7.お仕事完了!
あの後、ロロは何処にも寄り道をすることなく全速力で家に帰って布団にくるまった。
妙な夕食だったように思う。
食事自体はとても美味しかったのだが、なにせ最後の質問が不気味だった。
そのまま眠りについてしまったようで、気付けば既に朝だ。
いつもより早い時間に寝てしまった為か、起きるのも相当早かった。
さて、仕事の時間だ。
ババッと着替えて職場に向かい、昨日のことを考えないようにするため夢中で配達を終わらせた。
そして一番乗りで帰って来て、五年前の手紙の処理を続けていく。
仕事に身を入れると昨日の出来事を思い出さなくて済んだので意外と気分が良かった。
そのせいか、明日までかかるかもしれないと思っていた手紙の処理は今日の十四時ですべて終わってしまった。
最後の後始末として手紙を燃やす。
灰やら炭になった木材を回収していると、声を掛けられる。
「ロロ~。……どうしたの? 大丈夫?」
「んえ?」
タリアナが心配そうにしながら、窓から顔を出していた。
彼女はひと仕事終えたようで休憩中のようだ。
しかし心配されるようなことをした心当たりが一切なかった、ロロは首を傾げる。
実際今日は調子が良かった。
集中力も高かったため処理作業も今日で終わらせられたのだ。
それ以外は何も知れないが、やはり振り返ってみてもタリアナに心配されるようなことをした覚えはない。
「なにが?」
「何がじゃなくてー……。ロロ、集中しすぎ。まるでなにか考えないようにしてるみたい」
「……ええ? そ、そうかなぁー」
「図星でしょ」
心当たりは大いにあった。
だがそんなに誤魔化すのが下手だっただろうか?
顔に出ていたかもしれない、と思って頬をぐにぐにと揉む。
その後タリアナを見てみるが……彼女は大きくため息をついていた。
「お昼食べてないでしょ」
「……あっ」
「水も飲んでないし休憩も行ってない。のんびりやっていい仕事なのにそんなに余裕がないことある?」
「……ないです」
「一週間かけてやるような仕事を三日でやるっておかしいわよ。はい、お水」
窓越しから水筒を手渡される。
タリアナに指摘されてみてようやくわかったが、確かにお腹も空いているし喉も乾いていた。
受け取った水筒に口を付けると、体が水を欲していたことがよく分かる。
喉を鳴らして中にあった水をすべて飲んでしまった。
そういえば朝の配達を終えてから何も口にしていなかったような気がする。
水を飲んだら空腹が目立つようになった。
するとタリアナが既に準備していてくれたらしく、パンを一つ手渡してくれる。
これだけでは全く足りないが、空きっ腹に少しでも早く何かを入れたかった。
「むぐむぐ……」
「まったく……。仕事をするのはいいけど健康を考えなさい。女の子なんだから。で、何かあったの?」
お小言を口にしながら中庭に出てきたタリアナは空になった水筒を受け取って鞄に入れる。
そして別の水筒を取り出してロロに手渡した。
パンを食べた後だと喉が渇くのでありがたい。
水でパンを流し込んだ後、ロロは昨日のことを思い出して眉を下げる。
「昨日のことなんだけど……」
「うん」
「外食しようと思って歩いてたら屋台を見つけたの。異国料理を取り扱ってる屋台……。タリアナは知ってる?」
「異国料理専門の屋台……? 異国料理を提供するところがあるってだけで驚きなんだけど」
いくら思い出そうとして見ても、心当たりのない屋台だ。
異国料理ともなれば有名とまではいかないだろうがある程度の興味はそそられる。
屋台ということなので一日や二日ほどで移動してしまう為。客は定着しないだろうがそういう店があったということは広まってもいい。
もし少しでも耳に挟んだことがあるなら、そんなに珍しい屋台はなかなか忘れられないはずだ。
しかしタリアナは聞いたことすらない。
この辺のことであれば他の人よりも知っている自信はあったのだが……。
「……それで?」
「ご飯は美味しかったんだけど、食べた後に女の店主さんが『そろそろ本題だ。五年待ったぞ』って言ってきたの」
「……? うん」
「それが何のことかよく分からなくて……。何にも答えられなかったんだけど、そしたら『なんでここを見つけられた?』って大声で言われちゃって」
「ええ?」
疑いの目を向けるタリアナの気持ちはよく分かる。
自分だって何を言っているのかよくわからないのだ。
女店主はなにか大きな勘違いをしている。
それだけは確かなのだが……弁明する前に逃げ帰ってしまったので詳細は分からないまま。
もう一度彼女に会おうという気分にもなれず、忘れようと仕事に打ち込んでいたことをタリアナに吐露する。
とりあえずそれで納得はしてくれたようだ。
「五年……ねぇ……。何か心当たりはないの?」
「ううーん、強いて言うなら五年前の手紙を処理しはじめてからの事だったから……」
「ん? 待って、五年待ったって言ってたのよね?」
「うん、そうだよ」
あまりにも長い待ち時間。
しかしそれなら……その女店主は少なくとも五年間このキュリアス王国に身を置いているということになる。
だというのに異国料理の屋台を聞いたことすらない、というのは妙な気がした。
「……確かに!」
「でしょ? 私も結構食べ歩いたりしてお店を開拓したりしてるけど……。異国料理なんてやっぱり聞いたことがないわ。どんな料理だったの?」
「ちゃんこ鍋……みそ煮? あとてんぷらとか?」
「なにそれ知らない」
そこでハッ、と話が脱線しかけていることに気付いた。
タリアナはすぐに話を戻す。
「じゃなくて……! 五年も見つからない屋台なんてない! えと、それでその人なんて言ったんだっけ?」
「なんでここを見つけられた?」
「その屋台、魔法か何かで隠されてたんじゃないの? じゃないと五年も潜伏なんてできないわよ」
「じゃあなんで私は見つけられたの?」
「それをその人も聞きたかったんじゃないかな」
タリアナの推理のお陰で女店主がロロに言いたかったことがなんとなく理解できた。
これが正しいかどうかは分からないが、もしそうであればロロ自身に何かが起きたということになる。
見つけられないはずの屋台を、何故見つけることができたのか。
そういえば、あれだけ堂々とした場所にポツンとあったのに客は自分以外いなかった。
なんなら屋台を見る人もいなかった気がする。
あのいい匂いに気付いたならば気になって店を探すはずだが……。
それは自分だけだろうか?
