件。

 キュリアス王国に呪いを掛けた首謀者を仕留めてようやく事態が落ち着いたというもの。


 店主は鍋をかき混ぜながら続ける。


「その呪いは今もある」

「……えぇ?」

「呪いによって殺された冒険者たちの魂は武器に宿った。どこから力を得てレイスとなり、ここに顕現するらしいぞ」

「へぇ~」

「本当だぞ?」


 そもそもレイスを見たことがないので全くと言っていいほど実感がわかなかった。

 これは話半分に聞いておいた方が面白そうだなぁ、と思って軽く相槌を打つ。

 興味はあったのだが如何せん現実味がなさすぎる。

 そんなに古い呪いが今も残っていたなら、今頃この辺りはレイスだらけになっているはずだ。

 過去にレイスが出てきたなんて歴史はあまりないし、ロロは聞いたことすらなかった。


 すると店主が少し大きめのお椀の中に鍋の中身を取り寄せる。

 茹でられた魚の半身は真っ白になっており、ほろほろとしておりすぐにでも崩れそうだ。

 ロロの前に置かれた料理は、暖かそうな湯気が立っている。


「ちゃんこ鍋。美味いぞ」

「おお~、いただきます!」


 スプーンを使って具材を掬い上げ、冷ましてから口の中に放り込む。

 柔らかい白身魚、味のしっかりついた野菜が優しい味わいを届けてくれた。

 こういう物は初めて食べる。

 味は濃くないが食材の全てがいい塩梅で味を調えてくれているようで、食感も相まって美味しく感じられた。


「ん、美味しい!」

「そりゃあよかった。沢山あるからいくらでもお代わりできるぞ~」

「んん~!」


 鍋料理に舌鼓を打っていると、もう一つの料理も完成したらしい。

 コトッ、とロロの目の前に置かれる。


幅魚はばうおの味噌煮。結構味が濃いぞ」

「ん!」


 食べてみると、確かに味が濃い。

 味噌という物が何か分からなかったが、この魚料理にピッタリな調味料なのだろう。

 柔らかい魚の身は更に柔らかくなっており、ご丁寧に骨まで取り除かれている様だ。

 とても食べやすいし、美味しかった。


 それからもどんどん料理が出て来る。

 天ぷら、かき揚げ、焼き魚に卵料理。

 そんなこんなで食べ続け、お腹がいっぱいになった。

 今はお腹を休憩させるために座ってのんびりしているところだ。


「幸せ~」

「そいつはよかった。代金はこんなもんで」

「うわやっすい」


 店主が指で提示してくれた料金をパパッと払ってしまう。

 彼女は一度しっかり数えてからそれを箱の中に入れた。


「さ、そろそろ本題だ」

「……本題?」


 何の話だろう?

 首を傾げながら店主の言葉を待っていると、彼女は手の平を広げた。


「五年待ったぞ」

「……?」

「……? え?」

「え? 何がですか?」


  両者にクエスチョンマークが浮かぶ。

 ロロは本当に彼女が何を言っているか分かっていなかった。

 事実、何も知らないのだからそれは無理もない。


 一方店主は理解できない、といった様子で目をかっぴらいていた。

 呆れているというより、何故? という感情が強くにじみ出ている。

 様々な考えを巡らせているようではあったが、どう頑張っても納得のいく答えに辿り着かなかったらしい。


 だが一つ分かったことがある。

 店主からしてロロは……待ちに待った人間ではなかったという事。


「お嬢ちゃんなんでここ見つけられた!?」

「えっ!? いや普通に見つけたからですが!?」


 それ以外何があるというのだろうか。

 歩いていたらたまたまいい匂いがして、たまたま屋台を発見しただけに過ぎない。


 突然大きな声を出した店主にロロは驚く。

 質問からして粗相をして怒られているわけではなさそうだが、居心地が悪くなったのですぐさま席を立った。

 幸い支払いも済ませてある。

 今立ち去っても文句は言われないはずだ。


「ごちそうさまでしたぁー!!」

「あっ! ちょ待てって! おい! いやクソ速いな!?」


 自慢の『疾走スキル』を使って自宅の方へ全力で走って行く。

 もちろん障害物や人にぶつかってしまうことはない。

 長年使い続けてきたスキルだ。

 何かない限りは大きなミスは絶対にしない。


 置いていかれた店主は膝に手をついて肩で息をする。

 どう頑張っても自分一人では追いつけない相手だ。

 まだ聞きたいことが山ほどあるというのに、逃がしてしまうとは情けない。


「ぜぇ……ぜぇ……まじかぁ……! 五年も待ったんだが……!?」


 とりあえず屋台を片付けなければならない。

 顔は覚えているし、あの足の速さはスキルのはずだ。

 特徴とスキルが分かっていれば探し出すことは難しくない。


 店主はすぐに店仕舞いにかかる。

 素早い手つきで片付けを終えたところで、指を鳴らした。

 すると屋台の影からぬっ……と何かが顔を出す。

 それはイグアナのような顔だちをしており、全身黒紫色の鱗に覆われている。


「ロン、出るぞ!」

「シュルル」


 ロンと呼ばれた魔物は影から顔を出したまま尻尾を出し、屋台を掴む。

 ガラゴロと屋台が動くと同時に影も動くので、ロンもそのまま移動していく。


 魔物が影の中を移動して屋台を引いているというのに、街行く人々はその様子を一切気に停めてはいなかった。

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