8.逃走!
ロロとタリアナは後ろから迫って来る屋台に身を震わせながら逃げた。
しかし屋台の上から周囲を確認していた女店主にとって、急に動いたロロを発見するのは容易い。
女店主は魔物に指示を出し、二人を追いかけさせる。
一声だけ野太く、低く鳴くと一気に速度を上げた。
大きな音を立てているというのに、これも国民には聞こえていないようだ。
尚且つ屋台の道を空ける様にして人がはけていく。
あれはやはり魔物の能力か何かなのだろう。
屋台と魔物を見ることができているのはロロとタリアナのみ。
それに気付いたタリアナはなんてことに巻き込んでくれたんだ、と心の中で叫んだ。
追いつかれたら魔物の餌にされる。
そう思うと恐怖が勝って走る速度を上げるしかなかった。
「タリアナ! 浮いて!」
「えっ!? あ、そっか私浮けるんだった!」
テンテンッと軽くステップして跳躍すると、地面から少し浮かび上がることが出来た。
するとロロがタリアナの手を掴む。
「行くよ!」
「え? 待ってもしかしてええええええ!?」
ギュンッと一気に視界が狭くなるのを感じた。
ロロがようやく『疾走スキル』を使用したのだ。
タリアナは『浮遊スキル』を所持しているがこれだけではロロに追いつくことはできない。
しかし浮いてさえもらえば引っ張って行くことが可能だった。
今まで出したことのない速度に目を回しそうになるタリアナだったが、何とか食らいついて体勢を整える。
曲がり角に差し掛かったところで脚を動かして体重を移動させ、ロロに合わせた。
伊達に長い間このスキルを使って配達員をしていない。
これくらいであれば朝飯前だ。
そこで、頭上を大きな影が通った気がした。
変化に気付いたタリアナはロロを思いっきり引っ張って足を止めさせる。
「ロロストーップ!」
「んぎゃああ!? なに!?」
「上! いや違う、前!!」
ずんっ、と大きな音を立てて居んな店主が前に立ちはだかった。
彼女は空から降ってきたのだ。
ロロが後ろを振り返ってみれば、大きな尻尾を影から出して振り回している魔物の姿があった。
どうやら……店主を尻尾で投げ飛ばしたらしい。
今現在、二人は魔物と店主に阻まれていた。
店主の方に逃げれば何とかなると一瞬思ったが、投げ飛ばされたのにも拘らず無傷でいる人物が普通の人間なわけがない。
着地の仕方、構え方からして何かしらの武芸に秀でている。
恐らくどちらに逃げても捕まってしまうだろう。
「待ちな!」
「ロロ飛んで!」
「私が!? わ、分かった!」
ロロはタリアナの手を掴んだまま、軽く助走をつけて全力で飛んだ。
その途端ふわっと足が浮き上がる。
「おわわわわ!」
「重っ……!」
「重くないし!!」
タリアナはロロを抱きかかえて浮遊した。
近くにあった馬車の二台に一度飛び乗り、脚を付けてからもう一度浮かび上がる。
彼女の持つ『浮遊スキル』には抜け道があった。
普通は地面から一メートル程度しか浮かび上がることが出来ない。
だがこのスキルの正確な説明をするならば“足を着けている場所から一メートル程度浮ける”である。
なので足場があれば、それより上に浮かび上がることが出来るのだ。
タリアナはそれを利用して馬車の荷台に一度着地し、更に浮かび上がって屋根を飛び越えた。
「そんなのありかよ!? ロン! 回り込むぞ!」
「シュル」
店主は屋台に飛び乗り、再び魔物に指示を出す。
一方屋根を飛び越えた二人は静かに着地することに成功していた。
浮かび上がるのには条件が必要だが、降りるときは普段通りゆっくり着地できるのだ。
足が地面に着いたなら、今度はロロの出番である。
浮いているタリアナの手を掴んで一気に走り出す。
「タリアナの力が弱いだけだし!」
「……まだ言ってるの!?」
「重くないしー!」
「分かったわよ悪かったわ! いいから走って!」
「走ってる! でもどこに逃げればいいかな!?」
「決まってるでしょ! 冒険者ギルド!!」
目的地が決まった瞬間のロロの脚は速かった。
迷いなく突き進んでいくため速度は先ほどよりも上昇し、完全に追っ手を撒くことに成功しいたらしい。
とはいえ念のため冒険者ギルドまで全力で駆け抜けた。
相手は魔物を国の中に連れ込んでいたのだ。
それを報告するためにタリアナは冒険者ギルドを選んだが、ロロに運ばれている最中に色々考えを巡らせた。
この事を冒険者ギルドに伝えてもいいのだろうか?