なんにせよ……自分の身に何かが起こって屋台を発見した、という説は濃厚そうだ。
であれば何が起こったのかを探らなければならない。
このまま放置するのはとても気持ちが悪いからだ。
「ロロ、屋台を発見する前に何か変わったことはあった?」
「発見する前……前……。あっ」
ロロの脳裏に『五年前』という単語が浮かび上がった。
女店主は五年待ったと言っていた。
そしてロロは五年前の手紙からあぶり出しの手紙を発見した。
関係ないはずがない。
「……」
「……言いなさいって」
「えーっとぉ……。また後でお話しできないかなぁ……!」
ロロは小声でそう耳打ちしておく。
あの手紙は焼却処分が決まっていた物で、それをくすねたとなると何かしら問題になりかねない。
流石に郵便局ギルドの中でするような内容ではないと思い、時間を改めて話し合うことを提案した。
タリアナはロロがなにかやったな、と察してため息を吐きながら頷く。
何かやらかしたから妙なことが彼女の身に起きてしまったのだ。
説教したい気持ちを抑え、仕事終わりに二人で食材を買いへ行くついでに密会をする事にした。
ロロは火の後始末をしたら仕事は終わりなので、タリアナの仕事が終わるのを待つことになった。
とはいえ彼女も朝が早いので、仕事が終わる時間はロロと大差ない。
暫く外で待っているとすぐに出てきてくれた。
二人は足並みをそろえて商店街へと繰り出す。
人ごみに紛れればロロを探しているだろう女店主とも遭遇しにくいだろうという算段だ。
その道中、少し声を押さえながら先ほどの会話の続きを話す。
「で~ロロちゃん? なにをやらかしたのかな~?」
「……焼却処分中に……あぶり出しで文字が出てきた手紙を……くすねました……」
「貴方なにしてるの!?」
「だってぇ~!」
好奇心の方が勝ってしまった、とは言うことはできずに口をもごもごとさせるしかなかった。
タリアナは心底呆れた様子でため息をつく。
しかしロロがこういうことをするのは初めてだ。
彼女がそんなことをするということは、強く興味を引く何かがあったのだろう。
「……で? その手紙の内容は?」
「あ、はいこれ」
「なんで持ってるの……?」
「えへへ」
可愛らしく笑うロロにもう一度ため息をついてから手紙を受け取る。
手紙の四隅は少し燃えてしまって焦げているが、確かにあぶり出しの文字が大きく浮き出ていた。
内容は『キュリアス王国墓地』とだけ書かれている。
まじまじとよく見てみるが、それ以外は何も書かれていない。
内容を頭の中に入れたタリアナは手紙をロロに返却した。
「どこから来た手紙?」
「キュリアス王国国内。宛先は書かれてなかったから、それで郵便局ギルドで止まってたんだと思う」
「ダミーに見えるけど、それを利用した手紙ね。隠してでも送り届けたかったんじゃないかしら」
「……ということは、結構重要な内容なのかな?」
「その可能性はあるわねぇ……」
こういうのはあまり関わらない方がいい気がする、とタリアナは思った。
ロロがこれを手にしたのは一昨日。
そして昨日妙な屋台を見つけて、店主にいろいろ言われた。
もし、この手紙に屋台を見つけることが出来る能力を授けてくれる力があるのだとしたら──。
そこまで考えて首を横に振った。
そんなおとぎ話のような特別な手紙があるものか。
ふとロロを見てみると、彼女はなんだかワクワクしているように見えた。
この状況を楽しんでいる。
悪いことをした背徳感と、この手紙がもたらしてくれる何かに期待しているのだろう。
危険に身を晒すようなことがなければいいが、と思って前を向く。
思わず足を止めてしまった。
それはロロも同じである。
「……ロロ?」
「……な、なに?」
「屋台って……あれの事……?」
恐る恐るといった様子でタリアナが指を差した先には、屋台の影から顔を出し、泳ぐようにして屋台を引いている巨大なイグアナのような魔物がいた。
あれだけ異様な存在が真隣を通っているというのに、他の国民たちは見向きもしない。
まるで……本当に何も見えていないように感じられた。
屋台はそこそこに大きい。
道行く人々が轢かれてしまわないか不安に思ったが、どうしたことか都合よく人がはけていく。
これもあの魔物の力なのだろうか?
そして……屋台の屋根に乗って何かを探している女が胡坐をかいていた。
「……あれ……だけど……あんな魔物知らない!!」
「逃げよ!?」
二人は一気に踵を返した。
その瞬間、大きな声が轟いた。
「見つけたああああ!!」
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