報告をしてもこちらとしては何ら問題ないが、あの屋台の女店主が気になる。
冒険者から追われているということになれば何かしそうな気配がしたのだ。
もしかしたら今度こそロロを強引な手段で捕まえに来るかもしれない。
「ううーん……!」
「おわああああ!」
「えっ!? うわあっ!」
急にロロが急停止した。
振り回されるように飛ばされかけたが、そこはロロが何とか引っ張って押さえる。
一体どうしたんだ、と思って目を見てみれば……。
「通報するなら冒険者ギルドだわな!」
「ショロ……」
建物の影から屋台が顔を出し、魔物が飛び出してきてから女店主がこちらを見つけた。
「「そんなのあり!?」」
「こっちの台詞だ!」
「ロロ!」
「分かってるー!」
「いや待てって話を聞けええええ!」
踵を返して全速前進。
あっという間に見えなくなってしまった二人の背を何もできずに見送った店主は肩を落とす。
だがまだ諦めるわけにはいかない。
ガバッと顔を上げて再び追いかけることにしたところで、背後からひんやりとした大きな刃物が首筋に当てられる。
ピタリと動きを止めた店主はゆっくりと手を上げた。
「妹に……何の用だ……?」
一切の抑揚を感じさせない声が鋭く響く。
久しく言葉を発したことがないような口調だったが、凄まじい怒りが嫌でも伝わって来た。
大鉈を片手で持って制止させている彼の筋力は相当なものだろう。
「……なんで私を見ることが出来る人が三人もいるんだい……?」
「答えろ」
大鉈を強く握る音が聞こえた。
答えなければ答えないで不味そうな状況だが、こちらだって一刻を争う状況なのだ。
話からしてあの女の子の兄らしいが……。
事情を知る者は少ない方がいい。
女店主は一瞬で上げていた腕を下ろし、下から大鉈を殴りつけてかち上げた。
思わぬ反撃にギギはのけぞってしまったが、すぐに力を込めて大鉈を振り下ろす。
ズンッと地面に突き刺さった。
だが女店主は半身でそれを躱して振り向く。
軽やかな足捌きで簡単にギギの攻撃を回避した後、一歩踏み込んで顔面に平手を喰らわせた。
バチンッといい音が響き渡る。
「ッ……! ぐ……!?」
一瞬だけ目を閉じてしまった。
しかしすぐに目を開けて女店主を視界に捉えようとしたのだが……。
そこには誰の姿もなかった。
影から出てきた魔物も綺麗さっぱり消えており、痕跡すら残っていない。
先ほどまで目の前にいたのだから足音くらいはと思って耳を澄ませるが……何の音も聞こえなければ、足跡すら見当たらなかった。
(あの野郎……! 魔術師か!)
それも、高位の魔術師。
自分の姿を完全なまでに消し去り、尚且つ魔物を使役してそれらも隠蔽してしまう程の技量を持っている。
明らかに普通ではない。
そんな人物がなぜロロを付け狙っているのか。
心当たりはなんとなくある。
つい先日自分に見せてきた一枚の紙。
(手紙……)
それしかないだろう。
やはりあれは危険な物だったのだ。
とりあえず早急にロロと合流して守ってあげなければならない。
仕事を終えてギルドに報告をした帰りではあるが、家族が危険な立場にいるのだから四の五の言ってはいられないだろう。
地面から大鉈を引っこ抜いて肩に担ぐ。
先ほどのやり取りは対策を講じておかなければならないな、と考えながらロロを探しに向かったのだった。
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